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真の恐怖

 完全に意識を飛ばしたエステル。

 サーシャの二種類の“束縛”を受け、一切の行動を封じられた。


「ごめん。気付けなかった」

「いや、私も油断してた。恐ろしい成長だ」

 モニカの隙を窺い、サーシャの反応速度よりも早くに行動したエステルに、素直に感嘆する。


「敵でない限りは手荒なことをしない。約束しよう」

 そんなエステルに、モニカは慈しみを込めた声で語り掛ける。


 モニカにとって、エステルは敵ではない。

 魔王ではあるが、人族を守ろうとする心意気に嘘はない。


 町で感じた優しい闇の魔力。

 “隠蔽”した上で漏れ出るほど、町の住民を守ろうとする強い意志を感じた。


 しかし、モニカにとって最後の疑問が残っている。

 それは、ウィルが本当に人族であるかどうか。


 仮にも魔王が、これほどまでに入れ込んだ人物。

 今も、ウィルという老人を必死になって守ろうとしていた。


 もしその老人が魔族であるなら、確かにモニカとの接触を拒絶することは理解できるが、人族として生きると決めたエステルが、魔族と暮らしているとは思えない。


 エステルにとってモニカは、自分を一方的に下したことのある敵である。

 その印象が強く残っているからこそ、年老いた老人に対して距離を取らせたがったとも考えらえる。


 仮にウィルが魔族でエステルを謀り、人族の老人を装っているのだとすれば、一応の説明は付く。

 もしそうであれば、ここで仕留めるだけだ。


 ここは人族の領域で、闇の力はまだ薄い。

 王城に襲来したエステル同様、魔族が強い力を揮える場所ではない。


 警戒する必要もない。

 そう思っていた。



 ――その時までは。



「駄目、お母さん! “束縛バインド”!」

 先に気付いたのはサーシャだった。


 モニカの歩みを止めるため、咄嗟の叫びをあげ、“束縛”も使う。

 彼女の腰回りに“束縛”の魔法が一瞬だけ掛かり、静止させる。


 サーシャの声に帯びた圧倒的な恐怖の感情。

 前回の魔王城でアンデッドと戦った時に見せた嫌悪感とはまるで違う。


 長い間、共に行動してきたが、こんな声を聞いたのは久しぶりだった。

 到底容認できない現実を前にした時の、絶望の悲鳴に似ていた。


「……どうした?」

 家から目を背け、サーシャを心配そうに見た瞬間だった。


 それはモニカに襲い掛かる。



 まだ陽が高かったはず。

 それなのに、世界が真っ黒に変色した。


 何も見えない。

 何も聞こえない


 体中の感覚が消えていく。

 体の中身が全部、抜け落ちていく。


(――死――)

 直感が、本能が、モニカにそう感じさせた。


 自分を後ろから見ている何か。

 それが、少しずつ自分という存在を削り取り始めている。


 それは今までいくつもの死線をくぐり抜けてきて尚、感じたことがないほど

 圧倒的な死の気配。


 生き延びる、死に損ねる。

 それすらも許されない絶対的な死の気配。



 だがそれでも、モニカの意識が死を受け入れても、体は拒否した。

 めり込みそうなほど地面を踏み締め、サーシャのもとまで駆け逃げる。


 死の気配はあの家の中から放たれている。

 距離を取れば死の気配は薄れる。


 しかし、死の気配が薄れてもなお、恐怖が消えない。

 サーシャに至っては顔面蒼白になっている。


 モニカ以上に気配に敏感なサーシャにとって、この気配はあまりにも辛い。

「サーシャ、下がってオリビアを呼べ」


 頷き、後ろに下がろうとするサーシャ。

 しかし逃げようとするサーシャの足を、また一歩近づいてきた死の気配が阻む。


 足が、動かない。

 呼吸が、出来ない。


 目を見開き、口も締まらない。

 それどころか、まるで操られるように口から舌が伸びる。

 震える顎が、まるで舌を噛み切りそうだ。


「ッ!」

 モニカが力任せにサーシャを突き飛ばす。

 恐怖に慄くサーシャを少しでも死の気配から遠ざけなければ、サーシャが自害してしまう。


 モニカのおかげで死の気配から遠ざかったサーシャは幾分平静を取り戻し、

 すぐに“念話”で聞き込み中のオリビアに連絡を入れる。


 町のとの距離が離れている。

 サーシャの念話で届くか分からない。


『オリビア、助けて!』

 全力の叫びをオリビアに届ける。


 オリビアはすぐに“空間転移”で駆け付けた。

 サーシャの目の前に転移したオリビアは、状況を確認する。


「サーシャ、モニカっ?」

 顔色が悪く泣き出しそうなサーシャと、逃げ腰のまま動かないモニカ。


 普段ではあまり見ることのない二人の姿に、オリビアも事態の異様さに気付く。

 すぐにモニカのもとへ駆け――寄ろうとして足がもつれた。


 数歩進んだ時点で、死の気配の中にオリビアは踏み込んでしまった。

「なに、これ……」


 体が動かなくなる恐怖を感じるなど、一体いつぶりだろうか。

 久しく覚えのない感覚に、オリビアは戸惑う。


 震え竦む足に力を入れなおし、その場で勇むように盾を前面に向ける。

「“恐怖遮断プリベント・フィアー”」

 モニカとサーシャも包み込む結界をつくる。


 恐怖や緊張などの精神に影響を及ぼす負の力を遮る結界。

 それを以てしてなお、前に進むことも逃げることも出来ない。


 幾分薄れた死の気配から逃れるようにモニカはオリビアのもとまで下がり、

 サーシャは安心を求めるようにオリビアのもとまで歩み寄る。


「モニカ、これは一体……」

 オリビアの視線は、いまだ二種の“束縛”に囚われたままのエステルに向くが、モニカは首を振る。


「分からない。だが、あの娘が隠した、ウィルとかいう老人が家の中にいるはずなんだ」

「まさかその老人が?」

「魔族かも知れないとは思っていたが……」


 魔王と相対しても竦むことのないモニカたちに、気配だけで死に向かわせようとする存在。

 これに比べれば、昨日の魔族や祭壇の男などまるで赤子のようにも思えてしまう。

 これが、人族であるはずがない。


 震えて音を鳴らす顎に力を入れる。

 装備を握る拳は震え続ける。


 逃げ出したい。

 そんな気持ちにお構いなしに、家の扉が開かれる。

(注)モニカはサーシャの実母ではなく、母代わりです。

   姉代わりを主張しましたが、受け入れられませんでした。

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