実力差
モニカにとって、エステルは脅威にはならない。
一度は撃退し、さっき町で会った時も“神聖領域”で苦しみ、動けなくなるほど弱っていた。
そして今も、“神聖領域”で受けた苦痛から回復できていない。
だから、モニカは油断している。
“身体強化”
そう考えたエステルは自身を魔法で強化する。
常に自身に掛けている“隠蔽”の魔法で、闇の魔力は隠している。
この状態であれば、自身に掛けた強化魔法は察知されないはず。
モニカは自分を侮っている。
格下に見て、随分と近くまで寄ってきた。
さっき受けた“神聖領域”の威力は、身を以て理解した。
“身体強化”すれば、少しなら耐えられる。
その間に、モニカを一撃で鎮める。
――ずっと鍛えてきた魔力で掛けた“身体強化”の威力をその身で受けるがいい。
拳を握り込み、足に力を入れる。
もう震えたりはしない。覚悟を決めた。
そんなエステルに、モニカは嘆息して一言。
「“神聖領域”」
町に張った結界。
それをさらに強力にしたものがエステルを襲う。
効果範囲をエステルに届くまでの狭い範囲に凝縮し、さらに込める魔力を強めた。その威力は先程の比ではない。
「――うっ、おえぇぇ」
エステルが嘔吐する。
耐えられる限界を軽く超えていた。
胃を絞り上げられるような吐き気。
脳が強く揺さぶられ続けているような眩暈。
全身がバラバラに砕け散る錯覚すら覚える激痛。
視界は暗転して色を失った。
どれだけ固く決意し、勇ましく対峙しようとも、モニカはあっさりとへし折る。
実力差、そして経験差が明確だった。
モニカはエステルを侮ってなどいない。
町で感じた研ぎ澄まされた闇の魔力、それが彼女のものだと分かった時点で、警戒を強めていた。
王城で戦った時とは別人なほどに、鍛え上げられた闇の魔力。
エステルが“隠蔽”で隠しているつもりでも、僅かにでも痕跡を残してしまえば、
隠していることを看過され、予測されてしまう。
そして、“隠蔽”で隠しているのが魔力だけでない可能性を考慮し、
魔法で強化されたエステルでも耐え切れないであろう“神聖領域”を展開した。
エステルを確実に制圧するために、会話の間に彼女の力量をしっかりと計っていた。モニカが油断していると思ったエステルこそが、モニカを侮ってしまった。
「“魔法阻害束縛”」
さらにモニカの合図で、サーシャの束縛魔法がエステルを捕らえる。
ただの“束縛”ではエステルの“空間転移”を抑え込めない。
そのため、魔法の発動を妨害する“魔法阻害束縛”を使う。
王城で彼女の逃亡を許してしまったことは、サーシャにとっての悔いだった。
魔法で拘束され、体勢を崩すこともできないまま項垂れ、意識が朦朧とする。
全身から汗が吹き出し、目から涙が溢れ、鼻水を垂らし、口からは吐瀉物代わりの胃液が零れ、足に尿が滴る。
言い訳のしようもない敗北。
実力差があまりにも開き過ぎていた。
「お前にはまだ聞きたいことがある。
今はそこで眠っていろ」
――悔しい。
どうして、こんなにも弱いのか。
守りたいものひとつ、守ることが出来ない。
時間を稼ぐと決意しつつも、モニカの足を止めることも出来ない。
モニカの足音が聞こえる。
少しずつ、近づいてくる。
――最後のチャンス。
今度こそ、モニカは油断しているはず。
そこに特大の魔力をぶつける。
モニカは格上が過ぎるほどに強い敵。
鎮める、なんて生ぬるい覚悟ではダメだ。
殺すつもりで戦わなければ、勝機はない。
その気持ちでぶつかってようやく、モニカの足を止められるかどうか。
モニカがエステルの横まで到達する。
――ここっ!
腕と胴を一緒くたに拘束する“魔法阻害束縛”を力づくで引き千切った。
“魔法阻害束縛”のせいで、“身体強化”も解けてしまったが、地力は魔法と関係ない。
まっすぐに家を見据えるモニカの視界からエステルが消えた瞬間を狙った。
渾身の力を籠めた拳を、腰からの回転を加えてモニカに突き出す。
モニカの死角に入ったと同時の攻撃。
戦意を喪失し、自失茫然としたエステルからの、予想だにしない一撃のはず。
“身体強化”
“闇属性付与”
“身体強化”に、さらに闇属性を乗せる。
まともに受ければ、モニカの体に闇の呪いを入り込み、ただでは済まない。
しかし、そのくらいはしないとモニカを止められない。
しばらくの間、寝込んでもらうしかない。
――今度こそ取った。
エステルはそう思った。
――え?
自分の拳が、硬い何かに防がれるまでは。
モニカは杖を使い、エステルの奇襲を完全に受け止めていた。
強化を重ねたエステルの攻撃を、なんでも無いかのように涼しげに。
「驚いたよ」
まるで驚いた感情を見せない冷静な声。
エステルは拳を突き出したまま、モニカを見上げる。
モニカの目は変わらず冷たく、とても驚いているようには見えない。
「まさか、私の“神聖領域”とサーシャの“束縛”を受けた上で攻撃してくるとは。
前に会った時とは別人のような耐久力だ」
あの状態のエステルからの奇襲を、モニカは予想していなかった。
奇襲に対応できたのはひとえに、モニカが重ねてきた戦いの経験、そこで培った勘がエステルが視界から消えた瞬間に警戒を促したから。
その警戒に応じた結果、エステルの奇襲に対応できたに過ぎず、モニカとしては、素直にエステルを誉めているつもりでいる。
しかし奇襲を完全に防がれた上での言葉は、エステルには皮肉にしか聞こえない。
体勢を立て直そうとするエステルに、モニカは杖の一撃を見舞う。
王城の時のような強打ではなく、軽く小突く程度。
それでも、聖属性の杖での頭部への軽い一撃は、“神聖領域”で心身を激しく消耗したエステルの意識を吹き飛ばすには十分だった。
「“魔法阻害束縛”、“束縛”」
その上、サーシャによる“束縛”の二重掛け。
今度こそエステルの完全敗北が決まった。




