問答の開始
エステルが住処にしている小さな家は、ニウェーストの町から見て北にある森のすぐ近くにある。
サーシャによる数度の“空間転移”を経て、辿り着いた。
家はもう目と鼻の先にある。
――あそこに住んでいるのか。
およそ立派とは言えない、小さな掘っ立て小屋が見える。
そこに、恩人と一緒に暮らしているという。
途中まで話を聞いた限りでは、王城の襲撃から半年ほど経った時期に、町に現れるようになった。半年の間のどこかで、恩人に拾われたのだろうか。
そして、その恩人のことも気になる。
一体何者なのか。
住民の中に、エステルと共に町に来ていた老人を覚えている者が何人かいた。
印象はほとんど残っていないそうだが、実在することは間違いない。
エステルの正体を知らずに助け、たまたま一緒に暮らしているのか。
それともエステルに利用されているのか。
正体を知った上で一緒にいるなら、その恩人も魔族である可能性が高い。
あるいはその恩人こそが、エステルを唆して何か企んでいるのかもしれない。
可能性はいくらでも思いつく。
あまりにも腑に落ちないことが多すぎる。
しかし、町長や住民たちから、エステルとウィルのことを頼まれてしまった。
エステルについては既に黒と確定しているが、ウィルはまだ不明だ。
ひとまずは人族であると仮定して、その無事を確認しなければならない。
直接確認し、判断するしかない。
もう家は見えている。
“空間転移”は使わない。
この踏みしめられて出来た道は、毎日エステルが歩いて出来上がったのか。
――本当に、魔法を使わずに生活を。
町からここまで、それなりの距離がある。
人族として生活するにしても、人目のない所ですら魔法を使わなかった。
――本当に、ただ人族として生活しようとしていたのか。
家の玄関が見えた。
庇もない板のような戸の前に、人影が見える。
――魔王、エステル。
それが本当の名前なのかは分からない。
だが少なくとも、半年以上をその名前で過ごしてきた。
いまさら別の名前をここで出したりしないだろう。
表情が見える距離まで近づいても、エステルは動かない。
泣き出しそうな表情で、モニカとサーシャを見据えている。
しかし不調は続いている。
“神聖領域”から脱しても、一度崩した調子がすぐに良くなる事はない。
息は荒く、肩で呼吸しているようだ。
――なぜ逃げない。
町ではすぐに逃げ出した。
仮に家に残した何かを回収していたとして、家の前でモニカたちが来るのを待ち、相対した今でさえ、逃げずに立ち塞がる理由がモニカには分からない。
この場における実力差はエステルが一番理解している。
どう足掻いても、エステルでは二人を止めることは出来ない。
だから――。
「わ、私はここから離れます。
だ、だから……それ以上ここに近づかないで下さい!」
震えた声を絞り出しながら、両手を広げ、精一杯の虚勢を張る。
一番大切な人を、一番大切な場所を守るため、自ら距離を取る。
勇者の目的が魔王である自分であるなら、自分が離れればここには用がないはず。
この居場所を失うのはあまりにも辛い。
しかしそうするしか、守ることが出来ない。
――攻撃もしてこないか。
王城を襲撃してきたときは、真っ先に攻撃してきたというのに、随分と行動の違いが目立つ。
――やはり、あの仮面に大きく影響されていたな。
今のエステルが、本来の彼女の性格なのだろう。
そうであるなら、エステルが町で生活し、多くの住民に慕われていたことも、
決して何かを企んでの事ではないのかもしれない。
であるなら、なおのこと腹が立つ。
エステルにあんな仮面を渡したであろう人物に。
恐らくは、先ほどの魔族。
王城を破壊した加害者であるが、エステルも被害者なのかもしれない。
同情の余地もあるだろう。
しかし今はまだ、決断の時ではない。
彼女が逃げないのであれば、話ができるのであれば、直接真意を確認する。
モニカは足を止め、釣られてサーシャも止まる。
――この距離なら、問題はないだろう。
「確認したいことがある。お前の目的はなんだ」
「私の、目的?」
「町で話を聞いた。随分とみんな、お前を慕っているようだった。
魔王であるお前が人族の信頼を得て、何を企んでいたんだ?」
モニカは町の住民の様子が気になっていた。
エステルが魔王であることを知らないとしても、あれほど慕われている理由が分からない。
しかし、魅了の魔法が使われた様子もなく、純粋に彼女の日々の行動による結果であることが明白だった。
魔王であり、人族の敵であるはずのエステルが、そう努力した結果であると。
「何も企んでなんていません。私はここで、人族として暮らせれば満足なんです」
モニカの疑問は、エステルには伝わらない。
エステル自身には、人族に取り入ろうとする意志はない。
ただ、自分の周り、自分に関係する人が元気に、健やかでいてほしいと願うばかり。そのために自分に出来そうなことを重ねてきた。
そうすることは、人族として暮らすうえで大切なことだと思ったから。
「魔王としてではなく、あくまで人族として生きたい。そういう事か?」
「そうです」
エステルの淀みのない断言に、モニカは目を伏せる。
彼女の言葉には嘘が感じられない。
魔王でありながら、本当に人族として生きることを望んでいる。
そこについてのエステルの意思は認めよう。
今のエステルは、モニカたちの、勇者の敵ではない。




