魔力の正体
“神聖領域”
モニカの魔法が、町全体を聖なる結界で包み込んだ。
「町全体を覆いました。
これで魔物が潜んでいたとしても問題はないでしょう」
「おぉ、ありがとうございます」
モニカの“神聖領域”の発動は、効果を受けない町長や住民には認識できない。
そのため聖なる結界が町全体に展開された事実は、彼女の言葉を信じるしかない。
魔法に長けた者、例えば老魔法使いフレデリックであれば、町中に広がった光の魔力を認識することができる。
町長オースティンに魔法の才はなく、しかし神官であるモニカの言葉を疑う理由も無かった。
「念のため町の様子を見て回りましょうか。
弱い魔物であれば死滅しますが、それなりの生命力があれば生き残ってしまいます」
魔物が潜んでいるとは考えにくいが、“神聖領域”が“綺麗な闇の魔力”にどう影響を与えているのか、町を回ってサーシャに確認してもらう必要がある。
「ありがとうございます」
オースティンは感謝を述べ、モニカの提案を受ける。
もし魔物が生き残っていても、勇者一行がいれば心配はいらない。
町長と秘書、そして勇者一行は揃って町長宅を出立する。
勇者一行がいれば安心とばかりに先頭に立ち、町を案内する町長と秘書。
その後ろに付いて、サーシャが探知魔法で闇の魔力を調べる。
「モニカ、やっぱり感じるよ」
昨日感じた“綺麗な闇の魔力”は残滓のようなものだった。
しかし今日のものは、闇の魔力そのものだと言う。
「でも、綺麗なんだけど、ちょっと乱れてる気がする」
あっち、と指を差す方は、昨日通ってきた、露店が立ち並ぶ町の大通り。
町長の進路もちょうど同じ方向。
町で一番の活気ある大通りは、町長の自慢でもある。
「なんでしょう?」
その自慢の大通りに、人だかりが出来ている。
いつもの活気ある賑わいではない。
悲鳴にも似たどよめきが広がっている。
――魔物がいたのか?
戸惑う町長を尻目に、モニカが前に出る。
――いや、違う。
人だかりに近づき、違和感に気付く。
誰も逃げようとはしていない。
むしろ、騒ぎの中心に集まっている。
もし魔物が出たなら、住民は逃げるはずだ。
冒険者や衛兵ならいざ知らず、武器を持ち歩かない住民が魔物に近づこうとはしない。
「大丈夫、大丈夫だよ」
聞こえてくる、心配する声。
誰かを落ち着かせようとする、優しい声。
「町長が万能薬もってるはずだ。貰ってこい!」
かなりの焦りを含んだ怒号のような声が上がる。
魔物とは別に、急病人が出たのか。
万能薬が必要なくらいの重症か。
「すまない。通してくれ」
杖を地面に打ち鳴らし、群衆の意識を向ける。
「し、神官さま。どうか……」
神官であるモニカに気付いた人だかりの後方は、慌てて道を開けた。
それと同時に、後ろにいる町長にも気付く。
「町長っ、万能薬を分けてください! エステルちゃんが倒れたんだ!」
「すごく苦しそうなの。お願いします」
押し倒しそうな勢いで町長に詰め寄る住民たち。
その勢いにはオースティンもたじたじになる。
「お、落ち着いてくれ。万能薬はちゃんとある。
アレン、すまないが急いで取ってきてくれ」
「承知いたしました」
秘書に万能薬を取りに行かせ、町長は住民に事情を確認する。
「それで、エステルさんが倒れたというのは……」
「ついさっきです。さっきまで元気そうにしてたのに……」
悲痛な面持ちを浮かべる住民たち。
よほど倒れた者は、他の住民たちに慕われていたようだ。
オリビアが住民に寄り添い、肩を抱く。
「大丈夫ですよ。安心してください」
サーシャはきょろきょろと辺りを見渡しながら、モニカが進んだ人だかりに近づいていく。
“綺麗な闇の魔力”はこの近くである事に間違いはない。
でも、今は乱れて、少し散らばってしまっているように感じる。
抑え込んでいたものが、弾けてしまったように。
それでも、少しでも強く感じる場所を探りながら、モニカの後を追った。
――この先だ。
「通してくれ。神官だ。私が見よう」
雑踏が深い。
かき分けてもかき分けても、人がいる。
――どれだけの人が集まっているんだ。
一人の住民の不調にこれだけ大騒ぎで心配するとは、結束の強い町だ。
しかし、少しずつ進むにつれ、気付く。
“闇の魔力”に近づいていることに。
洗練された見事な魔力制御で練られた濃密な魔力。
――これは確かに、澄んだ綺麗な魔力だ。
力強さよりも、人を安心させるような温かさを感じる。
闇の魔力に対して優しさを感じることに違和感を覚えるが、
この闇の魔力は、人を守ろうとして鍛えられたことが伝わってくる。
しかし、それと同時に、脳裏に浮かぶ過去の記憶。
――どうして、今この記憶が……。
忘れていたわけではない。
一年以上前ではあるが、はっきりと思い出せる。
王城を襲撃してきた、前回の魔王の事。
闇が満ちていない人族の領域に単身で攻め込んできたあの魔王。
実力を見誤ったのか、無謀にもいきなり攻めて来たのでその場で討ち払った。
すると“空間転移”でどこかに逃げてしまい、それ以降しばらく捜索し続けた。
森の中や山の中、洞窟、遺跡、廃村。
隠れ潜めそうな怪しい場所をいくつも巡った。
盗賊や魔物が巣食っていても、あの魔王は見当たらない。
痕跡すら見つからないまま時間が過ぎていく。
そうしている内に次の魔族侵攻が始まった。
あの魔王のことは、終ぞ見つけられなかった。
それが今になって、モニカの脳裏に過る。
この先の気配が、前回の魔王の姿をモニカに思い起こさせる。
群衆をかき分け、騒ぎの中心にたどり着いた。
苦しそうに蹲っている娘と、その手を握る中年の女性。
その姿を見た瞬間、モニカの中で繋がった。
「そういうことか」
蹲っている娘の横顔が見えた。
それは、仮面を砕いた時に見えた魔王の素顔と同じもの。
見つからない魔王。
“闇の魔力”の出処。
――まさか、堂々と町の中で暮らしているとは。
いくら人気のない所を探しても見つからないはずだ。
――ずいぶん手間取らせてくれた。
やっと見つけた、前回の魔王。
モニカの声が聞こえたのか、娘は、魔王エステルは顔を上げる。
そして引き攣る表情を見せた。
間違いない。
瓜二つの別人という事はない。
別人であるなら、モニカを見て絶望的な表情を浮かべる事はない。
魔王もこちらに気付いた。
既に随分と苦しんでいる。
広範囲に広げて効果が薄くなったモニカの“神聖領域”でも、これだけの効果は与えられる。
魔王は苦しみながらも周囲を確認する。
不調から勢いよく動くことは出来ず、視線だけを動かしている。
――人質でも取ろうというのか?
そんなモニカの予想を裏切り、魔王がとった行動は逃亡。
“空間転移”
モニカには“空間転移”を妨害する術を持たない。
魔法の発動を事前に察知できるほどの技術もない。
――この期に及んでも、やはり逃げるか。
モニカは魔王の、エステルの逃亡を見送った。




