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久しぶりの町

 数日続いたウィルフレドの手伝いが終わった。

 森での薬草採集は楽しかった。


 採取方法を覚えていた事をウィルフレドに褒められた時は、

 思わず破顔してしまった。


 採集した薬草を保存できるように、洗ったり、干したり。

 ウィルフレドとの共同作業は、エステルにとって幸せな時間だった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。

 でも、町での仕事も違う意味でとても楽しい。


 慣れてきた仕事も、初めての仕事も。

 顔見知りとの会話も、初対面の人との会話も。

 何度も食べた食事も、初めて食べる食事も。

 全てが楽しい。


 ――こんなに楽しい生活が、ずっと続けばいいのに。

 エステルの願いは、この平穏が続くこと。


 極端な刺激はいらない。

 過度な幸福もいらない。


 皆と平和に、穏やかに日々を過ごしたい。

 ただそれだけ。


 魔族侵攻の最中、その平穏は贅沢と言われるかもしれない。

 それでも、願うだけなら許されるはず。


 いつも踏み締めて歩いた道を行く。

 今日は久しぶりの町。

 何か仕事はあるだろうか。


「あれ?」

 町の入口が少し荒れている。

 何かあったのだろうか。


「おはようございます」

「あ、エステルちゃん。おはよう」


 ほとんどの衛兵はエステルと顔見知りになっている。

 みんなエステルが来るのを楽しみにする程に。

 

 エステルが来ない二日間、門番担当だった同僚の落胆した表情を思い出して

 笑いそうになる。


「あそこ、何かあったんですか?」

 エステルは町の入口の荒れ様が気になる。


「あぁ、一昨日の朝にね、魔物が避難住民を追って来たんだ。

 その魔物と戦った跡だよ」

「魔物が、町まで来たんですか?」


 さっき平穏無事を願ったばかりだというのに。

 不安な表情を浮かべたエステルに、門番は笑みで返す。


「大丈夫だよ。

 たとえ魔物が来たって、俺たちや冒険者がいるんだ。追い払ってやるよ。

 それよりもエステルちゃんの方が心配だね。毎日町の外から通ってるんだから」


 衛兵や冒険者に守られた安全な町よりも、外で生活しているエステルの方が

 ずっと危険に近い。

 エステルは町を心配するより、自分を心配するべきだと門番は思う。


「大丈夫です。私にはこれがあります」

 そう言ってエステルは襟元から石の首飾りを手繰り寄せる。


 先日、首飾りを剥き出しのまま挨拶回りをしていたら、

 エステルが町からいなくなるんじゃないかとひと騒動が起きた。

 なので、服の下に隠すようにした、ウィルフレドに貰ったお守り。


 魔法が込められているわけではない、あくまで祈願のお守り。

 それでもエステルにとっては何よりも意味のあるお守り。


「そっか、じゃあ大丈夫だね」

 エステルが町への移住を断った事はみんなが知っている。


 恩人と町を秤にかけて、悩みに悩んで恩人を選んだ。

 しかし、町の住民を蔑ろにしたわけではない。

 その気持ちを無下にする住民はいない。


 彼女が自分の意思で決め、外から町に通い続けていることを理解している。

 だから門番も、移住を暗示するようなことは言わない。

 エステルが町に来てくれるだけで、みんな喜ぶのだから。



 入門を終え、町の大通りを進む。

 いくつかの露店が開業、または準備を始めている。


「おはようございます」

「おはよう」

 エステルの元気のよい挨拶に、みんなが振り向き笑顔で挨拶を返す。


 特に頼まれたわけではないが、手当たり次第に露店の準備を手伝う。

 馴染みの店なので勝手も分かっている。


「手伝います」

「ありがとうね」

「あとでこっちも頼む」

「はーい」


 エステルはくるくると動きまわり、露店が立ちならぶ大通りがどんどん賑わいを増していく。

 二日間のエステル不在を取り戻すように次々に声が掛けられ、エステルは笑顔で挨拶を振りまく。


 忙しく動き続けていても、決して辛そうな表情を見せないエステルに、みんなは元気とやる気を貰う。

 彼女が通い続けたいと思ってくれる町を維持しようと努める。


 住民の願いもエステルと同じだ。

 この平穏な生活がずっと続きますように。


 店を開く商人も、組合に向かう冒険者たちも、警邏中の衛兵も、みんなが平穏を願っている。

 魔族侵攻が続き、世間では悪い知らせが飛び交っていても、平穏を諦めたりは

しない。


 暗い気持ちになんてさせない。

 暗さを吹き飛ばすくらいの明るさをみんなに届けたい。


 この町は、自分を変えてくれた大切な場所。

 みんなは、自分を支えてくれた大切な人。


 だから守りたい。

 いずれ来る別れの時まで、出来る限りの恩返しをしたい。


 ほとんどの露店が開店準備を終えた。

 エステルの尽力もあって、いつもより少し早い。


 エステルは手持ちのお金を確認する。

 朝食をまだ食べていない。

 どこかの露店でなにか食べよう。


 いつもの串焼きも食べたいし、果物も食べたい。

 甘味処にも行きたいけど、それは午後にしよう。


 どこに行こうか悩むエステル。

 久しぶりの町はやはり楽しい。


 足取りは軽く、ハミングしながらどこまでも歩けそうだ。

 いつも笑顔のエステルを見て、露店の店主がいつもより声を張り上げて客を呼ぶ。

 良い匂いに釣られて目線をそちらに向ければ――。


 唐突な悪寒が、全身を突き抜けた。


 笑顔が一変、無表情で固まる。

 ――何が、起きたの?


 活気ある大通りはいつもと同じ。

 それなのに、なぜか急にすべてが遠くに感じる。

 楽しいはずの場所なのに、なぜか息が詰まる。


「は、うぐぅ……」

 突然、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさ、頭を殴られたような眩暈、

 そして堪えがたい吐き気がエステルを襲った。

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