町での魔物騒動
魔族侵攻による魔物の増加は、留まるところを知らない。
次第に増える魔物の数を見て、冒険者にして老魔法使いのフレデリックは深く溜息をつく。
本来ならもっと魔法研究に明け暮れたい。
洗練された魔法技術を究めたい。
そんな彼の脳内には、常にかつての勇者の魔法がこびり付いている。
詠唱と必要としない魔法の行使。
あれが勇者だけに許された特別なものである可能性はある。
しかし、それでも求められずにはいられない。
目指さず留まり続けることは出来ない。
しかし、魔法研究には多額の資金が必要になる。
国営の魔法研究室に所属できれば、その研究費用は国から支払われるが、
研究内容を自由に決めることは出来ず、一定の成果を国に提出しなければ費用の請求もできない。
自分で好きに研究するには、自分の研究室を持ち、自分で稼がなければならない。
あるいは、その研究に興味を持ち、投資してくれる資産家を見つけるしかない。
だからフレデリックは冒険者を選んだ。
国営の魔法研究室で、他人に決められた研究内容を探求していては目標から遠ざかる一方と判断したから。
同様に、フレデリックの研究に興味を持っても、投資までしてくれる資産家は恐らく居ない。
投資するという事は、フレデリックの研究の成果に見返りが期待できるからである。
しかし、フレデリックの研究内容は、魔法詠唱の省略である。
それにより恩恵を受けることが出来るのは魔法使いであって、資産家に直接的な利益が生じにくい。
そのためフレデリックは、投資に期待を寄せることも出来ない。
冒険者として魔物や魔獣を狩る。
成功報酬は研究費用に充てる。
得られた素材は魔法触媒にもなる。
そうしてただ一人、黙々と研鑽を積み続けて約四十年。
今や魔法使いとしても冒険者としても、フレデリックの英雄譚が語られるほどに実力を示した。
それでもなお、フレデリックは満足しない。
彼の目的は実力が認められることではなく、魔法技術の頂に臨むことなのだから。
フレデリックの冒険者としての活動は、主に魔物や魔獣の討伐。
それを単独で挑むことが多い。
魔法技術の研鑽に明け暮れた彼の魔法は、前衛の味方を巻き込む危険がある。
もちろん味方に合図を出し、魔法の瞬間には離れてもらえば済むのだが、
合図を聞き逃す場合もあれば、素直に聞き入れない可能性もある。
臨時でパーティを組めば、問題も起きやすい。
それにフレデリックは、常に勇者の魔法技術を比較し、自身を未熟と評価しているが、
彼の魔法技術は非常に高く、魔法詠唱を省略できないまでも、短縮することには成功している。
そのため、一介の魔法使いが一度の魔法を行使する間に、フレデリックは三度四度と魔法を使うことができる。
そんなフレデリックは面倒ごとを避けるため、あえて危険な単独での活動を続けている。
そこにはもちろん十分な下積みと下準備があり、彼の安全を支えている。
その日もフレデリックは朝から魔物の討伐に出て、昼前には討伐を終えて町に戻ってきた。
調整中の魔法の成果を頭の中で整理しつつ、この後の予定を考える。
大まかな予定としては、腹拵えをしてから魔法研究に戻る。
どこで食事をとるか、それが問題である。
先日訪れた食堂では、非常に有意義な時間を過ごせた。
――またあの食堂にするかの。
そんな思いに駆られながら、町に入ったフレデリックは、はたと足を止めた。
町の入口の周辺に、戦闘の跡があった。
朝にはなかったものだ。
魔物の襲撃か、それとも冒険者同士の小競り合いか。
どちらにせよ、戦闘はすでに終わっている。
気にすることはないと思った。
――ちと、変なモノが紛れ込んどるのぉ。
町の中から漂ってくる嫌な気配。
せっかくのいい気分が台無しだと、肩を落としそうになる。
「衛兵さんや。今日はなんかあったんかの?」
町の外の戦闘跡のこと、あるいは町の中の嫌な気配のこと。
あえて深く言及せず、門番である衛兵に尋ねる。
問われた衛兵は姿勢を正し、フレデリックに向き直る。
名の知れた老魔法使いの影響力は大きく、人気も高い。
「老師。本日は近隣の村から住民が避難してきました」
魔族侵攻により増加した魔物の被害は次第に多くなっている。
一定の防壁や防衛組織を備えた町であれば耐えることができても、それらが乏しい小さな村では自衛にも限界がある。
そのため、近くの町に避難し、魔族侵攻をやり過ごすしかない。
もちろん避難先が受け入れ体制を整えていることが前提となる。
その受け入れ先となったこの町へ、村の住民が避難してきたのだが。
「避難の際、魔物と遭遇したらしく、追われながら逃げてきたので――」
町の外の戦闘跡は、追いかけてきた魔物を兵士や町にいた冒険者が迎撃した跡だった。
一つ目の疑問は解決した。
残るもう一つは。
「住民だけなんかい?」
この嫌な気配の元を確認したい。
これは、闇の魔力。
それも魔物や魔獣が放つ、濁った悪しきもの。
「いえ、すでに村では魔物による備蓄の食害もあったらしく、餌になってしまいそうな食料も一緒に輸送していました」
餌になる備蓄を残しておくと、魔物がそこで繁殖し数を増やしてしまうかもしれない。
その判断の元、食料も持ってきたのだろう。
「なるほどのぉ」
フレデリックは顎髭を整えながら、口元を緩ませた。
――合点がいったわぃ。
「何人か、ついてきてくれるか?」
既に体は向きを変えている。
すべきことが決まれば、後は迅速に行動するのみ。
「ど、どちらへ?」
フレデリックの有無を言わさぬ様子に、衛兵はたじろぐ。
「はて、どこじゃろうな。避難住民の居場所、あるいは輸送物資かの。
まぁよい。この気持ちの悪い気配のところじゃ」
フレデリックとて、自分の行先に地理的情報はまるで分からない。
しかし行くべき場所の方向は分かる。
この濁った闇の魔力が教えてくれる。
「気持ちの悪いって……」
闇の魔力の適正魔法は、闇、毒、呪い、魅了など。
決して良いイメージの魔法にはならない。
しかし、魔力自体はあくまでもエネルギーであり、それ自体が近くにあるだけでは、そのような感想を抱く事はない。
この感想はフレデリック独自の物であり、衛兵は何も感じない。
「では、付いて参れ」
「は、はっ! ……いや、待ってください老師!」
フレデリックの勢いに飲まれ、思わず返事をしてしまった衛兵であるが、何とか思いとどまる。
衛兵である彼の仕事は、もちろん町の防衛であり、今は門の警備である。
そして衛兵は、国家に所属する兵士であり、国に与えられた職務に従事している。
しかし、フレデリックは兵士ではなく冒険者。
衛兵である彼とは、所属する組織が異なる。
それはたとえ、フレデリックが名の知れた冒険者であっても変わらない。
言いなりになって本来の職務を放り出すことは、組織人としてあってはならない。
何とかフレデリックを呼び止めた衛兵は、衛兵の詰め所へ駆け込み、兵士長へ報告、指示を仰いだ。
結果、彼を含むもう一人を連れ立って、フレデリックに同行することが許可された。




