勇者一行、王城にて謁見
人族の領域、王城。
三人の冒険者が国王に謁見していた。
現れた魔王討伐のために召集された冒険者、勇者一行である。
一人は全身を包むような大きなローブで、先端に宝石の付いた大きな杖を持っている神官。
一人は重そうな金属製の全身鎧で、大きな盾と剣を床に伏せ、兜は脱いで脇に抱えている聖騎士。
一人は革製の軽鎧で、籠手を腰に吊るしている軽戦士。
しかし、そこに勇者の姿はない。
何代も前から、勇者の力を持つ者が現れない。これは決して魔族側に知られてはいけない事実。
魔王の、ひいては魔族の持つ闇の力に対して強い効力のある光の力。その光の恩恵を一身に受けた勇者の不在を知られた場合、魔族側からの攻勢が一気に強まってしまう。
魔族にとって絶対的な脅威となる勇者が人族にいることが、魔族の侵攻頻度を抑えている。
「すまぬな。また、其方らに頼ってしまうことになる」
国王の謝辞に対して、勇者一行の代表である神官が顔を上げた。
まだ若く、端麗な顔つきに切れの長い目をした美しい娘だ。
「陛下が気にする事はない。これは私たちの宿命だ」
一国の王に対してとは思えない、尊大な言葉遣いだ。本来であればあっという間に取り押さえられてしまうだろう。
しかし今この謁見の間には国王と宰相、近衛騎士団長、そして勇者一行の計六人しかいない。
兵士も近衛兵も、全員を退室させた。国王の命令だ。
神官の無礼な言動を咎める者も、その行いを許す国王に疑心を抱く者もいない。
この三人の実力は、国王も宰相も近衛騎士団長も知っている。そして三人に本来与えられるはずだった褒章の数々を考えれば、無礼の一つや二つを問題にする者は居ない。
ましてや、この勇者一行と、国王や宰相、近衛騎士団長の関係に今更、礼儀や敬意などを説くことはない。
だからこそ、この関係を深く知らない他の者は退室させた。
無礼な振る舞いを許すところを臣下に見られてしまっては、王の権威に関わる。
「オリビアもサーシャも、顔を上げておくれ。其方らに頭を下げられたままでは、私も話しづらい」
国王は頭を下げたままの二人の冒険者にも、とても威厳があるとは言えない態度で接する。
言われて頭を上げる2人の冒険者。やはりどちらもまだ若い。
モニカと同じくらいか少し年長のオリビアは、モニカと比べ柔らかく淑やかな印象を与えてくる。
対するサーシャは二人よりも若く、まだ少し幼さの抜けきらない程ではあるが、無邪気さの中にもしっかりとした軸を感じさせる。
「モニカ、やはり此度も勇者は……」
国王が神官モニカへ問いかける。
この場に集った三人の姿を見れば、国王も答えは分かりきっている。
それでも問わずにはいられないのは、わずかな期待を捨てきれないからだ。
国王の問いかけに対して伏し目がちなモニカ。返答はやはり……。
「現れていない。魔王討伐は私たちで行う」
モニカの言葉に、国王は嘆息する。
勇者が居ないままでの魔王討伐への不安からではない。
またこの三人に、厳しい戦いを強いてしまうからだ。
勇者が居るだけで、その一行には勇者の持つ光の加護が与えられる。
それは魔族の闇の力に対しての防御であり、退けるための攻撃にもなる。
その加護がないため、闇の力に対する防御も攻撃も、すべてを自力で行わなければならない。
かつて壮絶な戦いの末に魔王を討伐し、その戦いの後遺症に長く苦しむ姿を、国王は目の当たりにしている。
討伐後、王宮へ戻った満身創痍の一行。
幾つもの呪いとも呼べる闇の力に身を蝕まれ、痛みと苦しみともに生死の境を彷徨い続けた。
勇者がいない魔王討伐とは、そういう結末を暗示している。
しかしその事は、この場の誰よりも三人が分かっている。
先程のモニカの淡白な言葉も、あくまで冷静さを保ち、国王に余計な心配をさせないための配慮である。
勇者が現れないことを一番悲観しているのは、間違いなくこの三人だ。
それでも、決して屈することはない。
「大丈夫ですよ、陛下。私たちが必ずや魔王を討ち取ります」
気を落とす国王に丁寧な言葉で声をかけるのは、聖騎士オリビアだった。
「そうだな、其方たちであれば、必ず魔王と滅してくれると信じているよ」
「心配しないで、陛下。すぐに帰ってくるから」
モニカと同様に礼儀はないが、睦まじげに言ってのける軽戦士サーシャ。
「あぁ、サーシャ。私は其方らの無事を祈っている。くれぐれも無茶をしないようにな」
国王は一人ひとりの顔を見て、しっかりと頷く。きっと今回も無事に戻ってくる。そう自分に言い聞かせるように。
「モニカ殿、オリビア殿、サーシャ殿。皆様のご無事を祈っております」
「魔物の討伐は、我ら兵士と各地の冒険者たちで行います。いまだ魔王討伐のお役に立てないことを歯痒く思いますが、魔物の侵攻は必ずや食い止めて見せます」
宰相、近衛騎士団長も、三人へ言葉を投げかける。
勇者一行は頷きだけを返す。
「では陛下、私たちは出発する。予兆から日が浅い。まだ十分な活動はできな――」
「――来た」
出立を告げるモニカを、サーシャが遮る。
サーシャの声を聞いたオリビアは盾を構え、床を叩く。
その瞬間、謁見の間は爆炎に飲み込まれた。