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エステルの幸せ

 食堂での仕事を終え、エステルは帰路に着く。

 その手には、日当で購入した惣菜がたくさん抱えられていた。


 家に帰ればウィルフレドが相変わらず玄関先に灯りを点けてくれている。

 灯りを消しながら、ウィルフレドの優しさに口元が緩んでしまう。


「ただいま戻りました」

「おかえり」


 エステルを迎え入れ、両手に持ったたくさんの荷物を一部引き受ける。

 ずっしりとしたお土産に、今日もウィルフレドは満腹を予感する。


 テーブルに惣菜を並べ、ウィルフレドと食事を始める。

 エステルは冒険者に聞いた話を話し、ウィルフレドは笑みを浮かべて頷く。


 二人の食事には食堂のような賑やかさはない。

 出来たてと違い、食事に温かさはほとんど残っていない。

 それでも二人にとってこの団欒の時間は、かけがえのないものである。


「エステル。近いうちに薬草採集を手伝ってくれないだろうか」

 食事も終わりに差し迫ったころ、満腹を感じながらウィルフレドはエステルに予定を聞く


「っ! はい、もちろんです! 明日でも大丈夫です!」

 ウィルフレドからの誘いなんて滅多にない。

 あまりのことに声が上擦りそうになりながらも、エステルは喜んで了承した。


 ウィルフレドはエステルが町で働き、人々と交流を深めることを推奨している。

 薬草採集の手伝いなんて、エステルが町に働き行くようになってからは初めてのことだ。

 エステルは久しぶりにウィルフレドの手伝いができることに気合いを入れる。


「いや、明日はいつも通り町に行ってきなさい」

 しかしエステルの気合いを、ウィルフレドは制止する。


 どうして、と落胆交じりに見つめてくるエステルにウィルフレドは優しく諭す。

「こんなご時世だからね。毎日通ってるのに急に行かなかったら、町の人が心配するだろう」


 魔族侵攻が本格化する前なら、他の用事やちょっと体調を崩した等、多少の心配はしても不安に思わない。

 しかし現状は周辺に魔物の目撃報告が頻発し、被害を受けた村の情報も入ってきている。

 近いうちに町に避難する計画が立てられるほどに。


 そんな不安が立ち込める中、毎日のように町に通っていた娘が来なければ、必要以上に不安を煽りかねない。

 それは、エステルも望むところではない。


「明日はいつも通り行って、衛兵さんや顔の広い人に伝えておきなさい」

 そんな余計な不安は、事前に払拭するに越したことはない。


 ウィルフレドはエステルの頭を優しく撫でる。

 頭を撫でるその手は、今まで何度もエステルを癒してきた。


 寂しさも、不安も、恐怖も。

 この手が優しく、温かく包み込んでくれた。


 エステルが大切にしているものを正しく理解し、早計を正してくれた。

 ウィルフレドはちゃんと自分のことを考えてくれている。

 それがエステルにとっては何よりも幸せだった。


 エステルは素直に聞き入れる。

 しかし今は、自分の頭を包み込むような大きな手の感触を堪能したい。

 そんな思いで頭がいっぱいになっていることを知られないように、緩みそうな口元を固めるのに必死だった。




「それでは行ってきます」

 翌日、エステルは扉を開けながらウィルフレドに出発の挨拶をする。


「エステル、これを持ってお行き」

 ウィルフレドが作業台の上に手を伸ばし、摘んだそれをエステルに差し出す。

 それは石飾りだった。紐が通してあり、首から下げられる長さがある。


「これは?」

「お守りだよ。最近だいぶ魔物が増えてきているようだからね。

 魔法使いが作るような魔法のこもった物じゃないから、気休め程度だけどね」


 その石は昔から、安全や健康を願って相手へ送る、明るい青緑色の石だった。

 エステルを危険から守ってくれますように、と。


「こ、ここ、これ、ウィル様の手作りですか?」

 やや興奮気味のエステルに、ウィルフレドは頷く。


 昨日エステルから、冒険者の魔物討伐の話を聞いた時、この近辺にも魔物の出現は増えている事を感じた。

 町との往復の道中にエステルが魔物と遭遇する可能性も高くなっている。


 危険があるからとエステルが町に行くことを止めたりはしない。

 それをエステルは望まない。

 ならばせめて、その危険を減らしたい。


 お守り自体に明確な効力は宿っていない。

 魔法を込められるなら、魔物除けの効果を付与できるが、ウィルフレドには出来ない。

 しかしお守りを渡すことで、エステルが少しでも危険に対する意識を高めてくれれば、自然と魔物を回避する行動に移れるかもしれない。


「私のために……嬉しい」

 ウィルフレドの気持ちが嬉しくて、エステルは涙を堪えることが出来なかった。


 ウィルフレドがエステルの安全を願って作ってくれた石飾り。

 受け取った石飾りをぎゅっと握りしめると、それだけで胸がいっぱいになる。


 温かい。

 嬉しい。

 そんな感情で満たされていく。


「ありがとうございます。大切にします」

 零れる涙を拭い切れないまま、エステルは満面の笑みでウィルフレドに向き直った。


 エステルの涙の意味を理解したウィルフレドは、行ってらっしゃいの意味を込めて、エステルの頭を撫でる。

 名残惜しくてたまらないが、今度こそエステルは出発する。



 その日、町でひと騒動があった。

 町で人気の娘が嬉しそうに石飾りを首から下げて、お休みの連絡をして回っていた。

 その石は、安全や健康を願って贈られ、昔から“旅のお守り”としても使われている。

読んでくださりありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

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