老魔法使いの思い出
老魔法使いフレデリックは静かに昔を思い出す。
かれこれ四十年ほど過去の事になる。
「あの頃のワシは、魔法が使えることに自惚れておった。まぁ、それはワシだけではなかった。
類は友を呼ぶように、ワシの仲間たちもみな、自分の才に溺れ、過信しておったんじゃ」
四十年前、先々代の魔王による魔族侵攻時のこと。
フレデリックは気の合う仲間と冒険者パーティを組み、魔物の出現が多い北方の町を拠点に活動していた。
自分たちの力を過信していると、今のフレデリックは評価しているが、正しくはない。
過信していても安全を意識し、分配により個々人の報酬は減るのも構わず、十分な人数で活動していた。
危険という面を挙げるならば、全員が攻撃重視であったこと。
防御面を軽視し、ややリスクはあるが反撃に出やすい回避に特化した戦法を取り、魔法使いも回復より攻撃魔法を最優先していた。
その戦い方で無事に冒険者を続けていられたのは、連携がしっかりと取れていたから。
そして、敵に反撃の余裕を与えずに攻撃を叩き込み続けることで、素早く仕留めるから。
しかしその戦い方が通用しない敵に出くわしてしまい、パーティが崩壊した。
危険な魔物が目撃され、多くの住民が避難する中、フレデリックのパーティは他の冒険者パーティと共闘し、討伐に繰り出した。
総勢二十人を超える大規模なパーティが、件の魔物を発見し、挑みかかった。
魔物は一匹だけ。それはカマキリの魔物だった。
大規模パーティの攻撃を、大きな鎌で封殺した。
その結果、四人が死亡し、重傷者も多数出し、敗走を余儀なくされた。
フレデリックの仲間も、一人が死亡することになった。
しかしその魔物は、彼らの敗走を素直に許してはくれない。
多少の傷を負っていても、魔物はまだまだ余裕を持っていた。
襲い掛かってくる魔物に、生き残った冒険者たちも死を覚悟した。
しかし、魔物から冒険者たちを救う者がその場に駆けつけた。
「それが、勇者さま……」
「あぁ、危険な魔物の話を聞きつけた勇者さまが来てくださったんじゃ」
フレデリックを始め、魔法使いが魔法を使うとき、詠唱と魔法名の発声を必要としている。
特に詠唱時は、発動する魔法のイメージ、注ぐ魔力量、魔力の操作など、集中しなければならず、無防備になりやすい。
現在のフレデリックであれば、使い慣れた魔法の詠唱を短縮することが出来るようになっている。
しかしこの時の勇者は、詠唱を完全には省略し、魔法名の発声だけで魔法を使用していた。
それも、いくつもの魔法を連続して発動し、魔物の動きを抑え込んだ。
勇者は一人ではなかった。
魔物の動きを抑え込んだ勇者とは別に、傷付いた仲間を治療してくれた勇者もいた。
死者を蘇らせることは出来ないが、死に瀕した仲間を救ってくれた。
そして二十人の冒険者が束になっても勝てなかった魔物を、あっという間に討伐してしまった。
「詠唱の省略は、ワシもいまだに成功せん。どんなに使い込んだ生活魔法ですら、詠唱なしでは成功した試しがないんじゃ」
「それは、勇者さまの力、という事なんでしょうか」
その日以降、フレデリックは長い月日、魔法の研鑽に明け暮れた。
勇者を除けば、今では国内の魔法使い五本の指に入ると評価されるほどに。
それでも、一般人も使える生活魔法の詠唱すら省略することは出来ない。
あの日、あの勇者が使っていた魔法技術は、どれほどの研鑽の賜物なのか。
「分からぬ。勇者さまのお力について、ワシも文献を漁ったりもした。
じゃが、あくまでも伝承としての記述くらいしか見つからん」
一つ、魔の物に対する絶大な攻撃。
一つ、魔の力を払いのける守護。
一つ、人族を鼓舞する強力な支援。
「人族を魔族から救うために、神々が遣わした存在ともあったな。
じゃが、魔法技術について超越した力があるかどうかは、見つからんかった」
勇者が神から遣わされているのか、それとも人族の中から選ばれるのか。
そこに一体どのような力が与えられているのか。
それを正しく知るのは、当の勇者だけである。
「あの時にのぉ、勇者さまに直接聞けておればよかったんじゃが」
魔物が討伐された後、勇者を交えての宴会が行われた。
もちろん、仲間が亡くなったことは悲しいが、生き残った事と助けてくれた勇者への感謝を蔑ろには出来ない。
仲間への哀悼は捧げつつ、盛大に宴を開いた。
その席で、勇者にいろいろ話を聞けそうだと思っていたのだが。
「勇者さまは、なんと言うかのぉ。まぁ、酒乱でのぉ。怒り上戸に泣き上戸、笑い上戸であまり話が聞けんかった」
危険な魔物に真っ向から戦いに行ったことをひどく怒られた。
危険と分かっているなら罠を張れ、馬鹿正直に突っ込むな、と。
死んでしまった仲間四人に対して、間に合わなくてごめんなさいと何度も泣きながら謝罪を繰り返す。
助けられた冒険者がいることをせめて喜ぼうと笑いながら慰める。
まさに宴会の極致の様相だった。
そんな状態で、まともに勇者の使った魔法について話を聞けるはずもなく。
「気付けば全員が酔い潰れていたのぉ」
「あぁ~……」
返す言葉もなかった。
あの遠い日の思い出を、フレデリックは遠い目をしながら思い返していた。
忘れようにも忘れられない衝撃の光景が今でも瞼の裏に焼き付いている。
「翌日には勇者さまは変わらぬ様子でまた戦場に行ってしまわれた。
あの日からワシはずっとあの魔法が忘れられんのじゃ」
フレデリックの目標。それはあの日の勇者の使った魔法技術を手にすること。
「まぁ、そういう事じゃ。伝承のとおり、勇者さまのお力は凄まじいものじゃった。
直接見たワシが保証しよう。勇者さまがいらっしゃるなら魔族侵攻も長くは続かんじゃろうて」
「そうですね。早く終わることをお祈りしましょう」
フレデリックは最後の酒を飲み干すと、エステルに手を差し出す。
「楽しかったよ、お嬢さん。何かワシで力になれることがあったら協力するから、見かけたら声を掛けておくれ」
「こちらこそ貴重なお話が聞けて楽しかったです」
満足そうなフレデリックの手を、エステルはしっかりと握り返した。




