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冒険者たちの結末

 勇者。

 人族の守護者。

 人族が魔族に対抗するための切り札。

 遥か昔から、侵攻してくる魔族を退け続けた英雄。


 伝承で語られる英雄を知らない者はいないが、その実在を怪しむ者はいる。

 実際にその活躍を知らない者、魔族侵攻の時世に生まれていない者たちである。


 たとえ実在を疑っていても、いざという時には救いを求めてしまう。

 勇者の存在とはそういう役回りにある。


 ――助けてください。

 第一砦から無断で進んだ冒険者たちは、背後に迫りくるロックウルフの群れから決死の逃亡を図りながら、実在を信じていなかった勇者に救いを求めた。


 ロックウルフに追い付かれれば死ぬ。勝ち目はない。

 以前七人で討伐した事のあるロックウルフと強さの次元が違う事は、肌に感じる威圧感で分かった。


 たとえ相手が一匹であったとしても、罠も張らず、真っ向から立ち向かえば全滅すらあり得る。

 それに気付いたのは、最初のロックウルフに射掛け、ロックウルフの群れを目視し、血の気が引いてからだった。


 知識不足。

 彼らの敗因はそれに尽きる。

 魔族侵攻という魔物が凶暴化する時世を、彼らは知らなかった。


 ――誰か、誰か助けて。

 冒険者たちは息を切らしながら、痛む足腰に鞭を打って第一砦へと駆ける。


 第一砦には兵士や他の冒険者がいる。

 そこまで逃げ切れば助かる。


 砦が見えた。これで助かる。

 そんな彼らの安堵は、見えた砦の状態で打ち壊されてしまう。

 ――砦の門が、閉まっている。


 砦は魔族や魔物を通さないための防衛施設であり、その門が常時開いているようでは役割を果たせない。

 許可の下りた冒険者の出立、または帰還時にのみ開門する。


 門は落とし格子が採用されていて、複数の門番による作業を要する。

 魔物を引き連れて逃げ帰ってくる冒険者は速やかに収容し、魔物は阻むなどという軽やかな対応はできない。


 このままでは、砦に辿り着いたとしてもロックウルフからは逃れられない。

 安全地帯を前に食い殺されるだけだ。


「門を開けてくれー! ロックウルフの群れだ!」

 叫ぶ。早く門を開けてもらわないと、追いつめられてしまう。


 門は、――開かない。

 今開ければ、冒険者たちは砦内に逃げ込むことができる。

 しかし同時に、ロックウルフの群れも砦の中に侵入してしまう。


 砦の中は冒険者や兵士、そこで働いている非戦闘員にとっては安全地帯である。

 そこでは武器を置き、気を休めている。


 そんな中に突然魔獣の群れが押し寄せたのなら、少なくない被害が発生してしまう。

 それを許可することはできない。


 砦の門まで辿り着いた冒険者たち。

 しかし、その落とし格子が上げられることはなかった。


 迫りくるロックウルフの群れ。

 これが、無謀な冒険をしてしまった冒険者の末路。

 ――もうダメだ。


「“物理防御壁マテリアルシールド”」


 諦めかけた冒険者たちには決して聞こえるはずのない声量で発せられた声が、しかし確かに彼らには届いた。

 冒険者たちとロックウルフを遮るように現れた幾何学模様の壁が、彼らをロックウルフの脅威から守った。


 そして冒険者たちの前に、砦から飛び降りてきた二つの影が降り立つ。

「よくここまで戻りました」

「もう大丈夫だよ」

 絶望に瀕した彼らに、聖騎士オリビアは微笑を向け、軽戦士サーシャは人懐っこい笑顔を見せる。


 ロックウルフの群れを前にして、たった二人の援軍。

 人数だけならまるで足りないにも拘わらず、彼らはこの上ない安心感を覚えていた。


 その理由を、彼らの後ろに降り立ったもう一つの影が説明した。

「あとは勇者に任せなさい」


 神官モニカは冒険者の一人の肩を叩き、穏やかな笑みを浮かべる。

 冒険者たちの視線が「勇者」という言葉を発したモニカに向けられた中、オリビアとサーシャは僅かに顔を引き攣らせた。

 ――あんな顔、久しぶりに見た。


 勇者。

 それは人族の守護者。


 彼らが実在を疑い、しかし救いを求めずにはいられなかった存在。

 それが今、目の前にいる。


「若き冒険者たち、無茶をしてはいけません。

 貴方たちは人族の宝、後世に繋ぐべき人材です。

 功績を求めるのも重要ですが、命あってのものです」


 勇者の存在に安心したのか、冒険者たちはモニカの説教に耳を傾ける。

 しかしロックウルフの群れは待ってはくれない。


 “物理防御壁”は平面的な防御壁である。

 多少の大きさはあれど、峡谷の覆うほどの大きさではなく、ロックウルフは“物理防御壁”の側面から襲い来る。

 その群れを、聖騎士オリビアと軽戦士サーシャが迎え撃つ。


 普段であれば、前衛として戦うのは神官モニカで、オリビアとサーシャはそのサポートに入ることが多い。

前回の魔王との戦いでも、神官であるモニカが最前線で魔王を叩きのめした。


 血の気の多いモニカは、戦いとなれば騎士を差し置いて最前線で大暴れする。

 回復を得意とする彼女は、傷を負おうとも自ら治癒させて戦い続ける。


 しかし、それは冒険者における神官としての役割とはかけ離れている。

 今のように、見知らぬ冒険者たちを前にして戦う場合、モニカは前線には出ず、後衛に徹する。


 勇者の不在を知らぬ者たちに、勇者一行として、勇者の存在を見せつけなければならない。

 三人の中で最も人々が思う勇者像に近いのは、聖騎士オリビアである。


 そして、この三人を冒険者パーティの本来の役割に当てはめるのであれば、前線はオリビアとサーシャ、後衛はモニカとなる。

 そのため、普段はあまり前衛に出ないオリビアとサーシャが、ロックウルフの群れと対峙することになる。


「見ていなさい、若き冒険者たち。これが勇者の戦いです」

 モニカは冒険者たちの視線を戦いへと促す。


 獲物を二人に定めたロックウルフの群れは、取り囲むように連携して襲い掛かる。

 岩にも食い込む爪と噛み砕く牙。

 そのどちらも受ければ致命傷になる。

 加えて素早い動きに、連携による四方八方からの同時攻撃。

 この若き冒険者たちでは捌ける猛攻ではない。


 それを、普段は前衛に出ないオリビアとサーシャは難なく捌く。

 オリビアは盾で守り剣を振るい、サーシャは素早い身のこなしで避け籠手と具足で打つ。

 ロックウルフの鋭い爪や牙は、鍛え上げられたオリビアの盾を穿つことはできず、未来が見えているとさえ思えるサーシャの動きを捉えることができない。


 防御と回避。

 前衛で戦う者の戦術として、対極にいる二人の戦い方は堅実の一言に尽きる。


 オリビアは自らの間合いに入ったロックウルフに対して剣を振るい、別方向から同時に来るものに対しては盾で防御する。

 決して牙や爪が届く範囲には寄せ付けず、確実にロックウルフの数を減らしていく。


 サーシャはオリビアとは真逆で、ロックウルフの攻撃を常に最小限の動きで躱し続け、カウンターで一撃を入れていく。

 躱し切れないロックウルフには得意の“束縛”を発動し、その動きを止める。


 冷静に武器や体術、魔法を巧みに操り戦う様は、まさに冒険者たちが目指すべき英雄の姿だった。

 しかし、その内心は非常に穏やかではない。


 オリビアにとって、ロックウルフの猛攻は脅威にならない。

 何故なら、たとえ魔族侵攻時で凶暴化していても、その牙や爪はオリビアの防御を突破することはできない。


 オリビアにとっては猛攻を防ぐことよりも、勇者を演じることの方が困難である。

(人に見られながらって戦いにくいわ~。勇者っぽく、勇者っぽく~)

 落ち着き払ってロックウルフと戦い続ける中、頭の中では若き冒険者たちに勇者らしい姿を見せるため、勇者とは何か、どんな風に戦えば勇者らしいのかを反芻し続けている。


 そしてそれは、サーシャも同じだった。

 勇者としての姿はオリビアが演じるため、勇者らしい戦いを見せる必要はないが、こちらは軽装。さすがにロックウルフの牙や爪を防ぐことはできない。

 近接で戦う以上、オリビアと同様“身体強化”の魔法を使っているが、一撃をまともに受けてしまえば致命傷にもなりかねない。


 もちろんサーシャにとって、ロックウルフの攻撃速度を回避することは容易い。

 探知魔法によりロックウルフの動きは、たとえ背後であっても手に取るように分かる。


 仮に避けようのない一撃を受けても、即死さえしなければモニカが回復魔法を使って回復してくれるのだが、

(もぉ~、モニカも前に出てよぉ。人前だと後衛職っぽく振舞うんだから~)

 普段と異なる役割を請け負うこと以上に、本来の役割に準じて全く前衛に出てこないモニカへの不満を漏らしそうになる。


「この戦い方を真似る必要はありません。しかし、戦法の一つとして覚えておくことで戦いの幅が広がります」

 当のモニカは変わらず前には出ず、冒険者たちに説教を続ける。


「そして――」

 モニカが冒険者たちよりも前に出る。

 そこに、オリビアとサーシャから狙いを逸らしたロックウルフが向かってきた。


 一匹だけでも真っ向から襲ってくれば、冒険者たちにとっては恐ろしい魔獣である。

 たとえ今、そのロックウルフをものともしない戦いを見せられているとしても、それを自分たちに真似できないことは理解できる。


 そして何より、今自分たちのすぐ近くにいるのは神官。

 先程から直接戦いには参加していない後衛職。

 勇者一行の神官であっても、獰猛な魔獣が直接迫ってくれば対処のしようがない。

 そう思っていた。


 モニカは迫りくるロックウルフに向かって杖を横に構える。

 飛び掛かるロックウルフはその杖に噛みつき、その勢いのままモニカを地面に押し倒そうとして、失敗する。


 ロックウルフの素早い動きからの、勢いを殺さぬ飛び掛かりを杖で受け止めると、勢いを殺さないように円を描いて後方の地面へと叩き付けた。

 地面に叩き付けられ、仰向けで無防備になったロックウルフの胸部に拳を打ち据える。


「体を鍛えておけば、後衛職であっても近接で後れを取ることはありません」

 素手による一撃は、ロックウルフの命を容易く奪い取ってしまった。


 これが、勇者一行の後衛職。

 若き冒険者の前衛職は自らの土俵ですら敵わないと悟り、後衛職はこの鍛え方が冒険者の後衛職に求められる水準なのかと狼狽える。


「さて、そろそろ片が付きそうです。皆さん、ロックウルフの群れを遭遇した場所、覚えていますか?」

 二十頭の超える群れは、すでにほとんどが息絶えた。

 勝ち目がないと悟り逃げ出そうとしたロックウルフは、サーシャが“束縛”で捕らえている。


「は、はい。分かります」

 リーダーの戦士が答えると、モニカはサーシャに合図を出す。逃がす必要はない、と。

 合図を確認したサーシャは“束縛”で捕らえていたロックウルフにも止めを刺す。


 ロックウルフの群れを完全制圧すると、それを確認した門番たちが落とし格子を上げる。

 冒険者たちからすれば、襲われている最中は締め出したにも拘らず、安全になった途端に門が開いたことに不満を覚えるが、砦内の安全を維持するためにも必要なことである。

 何より問題は、実力不足と判断されながら無断で進んだ冒険者たちにある。


「それでは戻りますよ。一応言っておきますが、相応の処罰は覚悟しておくように」

 穏やかな声音でありながら、最後の一言で冒険者たちの背筋を凍らせた。

 それは処罰が待っていることを知ったからではなく、最後の最後に見せたモニカの冷やかな目つきを見たからだった。


 先程まで優しげに自分たちを諭し、迫りくるロックウルフからも難なく守ってくれた神官の、確かな怒り。

 冒険者たちは、自分たちが仕出かしてしまった過ちを深く実感し、後悔に苛まれた。



 冒険者たちはロックウルフの異常を発見した事、そして勇者一行の口利きにより、処罰は軽減された。

 第一砦と第二砦、第二砦と城塞都市間における物資輸送の護衛、および安全確保のための巡回に従事し、報酬は一割にカット、という罰が下された。


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