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老魔法使いとの対談

 少し時間が過ぎ、冒険者たちが少なくなってくると、食堂も落ち着きを取り戻してくる。

 喧騒に包まれた空間よりも、そういった閑静な雰囲気を好む者も当然いるものである。


「ようやっと静かになったの」

 この老人も、そういった落ち着いた雰囲気を好むため、冒険者たちとは時間をずらして食堂へやってきた。


「いらっしゃいませ」

 目まぐるしい繁忙期を終え、だいぶ疲労が蓄積している給仕担当たちはすこし休憩に入り、並外れた体力のエステルが対応する。


 ひと目で魔法使いを生業としている事が判る風貌の老人はやはり、この魔族侵攻で増加した魔物を討伐する冒険者である。

 魔法使いの老人フレデリックは、案内された席に座り、エステルに酒を注文する。


「お待たせしました」

 ジョッキを運んできたエステルを凝視するフレデリック。

 フレデリックの視線は、エステルを咎めるようなものではなく、興味を惹かれているようであった。


「お嬢さん、珍しい魔力を持っているね」

 酒を一口含み、フレデリックは微笑を浮かべながらエステルに語り掛ける。


「珍しい魔力……ですか?」

 フレデリックの言葉に、エステルは首をかしげる。


「気付いていないのかね。ふむ……店主よ。少しこのお嬢さんと話をしても良いかの」

 エステルの様子に少し慮ったフレデリックは、食堂店主サイモンに許可を求める。


「エステルちゃんがいいなら今は構わねぇけど、その子に手ぇ出したらタダじゃおかねぇぞ」

 店内がそれほど忙しくないこともあり、サイモンは条件付きで許可を出す。


 エステルもフレデリックの話には興味がある。

 サイモンの許可に、エステルは頭を下げる。


「分かっとるわい。孫ほども離れとる子にそんな気は起こさん」

 サイモンの余計な心配を煙たがるように、フレデリックは手を振る。


「それより、適当に料理も出してくれぃ。お嬢さん、あんたも好きなもん頼みな。ワシの奢りじゃ」

 雑に注文するフレデリック。店主任せの注文が出来るほど十分に資金を持っていると言える。

 エステルもお言葉に甘えて、食事を頼む。


 出来上がった料理をエステルが取りに行き、何度かの往復でテーブルの上に料理が並ぶ。

 それまでの間、フレデリックは話を始めることはなく、ただチビチビと酒を呷っていた。


 そして、料理を運び終え、席に着いたエステルを確認すると、手を組み、エステルにだけ聞こえるくらいの声で話を始める。

「お嬢さん、あんた、闇の魔力を持っているよ」


 これが、フレデリックがエステルに興味を持った理由。

 そして、わざわざエステルをテーブルに招き、そして他に聞かれないように話し始めた理由。


 闇の魔力は、一般的に魔族が持つとされている魔力。

 適正魔法は、闇、毒、呪い、魅了など、良いイメージを抱かせないものが多い。


「闇の……魔力……。それって……」

 それはつまり、エステルが魔族であるということ。


「勘違いしなさんな。確かに魔族は闇の魔力を持つ者が多いという伝承はあるがのぉ、闇の魔力を持つ者が全員魔族というわけでは無いぞ」

 エステルの思考を読むように、フレデリックは釘を刺す。


「人族はもちろん、隣国のエルフやドワーフ、獣人とかにも闇の魔力を持つ者はおる。ただ、人族では珍しいというくらいじゃ」

 余計な心配はするなと、エステルに料理の皿を寄せる。


 これでも摘まんで気を落ち着かせろという事だろうか。

 エステルは寄せられたさらに料理を口に運ぶ。

 ――美味しい。


「それにお嬢さん。あんたの魔力、研ぎ澄まされて澄んでいて、とても綺麗じゃ。こんな綺麗な魔力、なかなか見んぞぃ」

 悪いこと考えとる奴とは思えんわい、とフレデリックも酒を呷る。


「ワシも長いこと冒険者をしとるが、闇の魔力を持った魔法使いにはあったことがなくての。珍しぃて声を掛けてしまった」

 少し性急すぎだと、反省するように顎髭を整える。


 フレデリックにとっては闇の魔力を持つ人族は未知であり、興味の対象である。

 その興味を抑えきれない程に、フレデリックは魔法研究に情熱を傾けている。


「お嬢さんは闇の魔法を使うのかね?」

 もし使えるなら見せてほしいと言いたげな視線に、エステルは首を振る。


「そうか。まぁ、魔法研究者か冒険者でもなければ、特別な魔法を使うこともないわな」

 少し残念そうなフレデリックに、エステルは少しいたたまれない。


「生活魔法くらいなら使うのじゃろ。そこに、何か変化はあったりするかの?」

 なおも折れない老人魔法使い。その興味が尽きるまで、どのくらいだろうか。


「生活魔法も使っていません」

 エステルの日常生活の中で、魔法を使う事はない。


 生活魔法。

 それは、冒険者の魔法使いが使うような攻撃魔法や防御魔法、支援魔法のような戦いを想定した魔法ではなく、日々の営みでの使用を想定した魔法である。


 例えば、火をおこす魔法、水を出す魔法、土を耕す魔法、風を吹かせる魔法、明かりを灯す魔法など。

 これらは特別な修行や研究を必要とせず、決められた詠唱を正しく読み上げることで誰でも扱うことのできる魔法とされている。


 魔法は、詠唱の内容、注ぐ魔力の量、注いだ魔力の操作など複雑な技術が必要である。

 生活魔法は基礎的な魔法と言われ、比較的簡単な操作で発現するものの、決して安全なものではなかった。


 失敗すれば魔法は暴発し、怪我をしたり、最悪命を落とすほどの事故にもなる。

 そのため、魔法使いは勉強、修行、研究を重ね、魔法発動時には大変な集中を要する。


 そんな危険を孕む魔法に対して、かつて一人の魔法研究者が暴発の起こらない安全な詠唱を考案し、生活魔法を誰でも使えるものにしたという。

 五百年以上昔の人物であるが、魔法研究を行う者にとっては、名を知らずには道を進めないほど有名である。


 そんな人々の生活に近い生活魔法は、この町の中でも頻繁に使用されている。

 エステルの行きつけの串焼き屋の店主ティーノも火をおこす魔法を使っている。


 とても便利な生活魔法も、何の対価もないわけでは無い。

 魔法である以上、その源である魔力が必要になる。


 人族には、生まれつき魔力を持っている者とそうでない者がいる。

 そしてたとえ魔力を持っていても、不足していれば当然生活魔法が発動しない。

 この魔力を補うために、魔力を含んだ物が必要となる。


 それは、採掘される魔石や魔王城の解体資材、魔物や魔獣の素材などであり、いずれも決して安くはない。

 生活魔法は使えるなら便利だが、魔力を持たない者、魔力を含んだ物を買えない者にとっては手が届かないものである。


「惜しいのぉ。せっかく魔力があるなら、生活魔法くらい使えば、楽になることもあるじゃろうに」

 闇の魔力の持ち主が魔法を使った時に何か変化があるのか、特別な効果が発現するのか、未知を既知にしたがる研究者の本心がほとんど隠れていない。


「そうですね。確かに覚えておくと便利かもしれません。詠唱って難しいですか?」

 そんなフレデリックの隠せていない希望を、エステルは聞き入れる。

 しかし、そもそもエステルは生活魔法の詠唱すら知らない。


「お、使ってみるかの。詠唱は簡単じゃ」

 フレデリックに詠唱を教わり、試しに火種を出す魔法を発動してみる。


 指先に現れる小さな火の玉。

 エステルの逆の手には、万が一に備えて飲料の入ったコップが掴まれている。


 指先で揺らめく火の玉を、エステルは無心の表情で眺めていた。

 その瞳が表すエステルの心情に気付く者はいない。


「ほっほっ。闇の魔力でも生活魔法に影響はないんじゃな」

 嬉しそうな表情を浮かべるフレデリック。

「あとは特有の魔法を見てみたいもんじゃが、こればっかりはちゃんと研究せんと無理じゃな」


 エステルは火の玉を消すと、一息吐く。

 そこにフレデリックがさらに料理の皿を寄せた。


「すまんの、無理をさせた。見たところ、魔力量は少なそうじゃから、疲れたろ」

「いえ。あんな感じに発現するんですね。初めてだったので」

 一口摘む。美味しい。


「もし魔法に興味が出たなら、ワシが教えてやるぞ。とはいっても、魔族侵攻が終わってからにはなるがの」

 フレデリックは冒険者として活動している最中。そんな中、生活魔法の詠唱すら知らなかった素人に魔法の指導をしているほど余力はない。

 とはいえ、フレデリックは続ける。


「勇者さま方がすでに砦に向かわれているらしい。魔族侵攻も長くは続かんじゃろうて」

 酒を呷り、安心した表情を浮かべる。


「勇者、さま……」

「そうじゃ。あの方々がいらっしゃれば、魔族侵攻など恐れる必要はない」


 魔族侵攻は、直接侵攻してくる魔族や魔王よりも、影響されて凶暴化、増殖する魔物や魔獣による被害の方がはるかに多い。

 たとえ勇者がいたとしても、各地で溢れるそれらの対処には冒険者や兵士の活躍が必要となる。


 しかし、勇者が魔王と戦うからこそ、冒険者や兵士は直接魔族と戦うことがない。

 冒険者や兵士はその人員を各地の魔物対処に充てることが出来る。


「あの方々の力は強大じゃ。ワシなど足元にも及ばん」

 フレデリックの口振りは、まるで勇者の力を直接見たことがあるようだ。


 それを確認するエステルに、フレデリックは頷いた。

「あるとも。昔、助けられたことがあっての」


 フレデリックはかつて、勇者一行の使う魔法を目の当たりにした。

 それが、今もフレデリックの脳裏に焼き付いて離れることがない。


「まだワシが未熟な若造の頃じゃ。

 ちょっと魔法が使えることでいい気になって、冒険者仲間と無茶をやってな。危うく死にかけたところを助けてもらったんじゃ」

 もはや恥ずべき記憶ですらない、遠い日の思い出。


 フレデリックにとっては、あの緻密でありながら高速で発動する魔法を目の当たりにし、この歳になってもまだ辿り着けない目標と出会った日の事。

 フレデリックの昔語りに、エステルは耳を傾ける。

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