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サーシャの過去8 養父ルーウェンの誕生

前半は昔話、後半はエステルの一元視点です

 父を求めるようにルーウェンにしがみつくサーシャ。

 もう二度と得られないと思っていた安心感からなかなか離れることができず、結局ルーウェンに抱き上げられたまま森からの移動が始まった。


 不安と恐怖から逃げ回った薄暗い森も、ルーウェンと一緒にいるとただの森。

 風にそよぐ木の葉の音、僅かに届く陽光に気を取られる余裕すらあった。


 少しずつ木々の間が広がっていき、森の出口を感じる。

 ルーウェンと同じ高さからの景色に、一際明るい光が差し始めた。


「サーシャ、森を出るよ」

 ルーウェンの言葉に合わせて、サーシャの視界が一瞬の明転に眩む。


 次に飛び込んできたのは、また目が眩みそうなほど輝く世界だった。

 陰鬱とした森の中とは違い、澄んだ空気で遠くの方の山まで見渡せる。


 草原の色味は、森の中で見た草木とは比べ物にならないほど青々として、青天から注ぐ陽光を反射して、キラキラと輝いて見えた。


 かつて両親と共に馬車から見ていた景色。

 孤児院に入ってからは見ることの出来なかった景色。


 魔法使いの男性から、孤児院から、町から逃げ出した時には何も感じなかった外の世界が、こんなにも輝きを放ち、サーシャの目を奪おうとする。


「…………」

 いつの間にか、諦めていたのかもしれない。


 なんでもないような自然の景色にさえも心を揺さぶられてしまうほど、サーシャは未来を、可能性を自ら閉ざしてしまっていたと感じた。


 両親の死はそれだけサーシャの中から希望と生きる気力を奪った。

 もういない家族を想うほど、これからの人生が重く暗いものになっていた。


「サーシャ、俺と家族になろうか」

 そんなサーシャの心を読んだように、ルーウェンが提案を投げかけてくる。


 声が漏れていたのだろうか。

 それとも、しがみついて離れない状況から察したのだろうか。


 向けられたルーウェンの顔を間近で見返し、なお声が出ない。

 ――家族に、なる?


 両親を失った今、サーシャにはもう家族がいない。

 それがずっと変わらず続くと思っていた。


 でもたしかに、孤児院から誰かに引き取られたなら。

 両親が出会ったように、サーシャも誰かと縁を結んだなら。


 両親とは違う、別の人たちと家族になれる。

 今、ルーウェンが言ったのはそういうことだ。


「俺の村は小さいからな。

 年が近ければ兄弟姉妹、少し離れていれば親子みたいものだよ」


 村全体が一つの集団として成立し、血の繋がりがなくとも家族と同じ。

 それがルーウェンの故郷の村の常識。


「さしあたって俺は――」

「お父さん?」

「――そう、おとう……え?」


 サーシャにとって家族は父と母しかいなかった。

 そして今、サーシャはルーウェンに父の面影を重ねている。


 家族になろうと言ってくれたルーウェン。

 サーシャは無意識に、彼を父と呼んだ。


 サーシャの言葉にしばし固まるルーウェン。

 目を瞑り、真顔で少し悩んでいる。


「…………うん、お父さん。サーシャ、俺がお父さんでもいいかい?」

「うん、お父さんがいい」


 亡き父を忘れるわけではない。

 替え玉なんてつもりもない。


 しかし、まだ幼いサーシャには父と同じ存在が必要だった。

 そこに名乗りを上げてくれたのがルーウェンだった。


 嬉しかった。

 胸の中がぽかぽかと温かくなった。


 もうどこにもないと思った自分の居場所ができた。

 一緒にいてくれる人ができた。


 はじめて頬が緩んだ。

 少しぎこちないかもしれないが、対するルーウェンも笑ってくれた。


 嬉しくて、またルーウェンの首にしがみついた。

 もう離れないように、ぎゅっと力いっぱい。


「さ、さーしゃ……ちょっと苦しい……」

 息苦しさに悶えるルーウェンが止めるまで、サーシャは首から離れなかった。




「わあぁ。それでサーシャちゃんとルーウェンさんは家族になったんですね」

「うん、あのときは嬉しかったよ」


 ようやく明らかになったサーシャとルーウェンの出会いと家族になった経緯を聞いたエステルは、色めき立ちながらサーシャと笑顔を突き合わせる。


 昔話にルーウェンが登場したばかりの頃は、どこか掴みどころのない人物で、サーシャの養父であると言われてもあまりしっくり来なかった。


 しかし、まだ幼いサーシャへの誠実な態度や思いやりを持った行動はやはり彼女の養父であることに納得できるものだった。


 そんなルーウェンに出会って育てられたからこそ今のサーシャがあると思えば、エステルがこうして仲良く話しができることも彼のおかげであると言える。


「でも、ルーウェンさんはどうしてお父さんって呼ばれて止まったんですか?」

「あぁ~……えっとね……」


 ルーウェンは自分からサーシャを家族になろうと提案していたが、父になるつもりなかったのだろうかと疑問に思うエステルに、額に皺を寄せるサーシャ。


「あの時……お父さん、まだ十八だったの……」

「……え」

「だから本当はお兄さんで良かったんだけど、私が先にお父さんって呼んじゃったから……」


 サーシャは羞恥に染まった顔を両手で覆った。

 かつての自分の失態で、十八歳のルーウェンに六歳の娘が出来てしまったのだ。


 それなら確かにルーウェンの反応にも納得できた。

 十八歳でありながら、六歳の少女に父と呼ばれるとは思わなかったのだろう。


 ただ、あえてそれを訂正させずに父としてサーシャを受け入れたルーウェンの度量には尊敬の念を禁じ得ない。


「私と同じくらいの年で……、ルーウェンさんすごいですね……」

 小さい子の面倒を見るくらいならともかく、親になる覚悟はエステルには無い。


「エステルちゃんって十八くらいなの?」

 顔を上げたサーシャが少し不思議そうな表情をしている。


「多分そのくらいです。こちらに来た時が十六歳だったので」

 人族の領域に来てからの月日を指折り数えて考えると、もう十八になっていてもおかしくはないと、エステルは再確認する。


「そうなんだ。ま――、そっちの人は長命だって伝承だったから、もっと生きてるのかと思ってた」

「それはそうですけど、ちゃんと新しい命も生まれてますよ~」


 少しだけ頬を膨らませるエステルに、サーシャはごめんと謝る。

 個人的な話は楽しいが、やはりもっと互いの常識も知るべきかもしれない。


「そこはまた今度お話、聞かせてよ」

「分かりました」


 エステルもサーシャもある程度互いの常識を察しながら遠慮気味に話している。

 ほんとうの意味で打ち解けるためにも、その理解を深める必要がある。


「さてと、じゃあそろそろ」


 サーシャが大きく背筋を伸ばした。

 あまり動かずに話していたため、すこし体が固まったのだろう。


「はい!」

 いよいよモニカの登場か、とエステルは目を輝かせて待つ。


 するとサーシャが真顔を向けてきた。

 どこか冷たさすら感じるその表情に、エステルが固まる。


 そういえば、サーシャの話を聞く代わりに、サーシャも聞きたいことがあると言っていたことを思い出し、一方的に話を聞きすぎたと自責の念に駆られる。


 しかしサーシャの無言の圧はそれが原因ではなかった。

 それよりも重要な事があった。


「掃除の続き、ね」

「……はい」


 昔話を聞いている間、ほとんど手が止まってしまっていた。

 今やるべきことは互いの理解を深めることよりも掃除だ。


 続きを聞きたい、でもサーシャの聞きたいことにも答えないと。

 エステルは悶々としながら、掃除をする手を忙しなく動かした。

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