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ルーウェンに抱いた印象

「……なんというか、少し思っていた雰囲気と違いました」

 サーシャの昔話を聞いていたエステルがぼそりと感想をこぼした。


 エステルにとってルーウェンは、まだよくわからない人物。

 しかし、彼を父と慕うサーシャのことはこの数日でだいぶ分かってきた。


 明るくて元気で、人の感情の機微にも敏く、細やかな気配りができる。

 すこし勢いが強いところはあるが、それも誰かを思い遣っての結果と言える。


 そんなサーシャが慕う人物なのだから、彼女と同様に心優しさを前面に押し出したような人物で、魔法使いの男性とは相容れないと思って話を聞いていた。


 それが男性とは仲良さげに会話も繰り広げつつ、現代の人族では忌避する誰かを犠牲にする行為に対して、肯定的ではないにしても拒絶してはいなかった。


 勝手な思い込みを押し付けてしまっているとは思うが、この胸の中で渦巻いている違和感を口にせずにはいられなかった。


 そんなエステルの感想を聞いたサーシャはくすくすと笑いをこぼした。

 どこか楽しそうに、そして嬉しそうに笑っている。


「ぁ、え……?」

 エステルはサーシャの予想外の反応に戸惑ってしまう。


 ひとしきり小さな笑いを漏らしていたサーシャが、やはり嬉しそうな笑みを浮かべたままエステルへと向き直る。


「エステルちゃん、ちゃんと考えてくれてるんだね」

「え、ど、どういうことですか?」


 サーシャの発言の意図が、エステルには理解できなかった。

 確かに考えながら聞いているが、どうして嬉しそうなのだろうか。


 昔の話を聞きたがったのは自分(エステル)なのだから、自分が喜ぶのなら分かるが、話をしているサーシャの方が嬉しそうにする理由が分からない。


「私とお父さんの事、ちゃんと興味を持って聞いてくれてるのが嬉しいんだ」

 混乱するエステルに、サーシャは微笑みながらその答えを告げる。


 なんということもない理由。

 聞きたいと言ったのだから、興味があるのは当たり前のつもりだった。


 しかし、形式的な社交辞令で終わらせるのではなく、抱いた素直な感想がこぼれてしまう位しっかりと話を聞いていたことを、サーシャは喜んでいるのだ。


 サーシャの話しぶりに吸い込まれて感情移入し、サーシャがルーウェンと出会った時の安心感と、その後のルーウェンと男性の会話で受ける印象の違いに妙な違和感を覚えてしまった。


 自分でも気付かない内にずいぶんと没頭してしまっていた事と、それを見抜かれ気付かされた事に恥ずかしくなってしまうエステル。


「そ、そんなこと……」

「ううん、ありがとね」


 恥ずかしさから否定してしまいそうになるエステルを、サーシャは制止する。

 責めるつもりは毛頭なく、むしろその気持ちは大切にして欲しかった。


 それに――

「まぁ、この時のお父さんがちょっと気むずしいのは間違いないね」


 エステルが抱いた感想に間違いはない。

 当時のルーウェンはつかみどころがない性格をしていた。


 しかし、それは不思議な事ではない。

 時間の経過、人との関わり、様々な要因で人の性格は変わるものだ。


「これから変わっていくってことですか?」

 ルーウェンの性格にしっくりくる時は来るのか。


「どうだろ?」

 その問いにはサーシャも首を傾げた。


 サーシャがルーウェンと共に過ごしたのはおよそ十年間。

 濃密な時間ではあったが、彼の人となりを理解していたかは分からない。


 それでもサーシャにとってはとても大切な人だった。

 すべてを理解しているかは関係ない。


「厳しいけど優しくて、抜けてるのに抜け目もないのがお父さんだったから」

 ルーウェンがサーシャに見せたものがすべて、彼のありのままの姿なのだから。


 ただ、その答えで理解し納得できるのはおそらくルーウェンを知る者だけ。

 つまりところ彼の人物像を掴めていないエステルにとっては、謎のまま。


「ん、ん~……?」

 困ったように眉を顰めて考えるエステル。


「いろんな一面があるって事。それを全部ひっくるめてお父さんだから」

 いたずらっ子の笑みを浮かべたサーシャが簡潔にまとめる。


 ルーウェンのことを知ろうにも、当の本人はすでに故人だ。

 話だけで掴み切れるほど、分かりやすい人物ではなかった。


 少しのあいだ悩んだエステルはひとつの結論を出した。

「……すごい人なんですね」

「考えるの、諦めたね?」


 それはまさしく、諦めの境地に至った感想だった。

 先ほどまで懸命にルーウェンを知ろうとしたが、理解は無理と悟ったのだ。


 サーシャのジト目から逃げるように、エステルは口を噤んでそっぽを向く。

 そもそもサーシャですら理解しきれないルーウェンのことを、話を聞いたばかりのエステルが理解できるはずがない。


 それでもサーシャは、エステルにルーウェンの事を知っておいてほしかった。

 彼について考えることを止めてほしくなかった。


「じゃあ宿題を出してあげるよ。お父さんがきっかけで変わった事、な~んだ」

「きゅ、急に!?」


 サーシャはエステルに一つ問いを投げかける。

 昔話を終えたとしても、エステルがルーウェンの事を考えてくれるように。


「さっきまでの話とニウェーストの町の様子を比べて、考えてみてね」

 その答えは、エステルにとっても思い出深いあの町にも影響が及んでいる。


 エステルが答えに行き当たるのが先か、サーシャが話してしまうのが先か。

 それでも、エステルならきっと考え続けてくれるだろう。


「あ、そういえば……」

 にっこりと笑うサーシャに、エステルは思い出したように口を開く。


「私、サーシャちゃんにまだちゃんとお礼を言っていませんでした」

「え、お礼? なんの?」


 突然変わった話題に、今度はサーシャが困惑する。

 お礼を言われるとすれば、掃除を手伝っていることだろうか。


 畏まるようにまっすぐサーシャの方へと向き直るエステルに、サーシャも背筋を伸ばして応じる。


「私がまた町に戻れるようにしてくれて、本当にありがとうございました」

 ペコっと頭を下げ、まだ言えていなかった感謝を伝えた。


 エステルにとってニウェーストの町は、この人族の領域で長く過ごした場所。

 そこで築いてきた関係は、容易く手放せるほど軽いものではない。


 モニカに見つかった時は、本当に終わったと思った。

 魔王であった自分はもう決してこの町には戻れないと。


 しかしモニカはエステルの居場所を奪わなかった。

 エステルが魔王だとは公表せず、また町に戻れるよう取り計らってくれた。


 モニカの仲間であるサーシャとオリビアもその決定に反発することもなく、サーシャに至っては今も気さくに接してくれている。


 これを大恩と言わずにはいられない。

 ウィルの次に恩義を感じていると言っていい。


 だからこそエステルの興味は勇者一行の三人に向いた。

 彼女たちがどういう人物で、どのように物事を考えているのか知りたくなった。


「あれはお母さんがやった事だよ。

 私は全然状、況について行けてなかったから」


 自分は何も出来ていないとサーシャは遠慮をするが、エステルは下がらない。

 サーシャの手を取り、まっすぐに顔を突き合わせる。


「それでも、私は皆さんに救われました」

「んん~、なんだか照れるよぉ……」


 くすぐったそうにしながらも満更ではない様子のサーシャ。

 ここまでまっすぐに感謝を伝えてくるとは思っていなかった。


 もともとはモニカが決めた事。

 本来なら最初に感謝の言葉を受取るのはモニカであるべきとも考えてしまう。


 ただ、それを理由にエステルの気持ちを拒むのも違うと思った。

 それにエステルなら、ちゃんとモニカに直接伝えるだろう。


「今度モニカさんにもちゃんと伝えます」

 そんなサーシャに気付いたように、エステルは付け加える。


「そっか。じゃあ明日にでもこっちの村に来る?」

 その気があるなら早いに越したことはない、とサーシャの提案。


 しかし、その瞬間にエステルが固まる。

 まるで時間が止まったように、ぴたりと。


「……ん?」

 サーシャが首を傾げて反応を待つと、エステルはゆっくり目を逸らしていく。


 そしてボソッと。

「……ぃぇ、もう少し……モニカさんの優しい話を聞いてからに……」


 とても小さな声で懸命な抵抗を見せたエステル。

 どうにもまだモニカに対する恐怖心が邪魔をしているようだ。


「まだ無理そう?」

「だってまだモニカさんの話、聞いてませんよ」


 元々はモニカへの恐怖より興味が上回るために昔話をし始めたのだが、サーシャの過去にとって決して切り離せないルーウェンを前に、肝心のモニカの登場がまだであることを失念していた。


「あぁ~、そうだったね。じゃあ続きを話そっかな」

「はい!」


 次に話すのはサーシャが翌朝に目を覚ました時のこと。

 そして、ルーウェンと家族になったこと。

サーシャ「昔話を再開する前に、エステルちゃん」

エステル「はい?」

サーシャ「ちゃんと手も動かそうね。掃除の最中なんだからね」

エステル「はいぃ……」

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