サーシャの過去5 魔法使いの目的
修練に打ち込むルーウェンの傍で眠りこけてしまったサーシャが目を覚ましたのは、すっかり陽が落ちた後のことだった。
硬い石の上から転げ落ちないほど、完全に熟睡してしまっていた。
パチパチとなる音と、目蓋越しに不規則に揺れる明るさで目を開いた。
暗い森の中、地面に座るルーウェンの大きな背中が見える。
その向こう側で火が焚かれ、灯りと暖が取られている。
横になったまま、寝ぼけ眼でルーウェンの背中をぼうっと眺めるサーシャ。
――やっぱり、きれい……
ルーウェンが帯びる魔力はやはり輝きを帯びている。
夜の暗がりだからこそ、それが余計に際立って見えた。
だからだろう。
ルーウェンとは別の、暗がりに溶け込むような魔力に気付かなかった。
「お前は冒険者にでもなるのか?」
「ん~……、まだ決めてない……かな?」
ルーウェンと焚き火を囲んで話している人物がいた。
焚き火の明かりに照らされて見えたその顔は間違いなく、魔法使いの男性。
夢現だった意識が一気に覚醒した。
口元を手で押さえ、引き攣る喉の音すらも漏らさない。
――なんで?
そんな当然の疑問が浮かんでも仕方がない状況だった。
サーシャにとって魔法使いの男性は恐怖の対象で、ルーウェンは救世主。
その二人が焚き火を囲んで世間話をしているのだから、理解が追いつかない。
昼間と同様にサーシャの姿は見えていないのか、動きを見せたサーシャに対して男性は一切見向きもせずにルーウェンとの会話を続ける。
「こんなところで剣の修業なんてしているから、てっきりそうかと思ったが。
だがまぁ、冒険者はやめておいたほうが良い」
饒舌に語る男性。
昼間の攻撃的な様子は消え、親しげにルーウェンに助言をしている。
「あれは危険を冒してでも名をあげたい奴がなるものだ。
目的が定まっていないなら、大人しく家業でも手伝っていたほうが良い」
そう言って男性は、サーシャが抱いているような筒を呷った。
ため息のような深い息をつき、ルーウェンに視線を向ける。
「村の生活に不満はないんだろう。なら、冒険者はやめておけ」
その視線は、どこかルーウェンを思い遣っているようにも見えた。
「そっか……まぁ、冒険者には思うところもあったからな。
じゃあ騎士とかどうだろうか」
ルーウェンもその助言を素直に聞き入れている。
まるで以前からの知り合いのように、どこか和やかな雰囲気だ。
「それこそ難しいだろう。技量はもちろん、規律性や礼儀作法も重要だ」
「うぅ……」
がっくりと肩を落としたルーウェンの大きな背中が情けなく見える。
頼もしく見えていたが、意外と見通しが甘いのだろうか。
「じゃあちなみに、魔法使いの兄さんはなんで魔法使いの道に入ったんだ?」
悩んだ末に意見を求めるように、男性の事情に踏み込むルーウェン。
「ふん、お前に理解できるとは思えんが……」
「ひどい……」
鼻を鳴らし自分を小馬鹿にする男性に独りごちるルーウェン。
男性はそんな彼を尻目に筒を呷ると、考えるように一度瞼を閉じた。
「……まぁ、構わんか」
そうポツリと溢すと、少しだけ姿勢を整えルーウェンに向き合う。
「お前は魔法をどこまで知っている?」
「どこまで?」
男性の問いに疑問符を浮かべるルーウェンと同じ反応を示すサーシャ。
魔法に対する知見、あるいはもっと根本的なことなのか。
「お前が知っているとすれば、賢者の魔法の事くらいだろう」
ルーウェンの反応が鈍かったせいか、ここから男性による魔法講義が始まった。
二百年ほど昔、一人の魔法研究者主導のもと、大規模な魔法実験が行われた。
後に賢者と呼ばれる魔法研究者が、誰でも安全に使える魔法の開発に成功した。
当時の魔法は暴発の危険が排除できないという定説が信じられており、誰もが失敗と暴発に緊張感を覚えながら魔法を使用していた。
それでも冒険者は自衛と最終手段として、魔法使いは主な攻撃手段として、自分なりに成功しやすい魔法詠唱を独自に作り、魔法を使っていた。
「魔法詠唱を自分で作っていた?」
「そうとも」
ルーウェンの疑問に、男性は大きく頷いた。
それこそが自分の目的の確たる部分であると言うように。
「かつては魔法を使う者が独自の詠唱を考え、独自の魔法が存在した。
詠唱も威力も形状も、何一つとして同じものはない」
ルーウェンは口に手を当てて考え込む。
それは今の時代においては考えられない状況だ。
今の魔法は、賢者により考案された安全な詠唱のものが普及している。
それ以前の魔法は危険性があったこと以外、記録に残されていない。
しかし男性は見つけた。
彼の先祖が遺していたかつての魔法の資料を。
「今の時代は停滞していると言っていい」
強い口調で、男性はルーウェンに指を突きつける。
賢者の思想、その功績は紛れもなく素晴らしかった。
誰もが失敗を恐れず、便利な魔法を生活や仕事に取り入れることが出来た。
しかし代償に、魔法を研究する者は消えた。
賢者の魔法が完成され過ぎていたがために、新たな魔法が求められなかった。
賢者の魔法には無い、あれば便利だという魔法の構想はもちろんある。
課題は、賢者の魔法と同様に安全であることが前提になること。
結果、かつて生み出されていた多くの魔法は、賢者による安全な魔法の対比として、その危険性のみを後世に残して完全に消えた
「俺は、自由だったかつての魔法を手に入れたい」
男性はようやく、自分の目的を口にした。
型に嵌った安全な魔法ではなく、危険性はあるが自由な魔法を得る。
先祖の遺品を読んだ時にそう心に願った。
「……賢者の魔法は、完成させるために多くの人が協力を強いられたともある。
安全な詠唱にたどり着くまでに、何人が暴発に巻き込まれたのだろうな」
それも先祖の遺品に記されていたのだろうか。
しかし、男性はどこか楽しそうに口角を上げた。
「犠牲さえ恐れなければ、独自の魔法を作り出すことが出来る」
賢者ほど人を集められなくとも、繰り返せばいつかは。
「……そういう事か」
ルーウェンは少し俯きながら、ぼそりと呟く。
二人の間でパチパチと音を立てて燃える焚き火が、少し大きく風に揺られる。
サーシャの目には、ルーウェンの帯びる輝く魔力も一瞬揺らいだように見えた。




