サーシャの過去2
明けましておめでとうございます
本年も宜しくお願いいたします
どうぞ私の拙著にお付き合いください
(26/01/02 21:48 追記)
サーシャの魔法詠唱についての表現が漏れておりましたので修正いたしました
両親を失ったことにより、教会に引き取られたサーシャ。
教会には同じような境遇の孤児も降り、決して明るい空気ではない。
また教会自体も決して良い評判ではなかった。
総本山の過去の過ちで信用を大きく欠き、寄付や援助も少なくなっている。
教会での生活の基本は清掃だった。
教会の中や周囲はもちろん、町の中のゴミ拾いをして過ごした。
日々の食事は少なく、慣れている孤児は合間を縫って町の人に媚を売って僅かばかりの食べ物をもらって腹の足しにしていた。
孤児に対して憐れみを向ける者もいるが、そのみすぼらしく薄汚れた姿を忌避する者もおり、施しと称してゴミを投げつける者まで。
孤児同士のいがみ合いも頻発し、積極的に関わり合う事を避け、まるで互いが敵であるかのような荒んだ環境の中で立ち直れる孤児も少なかった。
そんな中でも、少しずつサーシャを立ち直らせたのは魔法だった。
幼い頃から両親が見せてくれていたあの綺麗な魔法が心の支えだった。
両親の姿を追うように魔法を真似て、どうにか綺麗な魔法を使えるように奮闘する日々が、一時でもサーシャにつらい記憶を忘れさせてくれた。
賢者の考案した詠唱を使えば、子どもであっても魔法を使うことが出来る。
そしてサーシャには自分を慰めるのに十分な魔力量があった。
掃除の最中でも、寝る前でも、一人になった時間には隠れて魔法を使った。
それが他の子には出来ない特別なことだと分かっていたから。
そんな生活が一年も続けば、気が付けば詠唱を口ずさんでしまうほど、魔法を使うことが自然になってしまい、それが転機となった。
教会の敷地を掃除していた時、無意識に魔法を使ってしまった。
小さく温かな火の玉を指先に灯らせていた。
両親には及ばないが、かなり上達したと自負している。
綺麗な火の玉は指先の動きに合わせて、消えることなく揺らめいた。
「魔法を使えるのか」
背後から投げ掛けられた声にサーシャは驚いて、火の玉を消して振り返る。
教会の敷地の外、策の隙間からこちらを見るローブを纏った男性が一人。
まっすぐにサーシャを射貫く視線を向けてきていた。
その鋭い眼光にサーシャは返事も出来ずに、慌てて逃げた。
視線の届かぬ建物の向こうへ駆け、追って来ないかと息を殺した。
怖かった。
魔法を見られた事よりも、どこか不気味な雰囲気を纏ったあの男性が。
あの男性もきっと魔法を使うのだろう。
母と同じように、体の周囲に魔力のようなものが見えた。
しかし母と違うのは、その魔力が恐ろしかったこと。
母が陽光のような魔力だとすれば、あの男性は先の見えない闇夜のようだった。
今まで魔力の違いを明確に意識したことはなかった。
しかし今回の事で察してしまった。
あの魔力を持つ人には、決して近付くべきではないと。
魔力から感じとれる危険信号を、初めて理解した。
結局、あの男性が教会の中まで追ってくることはなかった。
しかしその日、サーシャは妙な胸騒ぎが治まらず、眠れぬ夜を明かした。
翌日。
ローブを纏った男性が、サーシャを引き取りたいと教会へ申し込んだ。
教会で保護された孤児は、独り立ちするか里親が現れることで教会を出る。
昨日の男性はサーシャの里親になる、と言い出したのだ。
「……違いますよね?」
「うん、違うよ」
一応とばかりに控えめなエステルの確認に、サーシャは大きく頷く。
この男性が養父か、などと万が一にも尋ねられたら、拳が飛んだかもしれない。
「サーシャ、こちらへ来なさい」
朝早くに神官から呼び出されたサーシャ。
言われるがままに教会の前に連れ出され、そして体が固まった。
昨日の男性がそこに迎えに来ていた。
「今日からお前の里親になってくださるそうだ。
ちゃんと挨拶なさい」
怯えて言葉も出ないサーシャに気付いていないのか、神官が背中を押してくる。
しかしそんな状況ではなかった。
環境も居心地も悪くても、この教会はサーシャにとっては安全な場所だった。
最低限の生活を営む基盤として、必要な場所だった。
しかし、目の前の男性が里親を名乗り出た。
教会はそれを認めた。
そうなれば、サーシャはもう教会には戻れない。
そして居場所がこの男性の下になってしまう。
この男性は危険だ。
昨日と変わらない暗く黒い魔力が漂っている。
「ほら、サーシャっ」
「構わない。それより」
サーシャに挨拶を強いる神官に、男性がひと塊の布袋を差し出す。
目の色を変えた神官が恭しく袋を受取った。
じゃりっと音を立てた布袋の中身は恐らく硬貨。
サーシャの身請け金だろう。
表向きは孤児の保護、養育を行う教会への援助。
しかしそれにしてはかなり多い。
その布袋を受取った神官からも、男性と同じ黒いものが見えた。
その瞬間、サーシャの中で神官も恐ろしいものへと変わってしまった。
神官がサーシャの背中を押して、男性の方へと進ませようとする。
それを拒むように力を入れるサーシャに、男性が手を伸ばした。
「さぁ、私のところへおいで」
向かってくる細くやせ細った指が五本、それがとても恐ろしかった。
これに捕まれば終わる、そう感じた。
「ッ、――――、“微風”!」
恐怖から逃げるように、この場を離れたくて魔法を使った。
この恐ろしい場所から自分を遠くに逃がすための風の魔法を。
しかし、その“微風”の魔法はその名に能わず、子どもとは言えサーシャの体を大きく吹き飛ばした。
驚きに声を上げる男性と神官に反して、空中に勢いよく投げ出されたサーシャは冷静に次の事を考えていた。
「――――、“身体強化”」
淀みなく詠唱を口にし、強化した肉体で地上へと着地、その勢いを殺さないように駆けた。
後ろは振り返らない。
おそらくあの男性が追ってきているのは分かっている。
そしてもう教会にも戻れない。
金を受け取った以上、神官もあの男性側だ。
逃げるしかない。
あの男性に見つからないように、どこか遠くへ。
町を取り囲む防壁が近づいてくる。
この先に出入りのための門はない。
「――――、“微風”」
しかしサーシャには関係ない。走りながら唱えた風の魔法で体を真上に跳ね上げ、建物よりも高い防壁を飛び越える。
宙を舞っている間だけ、後ろを確認することが出来る。
こちらを凝視しながら走る男性の血走った目が遠くからでも見えた。
――怖い
あれは子どもを慈しみ、里親になろうとした人の目ではない。
この時のサーシャには考えもつかない程、何か良くない事を企んでいる目だ。
捕まったら何をされるか分からない。
そんな予感だけがサーシャは突き動かす。
町の外に出て、辺りを見渡す。
隠れられそうな場所を探して、右を、左を見る。
見えるのは平原、そして川、さらに向こうに山。
隠れられそうな場所は、左側に見える森。
「――――、“身体強化”」
もう一度、身体能力を向上させて全力で森を目指す。
防壁に阻まれ、男性は今サーシャを見失っている。
このまま森に逃げ込めれば、もう行き先は見つけられないだろう。
男性が町から出てくるよりも前に、森の中へ。
子どもながら計算高く、サーシャは逃げた。
しかし、この時のサーシャはまだ知らなかった。
魔法に長けた者は魔法を使った痕跡を、その魔力の残滓を見つけられることに。
「……森か」
遅れて町から出た男性のやつれた目は、まっすぐサーシャの行先を睨みつける。




