約束の昔話
ウィルとエステルの寝台周囲を徹底的に掃除した次の日。
サーシャは再び、二人の住む廃村へと向かっていた。
昨日受けたあの衝撃はモニカと共有することで軽くなった。
あんなに引き攣った養母の表情を見たのはいつ以来だったか。
呪いの件もあり、モニカはサーシャに「無理しないように」と言うが、サーシャにとってはあのまま彼らを放置するほうが落ち着かない。
少なくとも以前の小屋のような住まいと同等の清潔さを実現しなければ、エステルを村に招くことは難しい。
加えて、魔物除けの罠の設置も必要となる。
森の外とはいえ、魔物が襲って来ないとも限らない。
それに食料の調達も必要か。
彼らが普段どのような食事をとっているのかも確認しないと。
やるべきことを整理しながら歩みを進めれば、いつの間にか廃村が見える距離。
そして昨日と同じようにエステルが出迎えてくれていた。
「……ふふ」
自然と込み上げてくる笑いは温かみを帯びていた。
昨日はあまりの惨状で少し掃除に熱を入れ過ぎて、ろくに会話も出来なかった。
それでもこうやって変わらず、喜び勇んで出迎えてくれることは嬉しい。
昨日の掃除で、寝床まわりは綺麗に出来た。
食事や団欒は空気の綺麗な家の外でもできるので、それほど急ぐこともない。
なら今日は、もう少しゆとりを持って掃除をしよう。
会話を交えて、互いの事もこれからの事も、ゆっくり話していこう。
「サーシャちゃん。
この前の話の続き、聞かせてください」
掃除のゆとりを感じ取ったのか、エステルはサーシャに話をねだる。
手を止めないのは掃除も大切だと理解しているからだろう。
「えっと……、私とモニカの出会いだっけ?」
桶に張った水で布を濯ぎながら、サーシャは記憶を辿る。
一昨日、森から出る道中に少しでもモニカに興味を持ってもらえるように昔話を口にしたが、話し始めてすぐに森から脱したため切り上げた。
「そうです。……お母さんって呼ばないんですか?」
「ん? お母さん?」
サーシャが何気なく口にしたモニカの呼称に、エステルが何気なく疑問を口にし、これまた近くにいたウィルも初耳の話題に反応を示した。
これにはサーシャも苦い表情を見せる。
本当は人前では「お母さん」と呼ばない約束だった。
すでにその呼称を聞いていたエステルの前ではもう気にせず呼んでいたが、それをウィルにも知られてしまうのは少し恥ずかしさを覚えるのと同時に、後でモニカにバレた時に怒られる気がしてならない。
まずい顔を見せたサーシャに、失言だったとエステルも口を押さえる。
気まずい空気が漂う中、サーシャは気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ぁ~……えっとね、本当は人前で呼ばないようにって言われてるの。
だから内緒にしててね」
あまり重く受け取られないよう、いたずらっ子の笑みで小さく舌を出す。
何かを悟ったようにウィルは小さく頷き、掃除へと戻っていた。
それを見送ったエステルは慌ててサーシャへと顔を近づける。
「さ、サーシャちゃん、ごめんなさいっ! 内緒だったんですね」
サーシャとしては軽く流して欲しいくらいの話題だったが、エステルはそうもいかないようで、泣きそうな表情で謝ってくる。
そんな表情で謝られると、サーシャの方にも罪悪感が生まれてしまう。
ズルいと思ってしまうが、赦してもらいたくてやっているわけではないと分かってしまうので赦さないわけにはいかないが、エステルの頑固さも知っている。
「本当に大丈夫だよ。でもお母さんにバレた時は、一緒に怒られてね」
ただ赦すのではなく、ちゃんと償ってもらう方向で提案する。
「は……はいぃ、私が悪いってちゃんと言いますぅ……」
「……大丈夫だよ?」
泣きそうな顔がますます深くなり、体を震わすエステル。
やはりまだモニカへの恐怖は完全には拭えていないようだ。
「ま、約束だもんね。
私の昔話、ちょっとしておこうかな」
モニカへの恐怖を払拭するには、彼女の本性を知るのが一番いい。
厳しくも優しい、あまりにも懐が大きい養母の姿を。
ただ、それを語るには一つ障害がある。
サーシャとモニカの出会いを語るうえで、決して切り離せない存在が。
「じゃあまずは、私とお父さんがどうやって出会ったか。
これから話していこうかな」
孤児だったサーシャを保護し、モニカに引き合わせた存在。
サーシャの養父、ルーウェンの事を話さなければならない。
「あ、でもちょっと待って」
焦らすようで申し訳ない気持ちになりながらも、サーシャは待ったをかける。
「私もエステルちゃんに聞きたいことがあるんだった。
かわりばんこでもいい?」
自分だけ手札を見せるのは少し違う気がするので、先に交換条件を提示する。
答えはなんとなく予想できている。
「いいですよ」
あっさりと条件を飲むエステル。
これまでの会話からも、エステルが一方的な関係を好まないのは分かっていた。
厚意に甘えず、対等であろうとする彼女ならこの条件を飲むことも。
聞かれる内容も分からないままの快諾。
これを無知と取るか信頼と取るか、サーシャは後者だと感じた。
「じゃあ話そっかな」
了承も得たところで、サーシャは過去に思いを馳せる。
もう三百年以上も昔のことで、養父との生活は十年にも満たない。
それでも大切な、充実した日々をちゃんと覚えている。
養父との出会いは偶然だった。
しかしそれがサーシャの命運を分けたと言っていい。
あの日、養父に出会い手を差し伸べられなければ、きっと残酷で短い人生を送ることになっていただろう。
養父との出会いに感謝しながら、サーシャは自分の過去を語り始める。
次回、ようやくルーウェンのお披露目(予定)です




