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後悔の少ない未来を

 掃除一日目、夕方。

 なんとか寝台まわりの清潔だけを確保した三人は家の外に出ていた。


「なんだか悪かったね、いろいろと……」

 掃除を怠った張本人であるウィルが申し訳なさそうに謝罪を口にする。


 それに対して、もともと掃除などを手伝うと言い出した側のサーシャは首を横に振って答える。


「ううん、気にしないで。

 あ、でも健康は気にしてね。あんな所にいたら病気になっちゃうよ」


 ただでさえウィルはもうかなりの老体だ。

 いくら本人の性格上、気にしないとしても体には応えるだろう。


「そうだね、改めるよ。後はこちらでなんとか――」

「続きはまた明日ね。今日はもうご飯食べてゆっくりしてて」


 エステルと二人だけで掃除を再開しようとしていたウィルを、サーシャは先回りをして阻止する。


 すでに陽がだいぶ傾いてきている。

 食事の準備も考えれば、掃除の続きは明日にすべきだ。


 明日サーシャが来てから、今度は寝室全体と家の中の出来るところまで、あるいは家の周りの整備もしたい。


「いや、でもそこまでは……」

「するよ。……ううん、させて」


 あまりのサーシャの献身に、ウィルは固辞しようとするがそれすらも彼女は先回りをして受け付けない。


 これはウィルやエステルへと単なる思いやりだけではない。

 彼らへ協力を求めたい事もあるが、もちろんそれだけでもない。


 これは感謝、そして尊敬の意だ。

 誰にも成し得ないことに粉骨砕身するウィルへの敬意だ。


 今日一日、掃除に精を出しながらもウィルへの警戒、そして観察を続けた。

 彼は決して、サーシャを呪いで奇襲することもせず、彼女が呪いへの接近してしまう可能性がないように立ち回っていた。


 拭き掃除で汚れきった桶の水を呪いがある外へ持ち出す事を買って出た。

 サーシャの視界に呪いが入ってしまう事を徹底して阻止していた。


 ウィルの正体までは掴み切れないが、今日の行動や態度を見る限りでは、彼は決して敵ではないと判断できる。


 なら今は、人族の未来を繋ごうとしているウィルへの敬意を示す。

 頑固な埃の掃除くらい、なんということはない。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 サーシャの想いを受取ったウィルは静かに礼を口にする。

 遠慮するな、と屈託のない笑顔を返すサーシャ。


「ぁ、ぁあ……っ」

 その横で、どういうわけか悲愴な面持ちで何か言いたげなエステル。


 もの寂しげに指を動かしたかと思えば、サーシャの手をぎゅっと掴み上げる。

 突然のことにサーシャは驚きに目を見開いた。


「サーシャちゃん! 私、明日はもっと頑張りますから!」

「う……うん?」


 今日も頑張って掃除をしていたようには見えたが、何か思うところがあるのだろうか、エステルの突然の頑張る宣言に思わず疑問符を上げてしまうサーシャ。


「だ、だから……えっと、その……あっ、明日こそ話を聞かせてください!」

「う~ん? 掃除、頑張るんじゃないの?」

「あッ!?」


 まるで何かから気を逸らさせるかのように支離滅裂に話すエステル。

 そのあまりにも不自然で必死な様子がサーシャには可笑しく見えてしまう。


 次の言葉が見つからずに項垂れるエステルにそっと顔を近づけ、耳打ちをする。

「大丈夫だよ。別にウィルさんを取ったりしないから」


 それを聞いた瞬間、エステルはバっと顔を上げた。

 その顔は驚きと羞恥で真っ赤に染まっている。


「ぁ……、ぇぅ……」

 今にも泣きそうな表情で口をパクパクさせながら、声にならない声を漏らす。


 そんなエステルに悪戯心たっぷりの笑みを送り、くるっと踵を返す。

 雑談に興じてしまったが、そろそろ発たないと日が暮れてしまう。


「じゃあエステルちゃん、おじいちゃん。また明日来るね」

「あぁ、助かるよ」

「ぁ……ぁぁ……」


 手を振って別れの切り出すサーシャに、ウィルは小さく手を上げて応じ、エステルは何か訴えたそうにしながらも言葉に詰まっている。


 少し意地悪が過ぎたかもしれないが、自分には終ぞ縁が無かったこともあり、なかなか近くで関わる機会のない情話には好奇心が抑え切れない。


 下世話かもしれないが、エステルが募らせている思慕の情が少しでも早くウィルに届くように後押ししたい気持ちがある。


(ウィルさん……たぶんそんなに長くないだろうから……)

 エステルはちゃんと気付いているのだろうか。


 人族の平均的な寿命を考えれば、ウィルはいつ臥してもおかしくない。

 いつまでも穏やかに微笑んでくれるわけではないのだ。


(言える時にちゃんと言っておかないと。

 居なくなってからじゃあ、もう絶対に届かなくなっちゃうから)


 ずっと一緒にいられると思っていた。

 いつでも言いたいことが言えると思っていた。


 養父ルーウェンが死ぬことなんて、考えたこともなかった。

 普段からいろんなことを言っていたのに、それでも言い足りないなんて、思ってもみなかった。


 もっと一緒にいたかった。

 もっといろんな話をしたかった。


 それがもう叶わないと分かっていても、今でもルーウェンとの会話を想像したり、養父ならどう考えるだろう、と思いを馳せることがある。


 思ったことは全部伝えていたと思っていたサーシャでさえも悔いた。

 頭を絞り出してでも、もっといろんな言葉を伝えたかった。


(ちゃんと言わないと、お母さんみたいに苦しんじゃうから……)


 まだいろんな感情を伝えきれないままルーウェンと死別した養母モニカの悔恨。

 感情を隠してしまうモニカは、彼に言葉で伝えていないことが山ほどあった。


 察しの良かった養父はモニカの気持ちに気付いていただろうが、ちゃんと直接伝えられなかったことは今でもモニカの心に深い傷として残っている。


 エステルにはそうなって欲しくない。心の準備というわけではないが、遠くない別れに向けて、なるべく後悔しないように行動して欲しい。


「……お母さんと話したくなっちゃったなぁ」

 サーシャは帰路を往く足を少し早める。


 今日あった事を話そう。

 感じたことを共有しよう。


 そう――

「二人がすごい量の埃の中で生活してた事とか……」


 あまりにひどいあの生活環境は、一人で抱え込むには重すぎる。

 早くモニカに話して共感を得たい一心で、養母が待つ村へと急いだ。

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