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思い出の串焼き

 ウィルフレドに保護されてから半年くらいの頃。

 社会勉強と称して、少しのお小遣いを手渡されたエステルは家から閉め出されてしまった。


 保護されてからの半年間、ウィルフレドには様々なことを教えてもらって、彼にはすっかり心を開いていた。

 しかし、ウィルフレド以外の事には警戒心が強かったエステルに、世界を見せようとした彼は少し強引なやり方と取った。


 何度も家を振り返りながら、何とか教えられたとおり町まで辿り着いたものの、これまで森の近く、人のいない場所で生活していたエステルにとっては、異質な場所であった。

 建物が立ち並び、人が行き交う町の中に長く耐えられず、立ち眩みを起こしながら道端に擦り寄りしゃがみ込んでしまった。


 ——帰りたい。

 心の底からそう思い、頭を抱える。


「おい。そんなところにいられたら、商売あがったりなんだが?」

 上から落とされる冷たい声に、エステルは驚きながら暗い顔をあげた。


 そこには露店があった。メニューは串焼きのようだ。

 確かに食べ物の露店の横で体調を悪そうにしていれば、いらぬ風評被害を招きかねない。


「ご、ごめんなさい。すぐに移動します」

 立ち上がろうとして足に力が入らない。


 早く移動しないと、露店の店主に迷惑をかけてしまう。

 焦りを感じながら何度も腰を浮かせようとして失敗するエステル。


 露店の店主は溜息をつきながら串焼きを一本差し出す。

「もう座ってていいから、これでも食って元気出してくれ」


 目の前に出された串焼きは、厚切り肉を木串に刺したもので、彩りも工夫も感じさせないものであった。

 しかしエステルにとっては、焼き立ての串焼きへの興味と同時に、商売の邪魔になっているにも関わらず、体調を崩した自分を気遣ってくれた店主の優しさを強く感じた。


「ありがとうございます。あ、お金……」

 串焼きを受け取ろうとした手を慌てて止め、ウィルフレドからもらった布袋に手を伸ばす。


「いいから。二本目が欲しくなったら、その時は買ってくれ」

 あくまでこの一本は自分からの厚意であると、店主はエステルの支払いは受け入れず、串焼きをエステルに渡した。


 今度こそ串焼きを受け取ったエステルは、まだプツプツと表面を脂が滴る厚切り肉を凝視し、齧り付く。

「……美味しい」

 飾り気はないが、素直な感想だった。


 この半年間、ウィルフレドが作ってくれる料理もすごく美味しかった。

 森から調達されたであろう野草や木の実のはずなのに、ウィルフレドが作ると絶品のサラダやソテー、スープになって出てくる。


 とても優しい味で、荒んでいたエステルの心を癒していった。

 そんな野菜中心だったエステルの食生活に、新しい食材が追加されたのだ。


 お肉、これほど美味しいのか。

 エステルは厚切り肉と感動を噛みしめながら、夢中で串焼きを頬張った。


 その幸せそうな食べっぷりに、露店の店主は思わず頬を掻いた。

 自分の商品に自信を持ってはいたが、大体の客はただ腹を膨らませるために食べ、特に感想もなく立ち去っていく。

 エステルのように美味しいと呟き、その場で夢中で食べる人は今まで居なかった。


「美味いか?」

 さっきの言葉をもう一度聞きたくなって、思わず質問してしまう。


 エステルは顔を上げ何度も頷くと、口いっぱいに頬張っていた肉を飲み込む。

「とても美味しいです」


 先ほどまでの暗さが嘘のように明るい笑顔を見た瞬間、店主に衝撃が走った。

 俺は、今日この日のために串焼き屋を始めたのだ。そうに違いない。


 店主は思わずもう一本、串焼きをエステルに差し出した。

「もう一本、食っていってくれ」


 さっきの笑顔をもう一度見たい。

 この串焼き一本で見られるのなら安いものだ。


「あ、お金……」

 今度こそお金を払おうとするエステルに、なおも受け取りを拒む。


「いやいい。これは俺がしたくてしているだけだ。あんたに、ここで串焼きを食べてもらいたいんだ」

「でも」

「頼む。明日からも働く活力を俺に分けてほしい。あんたがこれを食べてくれれば、俺は明日からも頑張れるんだ」

 店主は強引にエステルの空いた手に串焼きを握らせる。


 両手に串焼きを握ったまま、エステルはしばし呆然としてしまう。

 ―—これは夢なんでしょうか。


 自分がこんなに人に親切にしてもらえる理由が分からない。

 こんな時、どうすればいいんですか。


 ウィルフレドに教えてもらったことを必死に思い返し、そして。

「あ、ありがとうございます」

 出来る限りの笑顔を店主に向けて感謝を述べた。


 胸を撃たれた。そんな衝撃だった。

 店主が受けた衝撃は、エステルと店主のやり取りを見ていた往来にも伝染した。


「店主、おれにも一本くれ」

「こっちもだ」


 エステルが美味しそうに食べている串焼きを求める声が掛かる。

 店主は若干の心残りを感じながらも、焼きに戻った。


 エステルも思いがけないおかわりに齧り付きながら、幸せそうな表情を浮かべ続けた。

 その日、串焼き露店の売上は最高記録を更新した。




 その日を境に、二つの変化があった。

 エステルは意欲的に動くようになり、ティーノは串焼きに工夫をするようになった。


「あんたに少しでも旨い串焼きを食べさせてやりたくてな」

 いつも美味しい美味しいと食べてくれるエステルが、楽しみを失いかけていたティーノの商売に光明をもたらした。


 同じように焼くのではなく、火加減の調整、肉への隠し包丁、味付けの調整など研究を重ねるようになった。

 そして、新しい試みに手応えを感じたときは、こうしてエステルに呼び掛けている。


 ティーノがエステルに声を掛けている時、そしてエステルがこうして笑顔を輝かせながら串焼きを食べている時。

「ティーノ、俺にも串焼きをくれ」

 釣られるように客が集まってくる。


「はいよ、ちょっと待ってな」

 焼きあがった串焼きを満足そうに食べる客を見ると、どんどん活力が漲る。

 この気持ちを思い出させてくれたエステルには今でも感謝している。


「ティーノさん、私もあと四本下さい」

 エステルはお金を払い追加で四本購入し、ベラに貰ったパンと一緒に、今晩の夕飯にすることにした。

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