モニカへの想い
サーシャの一元視点となります。
エステルとウィルを見送ったサーシャは一人、森へと戻っていく。
――うぅ……、大丈夫かな……
その足取りは少し重い。
理由はさっきの出来事にある。
エステルを強引に村に誘った事ことはもちろんだが、その気になれば事前にモニカへ“念話”を送ることもできた。
そうしなかったのは、モニカに止められる可能性と避けられる可能性を排除したかったから。
モニカはエステルと話し合う事には前向きな発言をしていたが、不思議とどこか後ろ向きな態度であるようにサーシャには感じ取れた。
ただ、どうしてそう感じてしまうのか、どこに違和感を覚えてしまうのか、サーシャはうまく自分の中で整理できていない。
人の感情に敏感なサーシャでも、感情を隠すのが上手いモニカの気持ちを読み切ることが出来ない。
オリビアが居てくれれば、モニカが隠している感情も、モニカ自身ですら気付けない感情でも読んで寄り添うのだろうが、悔しいことにサーシャには出来ない。
だから黙ってエステルを村まで連れ帰った。
直接会って、話しさえしてしまえば、状況が進むと思ったから。
そして叱られた。
エステルの気持ちを後回しにしたから。
さっきは許してくれたが、もしかすると仲裁に入ったエステルの顔を立てただけという可能性もある。
それにエステルの気持ちを考えなかったことは許してもらったとしても、事前に連絡を入れなかった事、エステルの前でお母さん呼びしてしまった事など、落ち度は他にもある。
そうすると、村に帰ってからが本当のお叱りという事もあり得る。
――こ、怖いよぉ……
正直、サーシャは企みがモニカに看破されないとは思っていなかった。
看破された上で、状況が好転すれば水に流してもらえることに期待した。
ただ、看破された上で状況が一旦保留になるとは思わなかった。
せめてエステルとの対話には漕ぎ着けると考えていたのに。
胃痛を覚えそうな程の気重なまま、とうとう村が見えてくる。
これほど村に戻りづらいと感じることは今までなかった。
――あ
重くとも止まらなかったサーシャの足が止まる。
村の入口でモニカが待っている。
その顔つきは少し険しく見えた。
――やっぱり怒ってるのかな……
後悔しても遅いことは理解している。
モニカのためと言いつつ、自分の都合が一切含まれていないとは言えない。
エステルとの交流はサーシャの目的にも必要なことだ。
サーシャを視認したモニカが珍しく足早に駆け寄ってくる。
釣られるようにサーシャも駆け寄る。
こうなっては、とにかく謝るしかない。
正直に謝意を伝えて、許してもらうしか。
「お母さん、さっきは本当にごめ――」
「サーシャ!」
モニカの近くで減速したサーシャに対して、モニカは最後まで足を緩めなかった。勢いのまま腕を広げ、正面からサーシャを抱き締める。
突然のことにサーシャは言葉が出ず、ただモニカの腕の中に収まった
こんな風に抱き締められたのは、一体いつ以来だろうか。
サーシャから抱き着き、応じるように包まれる事はあっても、モニカの方から抱き締めてくれる事なんてほとんどない。
サーシャを抱き締めるモニカの腕が少しだけ震えているのを感じる。
同時に、モニカの呼吸も少し落ち着かないように浅く速い。
普段は読み切れないモニカの感情が今だけは伝わってくる。
これは、感情の発露。
――不安……心配……?
心配はおそらくサーシャに向けられたものだ。
さきほどのモニカの声からも、怒声ではなく涙声に近いものを感じた。
ただ、なぜそれが向けられているのかは分からない。
サーシャが森で一人になる事は珍しい事ではないはずなのに。
――それに……不安?
モニカは何かを危惧している?
それは何に対して?
エステルか、それともウィルか。
ただ、今はその答えを急ぐことは出来ない。
サーシャを呼んで以降、言葉を発さないモニカから回答は得られないだろう。
小さな震えが感じ取れてしまうほど感情を隠せていない大切な母が何に対して不安を覚えているのかは、もう少し落ち着いてから確認する。
今はただ、辛そうにしているモニカに寄り添う。
謝るよりも、話を聞くよりも、そうすることが先だと思った。
「お母さん」
サーシャはモニカの背中へと腕を回し、落ち着かせるようにポンポンと叩く。
反応は声ではなく、行動で戻ってくる。
抱き締める力が少し強くなった。
少しだけ苦しくはあるが、不快ではない。
むしろちょっと嬉しいくらいだ。
「私は大丈夫だよ」
「っ……」
耳元で息を呑む音が聞こえる。
やはりモニカの不安はそういう事なのか。
モニカが何を恐れていても、サーシャの気持ちは変わらない。
ずっと昔から、ずっと変わらない。
(お母さんを悲しませるものは全部、私が排除する)
幼い自分を受け入れてくれた、七歳しか離れていない養母。
彼女に受けた恩と愛情に報いたいと立てた誓いは、決して揺らぐことはない。




