ちゃんと話を聞いて
いつもより長くなってしまいました
エステルの一元視点となります
ウィルと逸れたところを勇者一行の軽戦士サーシャに保護されたエステルは、サーシャの誘いで彼女の村へと向かう事となった。
鬱蒼としていた森に次第に明るくなり、人為的に手が入れられたように木や草が刈り取られた場所が増え、そして開けた場所へと出る。
そこは小さな村だった。
古い小さな家が点々と建ち、後は教会と畑くらいしか見当たらない。
その数ある畑の一つの脇に、一人分の人影がある。
倒木に腰掛け、何かを口に運んでいる。
背中しか見えなくとも、エステルには誰だか分かってしまう。
――神官、モニカ……
認識した途端に、喉がひりつくように渇く。
背筋は冷たく、しかし頬には汗が伝う。
――怖い……っ
すぐにでも逃げ出したい、そんな欲求を押し込めるようにサーシャの手を握る。
ウィルから聞いた、モニカの気遣い。
それが本当なら彼女は決して暴力的でも残酷でもない。
その仲間であるサーシャも、エステルに対して丁寧で気さくに接してくれる。
敵ではない、と安心させようとする心遣いを短時間で何度も感じた。
その彼女が、モニカを優しいと称した。
モニカと話して欲しいと願った。
モニカに対して恐怖を抱いているエステルに敢えてそう願うなら、きっとそれがエステルにとってもモニカにとっても必要だと判断したのだろう。
――でも……やっぱり怖いッ!
幸いまだ距離はあるので、近づくまでにはどうにか心の準備を――
「お母さーん!」
エステルの手を握ったまま、サーシャが大声を上げながら駆け出す。
――ええッ!?
手を握られたままではエステルも駆け出すしかない。
心の準備も整わないまま、モニカとの距離が一気に縮まる。
止まったはず涙がまた溢れ出しそうになった。
「エステルちゃん見つけたよ!」
「……え?」
元気の良いサーシャの言葉に振り返ったモニカは、エステルが見たこともない驚き顔をしていた。
今までは表情が乏しく、眼差しも冷たく射貫くような無機質な印象だったが、驚きに目を見開いた様子は人らしさを感じさせる。
(この人も、こんな顔するんだ……)
不意打ちにも歪まなかったモニカの変化に、エステルが少し安心してしまう。
「こ……こんにちはぁ……」
驚きに言葉を失ったまま冷たくない視線を向けてくるモニカに最低限の挨拶をするエステル。
「こ、こんにちは……」
驚き顔のまま、なんとか挨拶を返すモニカだった。
「って、ことがあったの!」
「はぁ~……」
森でエステルを保護したサーシャが経緯を説明すると、モニカは倒木に腰を掛けたまま、額に手を当てて溜息を吐いた。
力の差は歴然だったとはいえ、かつての敵と突然再会したのだから、その反応も無理はない。
ウィルと逸れて泣いていた事を伏せてくれた事には感謝しているが、おそらくは非常に困っている様子のモニカに同調してしまうエステル。
先程の驚き顔でモニカに対する恐怖心が若干和らいだものの、それでも記憶に違わぬ難しい表情を浮かべるモニカに、冷たい汗がエステルの頬を伝う。
ちらりと手の隙間から鋭い眼光がエステルを貫くたびに、命を狩り取られるような錯覚を覚えてしまうのは、初対面での彼女の姿が焼き付いているからだろう。
それでも、二度の戦いのいずれもモニカはエステルに致命傷を負わせず、さらにエステルの生活のために町での説明に配慮してくれた事実がある。
戦いで植え付けられた『怖い』という認識がどうしても先行するが、彼女がしてくれた事実とサーシャの言葉を信じて、エステルは逃げの選択肢を捨てる。
「それで、これからどうするの?」
「えっと……とりあえずおじいちゃんを森の外には迎えに行くつもり……だけど」
少し怒った様子のモニカにたじろぐサーシャ。
さすがに性急過ぎたことに気付いたのだろう。
ひとしきり考え込んだモニカはゆっくりと顔を上げる。
そこには冷たい眼差しと、薄らとした笑みを浮かんでいた。
「……わざと?」
モニカは試すような視線とともにサーシャに問いかける。
気まずそうに口を尖らせ、そっぽを向くサーシャ。
まるでイタズラを見破られた子どものような態度だ。
「二人を合流させるなら、その子を森の外に連れていけばいいだけでしょう」
「あ……」
モニカの指摘に、エステルも思わず声を漏らした。
サーシャの勢いに飲まれ、ウィルが村に来る必要の無さに気付かなかった。
「だってぇ……」
「だって、じゃない」
観念したサーシャが情けない声で弁明を始めようするが、一切の言い訳も許さない、とモニカはぴしゃりと撥ね除ける。
モニカの静かな、しかし明確な叱責の態度に、サーシャは口を噤む。
弁明を続けようとしないのは、自らの落ち度を理解しているからだろう。
そんなサーシャの反省の意を酌んだのか、モニカもそれ以上は詰めなかった。
俯き、ぐっと涙を堪えるように震えるサーシャの頭に手を乗せる。
「サーシャの気持ちは分かるけど、それをちゃんと説明した?」
エステルが知らない優しい声で、サーシャを諭すモニカ。
「……お母さんと話して欲しいって、お願いはしたよ……」
「でも、ちゃんと時間を与えてないでしょう」
ちらりとエステルの様子を窺うモニカ。
その目は何もかもお見通しのようだ。
モニカとの会話を、確かにエステルも望んでいた。
しかし、心の準備が整っているかと言われれば、それは否だった。
エステルがモニカに抱いている恐怖心、それをモニカは理解し、理解していながら強引に連れてきてしまったサーシャを叱ったのだ。
「……ごめんなさい」
「謝る相手が違うでしょう」
諭されたサーシャはゆっくりとエステルの方へと振り返る。
さっきまでの元気が嘘のように消沈したしょんぼり顔になっていた。
「エステルちゃん、ごめんなさい」
「ぁ……いえ」
そのあまりにも可哀想な様子に、エステルも思わず腰が引ける。
凄くいたたまれない気持ちになってしまう。
少し強引な部分はあっても、サーシャに悪意はない。
純粋にエステルとモニカの間を取り持とうとして急いてしまっただけだ。
それを理解しているからこそ、モニカもサーシャを激しく責めたりしない。
厳しかった表情もすでに緩み、今は穏やかだ。
――怖い、けど……
いま勇気を振り絞らなければならない。
モニカがサーシャを叱ったのは、エステルをこの村に連れてきたからだ。
多少強引であったものの、サーシャは善意で動き、エステルは助けられた。
それを、サーシャに非があった事で終わらせたくない。
終わらせてはいけないと奮い立つ。
エステルがきちんと制止を呼びかけていれば、サーシャもきっと待ってくれた。
自分のあやふやな態度で、手を差し伸べてくれたサーシャを傷つけたくない。
かつてのモニカはとても怖かった。
思い込みもあり、話が通じる相手とは思っていなかった。
しかし今のモニカなら、話を聞いてくれる気がする。
腹を括り、エステルが一歩前に出る。
「ち、違うんですっ」
謝罪のために頭を下げたサーシャを優しく包むように抱きしめる。
「サーシャちゃんは、私を助けてくれただけなんです。
私が……私が皆さんと、ちゃんと話がしたいって言ったから……」
サーシャは言っていた。
『モニカにも正直に気持ちを伝えて』と。
サーシャと同様、モニカには嘘も誤魔化しも通じないのだろう。
なら、もう本心をぶつけるしかない。
「たしかに私は……まだあなたが……モニカ、さんが怖いです……。
でも、ちゃんと……お礼がしたいから……」
また町に戻れるように取り計らってくれた事。
ウィルに嘘を明かす機会をくれた事。
ウィルは初めからエステルが魔族であると気付いていたが、偽り続けてきた正体を自分から明かすことで、前よりもいろんなことを話せるようになった。
もし町でモニカたちに出会わなければ、エステルが正体を打ち明けるのはずっと先のこと、もしかすると訪れることのない未来だったかもしれない。
モニカが直接、間を取り持ったわけではないが、それは関係ない。
エステルによって胸のつっかえだったウィルへの嘘を明かせたのだから。
「だ、だから……サーシャちゃんを怒らないでください」
そして、モニカたちに感謝を伝える機会をつくろうとしてくれたサーシャが叱られる理由はないと、モニカの勘違いを正す。
モニカの視線がまっすぐにエステルを射貫く。
冷たさはないが、どこまでも見通されるような深い瞳がエステルを委縮させる。
目を逸らしたくても逸らすことが出来ない。
モニカの審判を、固唾を飲んで待つしかない。
やがてモニカは立ち上がると、エステルに抱かれたサーシャの頭を撫でる。
「……サーシャ、ごめんね」
その口から発せられたのは謝罪の言葉。
エステルの言葉を受け入れ、サーシャへの叱責を取り下げる意思。
それを聞いたサーシャがエステルの腕の中で少しの抵抗を見せ、エステルがサーシャを解放した瞬間、モニカの方へと飛び込む。
「ち、違うよ! お母さんは間違ってないよ!
エステルちゃんを待たなかったのは本当だもん!」
サーシャにとっては謝られる理由はなかったのだろう。
早口でまくし立てるようにモニカを止めに掛かる。
「私もエステルに事情を聞かなかったのは事実だから」
本来であれば当事者であるエステルにも話を聞くのが筋だったと、モニカは自らの過ちを認める。
「う、ううぅ……」
反論する元気もないのか、サーシャは情けない声を漏らしながらモニカの胸に顔を埋めた。
さながら実の親子のようにサーシャの頭を撫でてやりながら、モニカの視線はエステルの方へと向き、小さく会釈をした。
「悪かったわね、変なところを見せて」
自嘲気味に小さな笑みを浮かべ、小さな騒動に巻き込んだ詫びをする。
「いえ、そんな……」
向けられたモニカの笑みに動揺するエステル。
今まで『怖い』印象しかなかったモニカのいろんな面を知った。
情報量が多すぎて、気持ちの整理が追いつかなくなってきている。
「それで、キミはどうしたい?
話をする? それとも今日は帰る?」
続くモニカの提案に、エステルは少し気が遠くなりそうになる。
――正直、ちょっと疲れました……
そして思い出されるサーシャの言葉。
もう素直になるしかない。
「今日は帰ります。でも、また来てもいいですか?」
「構わないよ」
エステルの求めに、モニカは穏やかなまま応じる。
その返事にエステルはようやく心の底からの笑顔を浮かべられた。




