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仲直りのために

 エステルの手を引きながら村へと引き返していくサーシャ。

 村までそう遠くはないが、無言のまま歩くのは少し気が引ける。


 理由は単純。

 エステルから感じ取れる感情がずっしりと重い。


 エステルにとってサーシャは、おそらく恐怖の対象になっているモニカの仲間。

 こちらに敵意がないとも、恐怖や不安を感じずにはいられないのだろう。


「怖がらせちゃってごめんね」

 足を止めず、振り返りもせずにボソリとサーシャは軽く謝る。


 もう少し会話をして、落ち着いてから村に誘ってもよかった。

 そうしなかったことを少し反省している。


「い、いえッ……そんな……」

 対するエステルは驚き、慌てて否定する。


 仮にも困っていたところを助けてくれた相手に恐怖の感情を抱いているなど、いま握っている手を振り払われてもおかしくない非礼だ。


 今エステルがウィルと合流する最短の方法はサーシャが握っている。

 その彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。


(たぶん、そんな風に思ってるんだろうなぁ……)

 エステルが抱く心境を大体察してしまうサーシャ。


 サーシャはかつて様々な奇異の目や悪意に晒された結果、自分に向けられる視線から感情を読み取ることが出来るようになってしまった。


 いまエステルから向けられている視線、そして繋いでいる手の具合から十分すぎるほど感情の情報は伝わってくる。


 たしかにエステルから感じる視線は好意的なものではない。

 敵意はないが、できれば関わりたくないという感情がひしひしと伝わってくる。


 今こうして同行しているのも、ウィルと合流するために必要な手段だからだ。

 そうでなければ、すぐにでもここを離れたいとすら思っている。


 しかし、サーシャはその感情に嫌悪を抱かない。

 むしろ当然のことだと納得している。


 自分だって不安な時にかつての敵が突然、厚意を示してくれば何か裏があるんじゃないかと疑い、逃げるか戦うかを考える。


「誤魔化さなくて大丈夫だよ、エステルちゃん。

 別に怒ったりしないから」


 だから、サーシャはエステルの感情を理由にこの手を放したりはしない。

 一度足を止めて、ちゃんとエステルに向き合う。


 エステルの感情は間違っていない、自分は敵じゃないと分かってもらうために。

 両手でエステルの手を握り、にっこりと笑いかける。


 屈託のないサーシャの笑顔に、始めは驚いたように目を見開いたエステルが少しずつ表情を崩しながら、次第に表情を曇らせていく。


 唇を強く結び、サーシャの目から視線を逸らす。

 彼女に握られた手が、小さく震えている。


「……ごめん、なさい、嘘を吐きました。

 正直まだ、怖いです……」


 そして掠れるような震えた声でどうにか絞り出した謝罪と本心。

 エステルは自分の感情を隠しきれないと悟り、正直に打ち明ける。


 エステルの謝罪に、サーシャは少し気を引き締めるように笑顔を抑える。

 謝罪の言葉を前に、ただ明るい笑顔のままではいられない。


「うん」

 それでもしっかりとその言葉を受け入れるように、声と共に頷くサーシャ。


「で、でも……ウィル様から……皆さんが、私がまた町に戻れるように取り計らってくれたって……私を案じてくれたって聞きました」


 意識的な深呼吸としてから、エステルは顔を上げてサーシャを向き合う。

 その顔にはまだ少し不安と怯えが残るが、明確な決意が見える。


 サーシャに嘘や誤魔化しが通用せず、エステルの本心を看破してくるのなら、いっその事、いま胸に抱いている気持ちを打ち明けてしまおう、と。


 サーシャなら自分の思いをちゃんと受け止めてくれる。

 まっすぐ向き合って、エステルはそう感じた。


「たぶん何か目的はあるんだろうなぁ、って思いましたけど……。

 それでも嬉しかったんです。

 私が敵だって分かっていたのに、そんな私に良くしてくれたことが。

 だからちゃんと、皆さんにお礼がしたいって……そう思っているんですが……」


 エステルが魔王だと分かった上で、モニカはエステルに手心を加えた。

 正確には目的が発生したのはその後だが、それは大した問題ではない。


 重要なのはモニカの気遣いをエステルが曲解せずに、まっすぐに厚意として受け取ってくれたこと。


 気遣いをちゃんと受け取ってくれるのなら、少なくともエステルにはこちらに歩み寄る意思がある。


「で、でも……ごめんなさい……。

 どうしてもまだ……体が震えてしまって……」


 サーシャがモニカの仲間だと思い出し、モニカに植え付けられた恐怖からどうしても逃れられないのだろう。


 それでもエステルからは前向きな意思を感じる。

 時間は掛かるかもしれないが、関係を良くしたいと。


 奇しくもモニカと同じ事を考えていたエステルに、サーシャは可笑しくなった。

 互いに過去の関係が尾を引いて、二の足を踏んでしまっているだけなのだ。


 それなら、後は誰かが背中を押してやればいい。

 幸いにも両者の思いを知ったサーシャがここにいる。


「そっか」

 相槌と共に、サーシャは握ったエステルの手を握り直す。


 一度掴んだ手は絶対に放さない。

 もう二度と、前のような敵対関係に戻ったりはしない、と。


「じゃあ、ゆっくり慣れていこ。

 ちょっとずつでいいから、お互いにいろんな事を話して、知っていこ!」

「は、はいっ」


 元気よくこれからの提案をするサーシャの勢いに飲まれるように、エステルは少し困ったような、しかしどこか期待と嬉しさを浮かべた表情で返事をする。


 きっとエステルもこうなることを期待していたに違いない。

 サーシャは確信とともに、再び足を進め出す。


 さっきまで少し重かったエステルの足取りも軽く感じる。

 これならモニカが待っている村までもうすぐだ。


「私にしたみたいに、モニカにも正直に気持ちを伝えてみて。

 モニカは厳しいことも言うけど、根は本当に優しいから」


 話すことさえできれば、エステルもきっとモニカの本質に気付く。

 そうすればすぐに仲良くなれるはずだ。


「が、ががが頑張ります……」

「……汗すごいよ、大丈夫?」

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