サーシャの差し伸べる手
森でエステルと再会したサーシャ。
彼女が泣いている理由を聞き、頭を抱えそうになる。
本人にとってはおそらく大事件なのだろう。
それを茶化すことはもちろんできない。
ただ、見た目だけなら自分より年上のエステルが、保護者のようなウィルと逸れたことが原因で泣きじゃくっている事にはなんとも言い難い。
仮にも魔王として攻めてきた者の現状がこれではどうにも締まらない。
優しい性格になっているのは分かっているが、これでは甘えたれではないか。
とはいえ、このままという訳にはいかない。
少なくとも、ウィルが魔物のいる森で一人になっているのは事実だ。
「“念話”」
魔法を阻害する森の中で届くか分からないが、駄目元で呼びかけてみる。
『おじいちゃん、聞こえる? ウィルさーん』
以前、別れ際に渡した紙を頼りにウィルへ“念話”を試みる。
“念話”の行使に気付いたのか、立ち上がったサーシャを見上げるエステルは、その手があったか、とでも言いたげに表情を見せる。
『――えるよ、き――前の―だね』
返答はすぐにあった。かなり乱されているが、確かにウィルの言葉が届く。
ウィルもサーシャのことを認識したようだ。
サーシャの言葉がどれだけ届くか分からないが、続けて伝える。
『エステルちゃんはこっちで保護したよ。おじいちゃんは安全?』
『よ――た。―――はだいじょ―――よ』
断片的な言葉と穏やかそうな調子から、ウィルに危険はないと判断する。
“念話”に集中していたが、心配そうなエステルにも頷きで教える。
ホッとしているエステル。
逸れた不安もあっただろうが、ウィルのことも心配だったのだろう。
(やっぱり優しい子なんだね)
『――テルは―さしい子な――よ』
『…………うん』
ふと感じて頭に思い浮かべてしまった事が、そのままウィルに伝わってしまう。
悪口ではなかったが、どうにも気まずい気分になる。
やはり“念話”中に別のことを考えると、相手に筒抜けになってしまう。
改めて、声で相手とやり取りのできる念話機の偉大さを思い知る。
『えっと……この森は危ないから一旦森から出てて。後で迎えに行くよ』
『わか――。―ステ――ことをたの――』
“念話”は乱れているが、意思疎通は取れた。
ウィルの無事も確認できたので、ひとまずはこれで安心できるだろう。
直接合流することも考えたが、森の中ではうまく位置を探れない。
一旦は互いに森から出て安全確保を最優先にした。
「おじいちゃんは大丈夫……なんだけど……」
頷きだけでなく、言葉にしてウィルの状況を伝えるが、サーシャは言い淀む。
顔を見て、なんとなくエステルの考えが汲み取れてしまう。
分かってしまうからこそ、肩を落としそうになる。
「……私の事、憶えてるかな?」
「ぇ、あ……えっと……」
言い淀むエステルに、疑念が確信に変わる。
(私……憶えられてない!)
まったく記憶にないのか、それとも印象に残っていないだけなのか。
少なくともモニカの事は、顔を見ただけで逃げ出すほど焼き付いているのに。
確かに前に会った時は武装もしており、前に出ていたのは常にモニカだったためサーシャの印象が薄く、今の姿と繋がりにくいのは理解できる。
「私はサーシャ。エステルちゃんとは前に何度か戦って……はないんだけど」
ここは大人しく、まだ直接はしていない自己紹介から始める。
そこでようやくエステルがハッとしたように目を見開き、口元に手を寄せる。
戦ったという言葉から、サーシャの存在に行きついたようだ。
「あっ、あの神官の格好をした勇者と一緒にいた……」
しかし、どうにも記憶が混乱している様子で慌て始めた。
なぜモニカを勇者と勘違いしているのだろう。
常にモニカが前に出て、エステルと直接戦ったからだろうか。
「えっとね、神官の格好してるのはモニカで、モニカは勇者じゃないんだよ。
確かにオリビアよりも前に出て戦いたがるけど……」
まずは勘違いを正す。
変な誤解をしたままでは、今後に影響を及ぼしかねない。
「あの人、勇者じゃ……ないんですか?」
「うん、勇者はオリビアの方だね。鎧着てるほう」
魔族にとって勇者は天敵のような存在だが、魔王として戦ったエステルにとってはモニカの存在が何よりも圧倒的で天敵に思えたのだろう。
再会した時にモニカを前にしてビクビクと震えるくらいには恐怖を刻み込まれているのだろうが、一体何がそれ程の恐怖だったのか、サーシャには分からない。
それよりも、いつまでも悠長に話していられるほど、この森は安全ではない。
エステルとモニカの確執はあるかもしれないが、村に移動した方が良い。
「とりあえずエステルちゃん。
森は魔物もいて危ないから、私たちの村に一度来て。
おじいちゃんのことは後で私が迎えに行くから」
座り込んだままのエステルに笑顔を向けながら手を差し伸べる。
モニカの仲間だと思い出されたことで警戒されるとも思ったが――
「あ、ありがとうございます……」
控えめな様子ではあるが、おずおずと手を取るエステル。
掴まれた手は少し震えているが、しっかりと握り返されている。
罠を勘繰られるようなこともなく、ただ素直に手を取ってくれた。
その事実が、サーシャにとっては嬉しかった。
――ちゃんと分かり合えるんだ
話す機会さえ、話す場さえ整えば、ちゃんと会話ができる。
北の山脈に居たあの魔族とも、いつかきっと話し合える。
かつて敵対した間柄であろうと関係ない。
ちゃんと会話ができるなら、争うよりも手を取りたい。
握り返された手をゆっくりと引き、エステルを立ち上がらせる。
話の続きは村に向かいながらしよう。
「さっ、行こ!」
「は、はい!」
エステルの手を引き、サーシャは村の方へと歩き出す。
諦めかけていた未来に一歩ずつ足を踏み出すために。




