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”身体強化”の魔法

 訓練場。

 教導騎士オリヴァーに連れられ、第二王子エイドリアンは足を踏み入れる。


 すでに騎士たちの自己研鑽は始まっており、現れた二人の姿に驚きの視線が向けられるが、昨日の出来事からすぐに事態を把握した。


「「「おはようございます!」」」

 訓練の手を止め、その場から教導騎士へ挨拶をする騎士たち。


「おはよう」

 オリヴァーもさわやかに返す。


「みんなはそのまま訓練を続けて欲しい。私はしばらく殿下のお相手をする」

「「「はっ!」」」


 昨日に引き続き騎士たちを見てやりたい気持ちをぐっと堪えるオリヴァー。

 さすがに第二王子を差し置いて、それは出来ない。


「……それで、これから何を始めるのだ?」

 散り散りになって訓練を再開する騎士たちを横目に、第二王子は不貞腐れた様にオリヴァーへ問いかける。


 連れてきたものの、今のエイドリアンは鎧を着ていない。

 かと言って騎士用の予備の鎧を着てくれるかどうか。


 普段のエイドリアンは独自に用意した凝った意匠の鎧を着ている。

 訓練のためとはいえ、今日だけはそれを受け入れてくれるか


「分かった、用意してくれ」

 その懸念をそれとなく伝えると、第二王子はすんなりを受け入れた。


「いいんですか?」

「訓練のためだ、仕方がない」

「酔いは醒めたのですね」

「うるさい」


 口はともかく、訓練に前向きな第二王子にオリヴァーも少し嬉しくなる。

 鍛錬に励む者には手を差し伸べるのが教導騎士の役目である。




 訓練場の備品倉庫から持ち出した騎士用の鎧に身を包んだエイドリアン。

 彼の普段の鎧から考えれば、無駄な装飾は少なく、無機質感が強い。


 具合を確かめるように、手を握ったり肩を回すエイドリアン。

 最後に兜の被り心地に若干しかめっ面を見せる。


「……武骨だな」

「予備の物ですからね」


 本来であれば体に接する部分は個人に合わせて微調整するのだが、おそらく今日しか着ることのないエイドリアンに合わせる理由はない。


 ある程度布を巻いて調整しているので、着心地の悪さが原因で怪我をするようなことにはならないだろう。


 とはいえ、さすがに全力でぶつかることは避けるべきか。

 そうなると今日の課題は――


「殿下、“身体強化”の魔法は使えますね」

「使えるが、訓練にも使用するのか?」


 オリヴァーの確認に、エイドリアンは肯定と質問を返す。

 それに対して、オリヴァーは大きめに頷いて見せた。


「もちろんです。

 むしろ“身体強化”を維持する訓練とでも思ってください」


 オリヴァーは今日の課題を、魔物や魔族との戦いに欠かせない魔法“身体強化”の訓練とする事とその理由を説明する。


 まず魔族は魔力が多く、魔法による攻撃を主体とする印象を受けるが、身体能力においても人族を大きく上回り、そちらを主力とする魔族も存在している。


 そういった魔族を前にしては、人族の肉体や鎧では防御力がまるで不足する。

 もしまともに受けたなら、容易く腹に風穴が開いてしまうだろう。


「それを“身体強化”で補うわけか」

「いえ、違います」


 エイドリアンの考察を、オリヴァーはバッサリと否定する。

 容赦のないダメ出しに不満を隠せない第二王子。


「魔族を相手に真正面からぶつかろうとしないで下さい。

 人族の“身体強化”程度では、魔族の身体能力に到底及びません」


 言うなれば、赤ん坊が大人を倒そうとしているようなもの。

 少し身体能力が上がっただけでそれが成せるはずもない。


「では何のために使うというのだ?」

「避けるためです」


 身体能力を向上させる魔法は、格上の相手に力比べで競うためのものではない。

 致命傷を避け、攻撃の機会を見つける時間を稼ぐために使用する。


 少し強くなっただけの腕力で、真っ向から魔族を打ち倒せはしない。

 魔族との戦いで狙うのは常に急所狙い、それ以外では有効打にもならない。


「なので、できるだけ長く持続させて下さい。

 あと、体の動きの違いにも慣れておいて下さい」


 日常における身体能力と、“身体強化”の魔法を行使した身体能力では、当然ながら動きに大きな差が生まれる。


 腕力はもちろん、走力も持久力にも違いが出る。

 しかしその動きの違いを知覚する意識には効果が作用しない。


 “身体強化”の有無で、体捌きと意識にズレが生じてはいけない。

 それは決定的な隙になり、致命傷へと繋がる。


「常に“身体強化”を持続させ続ける、ということか?」

「それができれば良いのですが、厄介なことに魔族は“魔法解除”も使います」


 持続性のある魔法の効果を掻き消す魔法“魔法解除”。

 当然、“身体強化”の魔法も例外なく対象となる。


「“身体強化”を使って動いている時に“魔法解除”、なんてこともあります。

 慣れていないと、体の動きと意識が確実にズレますよ」


 例えば身に着けた鎧が急に重くなるように、肉体への負荷が急激に変化すれば、その変化に意識が追いつかず、感覚が狂う。


「“身体強化”が掛かっている時の体の状態、効果が切れたときの体の状態、それぞれの状態が目まぐるしく切り替わったとしても、体勢が崩れてはいけません」


 ただでさえ魔族との戦いは死闘である。

 体勢が崩れる事は、背中を見せるに等しい行為と言える。


 その隙を生まないためには、どちらの状態にも慣れ、瞬時に意識を切り替えられるように訓練を重ねるしかない。


「訓練中は何度も“身体強化”を使って下さい。

 戦いながらでも使えるのが理想です」


 かつて賢者によって考案された“身体強化”の魔法詠唱はそう長くないものの、慣れないうちはちゃんと集中しなければ失敗もする。


 失敗しても暴発しない事が賢者の魔法詠唱の良いところではあるが、使おうとした魔法に相応する魔力は消費、つまり無駄になってしまう。


「何度も“身体強化”をかけ直したとして、少なくとも二時間、できれば半日は持続して戦い続けられることが理想です」


 肉弾戦を挑んでくる魔族が相手なら、本当は一日でも足りない。

 それこそ魔族の急所を貫き、戦闘不能に追い込むまで持続しなければならない。


「二時間……」

 目標とすべき持続時間は、エイドリアンにとってはなかなかに高い壁であった。


 現状、エイドリアンが“身体強化”を使用としたとして、ただ維持するだけでも二時間は持たず、運動を加えればその時間は更に短くなる。


 加えて、何度も魔法をかけ直そうとするなら更に多くの魔力が必要となる。

 自前の魔力だけでは、半日も戦い続ける事は不可能だ。


 とすれば、魔物の素材から精製される魔結晶を魔力の代用とするしかないが、その案にオリヴァーは首を横に振った。


「魔結晶は荷物になりますし、お金が掛かり過ぎます。魔法は使い続ければ少しずつ効率も上がるので、訓練時以外でも使って慣れた方が良いですよ」


 魔族の領域までの遠征に、多くの荷物は邪魔になる。魔結晶はいざという時の切り札であり、使用する前提で持ち込めばいくらあっても足りない。


 なにより――

「“身体強化”にはしっかり慣れていないと、痛い目を見かねませんので」


 そう語る教導騎士の声は少し暗い。

 どこか嫌な思い出を呼び起こしてしまったように、重々しい雰囲気を纏う。


「実体験か?」

 そんな雰囲気もお構いなしに、ずけずけと問うエイドリアン。


 物怖じしないのは時に良くもあり、悪くもある。

 教導騎士の失敗談と思い、安易に問うたものの、その返答は予想を超える。


「……そうですね。“身体強化”で人が死ぬのを見ました」

 オリヴァーの答えに、エイドリアンは一瞬言葉を失う。


 強化魔法、補助魔法などと言われる身体能力を強化する魔法“身体強化”。

 使いようによっては“身体強化”で強化した肉体で人を死に追いやれるだろう。


 しかし教導騎士の話とは違う。

 おそらく“身体強化”によって人が死んだのだ。


 薬もすぎれば毒となるように、強化を高めすぎると死んでしまうのか。

 あるいは強化した身体能力を操りきれずに自滅するのか。


「なので殿下、“身体強化”は必要ですが、慣れるための訓練も欠かせません!」

 気持ちを切り替えるように、努めて元気に声を張り上げるオリヴァー。


「お、おぉ……善処しよう」

 その雰囲気の変化にはエイドリアンも面食らいながらも返事を返すが――


「殿下、善処ではありません!

 出来るようにならなければ死にますよ!

 一瞬の隙が致命傷に繋がるのです!

 出来るようになって下さい!」

「わ、分かった!」


 気持ちを切り替えた勢いで止まらないオリヴァーのダメ出しに、たじたじになりながら勢いに飲まれていくエイドリアンは、ついに声を張り上げて返事をした。

次回、視点を村の方へと移します

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