エイドリアン、やらかす
翌日。
早朝に教導騎士オリヴァーは登城した。
「近衛騎士団長からご提案いただいた内容で、第二王子殿下の指南に当たります」
「確認した。第三騎士団はこちらで預かる」
近衛騎士団長の執務室で、昨日モニカとも話し合った結果を伝える。
傍に副官がいる手前、上官と部下の体裁を保ちながら。
とはいえ、エイドリアンや第三騎士団が今日も動くとは限らない。
むしろ今日は何も行動しない可能性の方が高い。
合格の基準について近衛騎士団長と話し合うと言ってから、まだ一日。
昨日の今日で決まるとは思っていないだろう。
そんな風に少し油断していた。
その時までは――
「ジェラルド近衛騎士団長、居るか!」
ノックも無しにけたたましい音を立てて扉を開け放つエイドリアン。
「「「ッ!?」」」
あまりに突然のことで、オリヴァー、ジェラルド、副官は揃って息を呑む。
「教導騎士も居るな……」
スっと目を細め、オリヴァーを見ながら執務室内へと足を踏み入れた。
「殿下、突然どうされたのですか」
内心の驚きをどうにか隠し、近衛騎士団長は要件を確認する。
礼儀のない第二王子の行動については今に始まったことではない。
昨日が妙に落ち着き払っていただけなのだろう。
「いや、こちらが急いでいると伝えたのだ。
よもや教導騎士が貴殿との話し合いを後回しにしてはいないかと思ってね」
ちらちらとオリヴァーに視線を送りながら机の前、オリヴァーの横に立つ。
少し漂ってくる酒気の香りが、オリヴァーの鼻をくすぐる。
「殿下こそ、また深酒を召されましたな?
目の下の隈が隠せておりませんよ」
そう言って、副官が用意してくれている水の入ったグラスを少しだけ飲み、そのグラスをエイドリアンの前へと移動させる。
毒の心配はいらないから飲め、と言う事なのだろう。
いつもの事なのか、エイドリアンは迷うことなくグラスを空けた。
「なに、第三騎士団との懇親だ。
お陰で昨日はぐっすり眠れたよ」
――あぁ、それで……
その言葉に納得を示すオリヴァー。
エイドリアンは最近、毎日のようにモニカの夢を見ては調子を崩していた。
それが逆にいい薬になっていたのか、昨日までの落ち着きが保たれていた。
しかし昨日は深酒をして、夢を見ないほどの熟睡もくしは泥酔して、いつもの調子を取り戻してしまったのだろう。
――どっちが本来の第二王子なのやら
できれば調子を崩していた時が本当の姿であると思いたい。
「それで基準は決まったのかな、教導騎士殿?」
絡むような口調で、教導騎士を兜を覗き込むエイドリアン。
グラス一杯の水では中和しきれない酒気と、懇親と称した宴会で食べた味付けと臭いの濃い食事の残り香に、兜の中で眉を顰める。
「えぇ、内容は決まりましたよ。あとは程度だけです」
どうにか平静を装いつつ、質問に答えるオリヴァー。
「ほぉ、聞かせてもらおうか」
早くも基準が決まったことに気を良くしたのか、少し愉快そうに笑う。
――ちょっとその余裕、潰したいわね
教導騎士の鎧の中で、オリビアは少し苛立ちを覚えていた。
せっかく朝から使用人頭のフィルマンが用意してくれた香ばしくて柔らかなパンと優しい味付けのスープに舌も鼻も心を癒やされていたというのに、エイドリアンから漂う臭気でそれらの余韻が台無しになってしまった。
だから少し発散したいと思ってしまっても、問題――
――いけない、いけない
思わず黒い感情に流されてしまいそうだった思考を強引に戻す。
つまらない小さな怒りを燃やしてはいけない。
教導騎士は温厚で、誰に対しても公正かつ公平な存在。
ならば、そのあり方に準拠するまで。
たとえ相手が王族であろうと、指南を求める者には公平に接する。
なので、今は相手が第二王子だろうとも厳しく教え込もう。
気持ちを切り替え、オリヴァーは合格の基準を説明する。
「まず、私が殿下を攻撃します」
得意ではないが、積極的に攻撃を行なう。
第二王子の防御技術を上げるには、攻撃される事が必要だ。
「……ん?」
しかし酒のせいか、エイドリアンはうまく飲み込めない。
眉を顰め、疑問符を浮かべる第二王子を無視してオリヴァーは続ける。
「殿下はそれを受けるか避けるか、対処し続けてください」
口で説明してしまえば簡単なこと。
ただの二言で終わる。
しかしそれを成し遂げることがどれほどの困難であるか、そして教導騎士の攻めがどれほど苛烈であるか、エイドリアンの酔って濁った思考でさえも判断できた。
「え……は、はぁ?」
間の抜けた声が、エイドリアンの口から漏れる。
「段階を踏みながら、少しずつ殿下をお鍛えしようと思っていたのですが……。
どうやら相当お急ぎのようなので、初めから激しめに参りますね」
構わず続ける教導騎士に、エイドリアンの中で焦りが生まれる。
――まずい、まずいまずい!
急いでいるのは間違いではない。
早くに成果を挙げなければ、第一王子が王位を継承してしまう。
しかし教導騎士の口から出る激しめの攻めなど、受けられる自信はない。
ただの一振りで、鎧を着込んだ大の大人を軽く吹き飛ばす膂力なのだ。
そんな一撃を対処し続けるなど命がいくつあっても足りない。
――どうにかこの場を……
気に抜ける方法を考えようと必死に思考を巡らせようとするが、酒に溺れていた頭ではすぐに良案が浮かぶはずもなく――
「なに、案外どうにでもなるものです。さっそく訓練場に行きましょう」
「い……いや待て、俺はまだ酒が……」
エイドリアンの腕を掴み、言い訳も抵抗も許さないままオリヴァーは執務室の出口へと足を進める。
「では騎士団長、あとはお願いしますね」
「は……ッ、ああ。殿下をよろしく頼む」
「待て、ジェラルドッ! こいつを止め――」
必死の訴えも空しく、無情に閉じていく扉がエイドリアンの悲鳴をかき消す。
執務室に残されたジェラルドと副官は祈るような気持ちで見送った。
「……殿下、どうかご無事で」
「団長……、魔法研究室に回復魔法の応援を要請しておきましょう」
小さな鬱憤を抑え切れなかったオリビアでした




