サーシャの懸念
オリビアとの“念話”を終え、モニカたちも寝支度を整える。
村についてからまだ二日、真っ先に掃除が完了したのが寝室である。
魔族侵攻の対処中はもちろん野営することもあり、どんな場所でも眠ることはできるが、せっかくの寝具を前にして使わないわけがない。
あらゆる活動には十分な休息が不可欠。
ということで初日から、少し古くなったベッドを使うことができている。
元々モニカとサーシャと寝室は別々にあるが、寝支度を整えた後はサーシャが用が無くともモニカの寝室へと入り浸っている。
しかし今日はちゃんと聞きたいことがあった。
さっきのオリビアに伝えた基準について。
「第三騎士団への基準って、本当に好きに決めさせて大丈夫なの?」
オリビアの反応もいまいちだった第三騎士団への対応方法。
あくまで第三騎士団が噛みついてきた時の提案だが、彼らを認めるための基準を彼らに委ねるのは良い案に思えない。
確かに彼らにとっても命懸けの戦いに挑むことになるのだから、生存率を上げるためにも教導騎士による査定を潜り抜けるだけの技量は必要となる。
しかし、そもそも第三騎士団には疑問がある。
彼らを騎士と呼んでよいのか、その在り方について。
騎士団でありながら、騎士団として国や国民を守る役割を果たしていない。
訓練にもほとんど参加していないと聞く。
そんな彼らに、そもそもの剣術などの戦闘能力はあるのか。
あったとして、それはどのくらいのものか。
騎士という立場に固執し、その本質を見失っているのではないか。
貴族の権威を悪用するだけのならず者になっているのではないか。
正直なところ、サーシャは話に聞く彼らが信用できない。
昔、権威を振りかざすだけの貴族には痛い目を見たことがある。
彼らは自分の利益だけを考え、他者を踏みにじることを厭わず、それが非難される事であることにさえ気付いていなかった。
すべての貴族がそうでは無いことはサーシャも理解している。
しかし第三騎士団の話を聞く限り、類する貴族が集まっているとしか思えない。
そんな第三騎士団がまともな基準を設けるとは思えない以上、モニカの提案には賛同できないところがある。
「問題ないよ」
モニカはただ一言だけを返す。
ただ、それで納得できるならサーシャはこんな質問をしていない。
納得できなければ、納得するまで諦めない。
しばらく黙って待っていると、モニカはベッドに腰を下ろし、その隣を叩く。
サーシャは待ってましたと言わんばかりに、そこに飛び込むように座った。
サーシャが納得できていないのはモニカも分かっている。
説明が足りない自覚はあり、それでもオリビアならうまくやると信じられる。
深く考えたりすることが苦手なオリビアは、感覚的な咄嗟の判断を間違えない。
危険やまずい事に対して、理性ではなく反射的に対処することができる。
しかしサーシャはその逆。
深く考え、あらかじめ予測を立てておくことであらゆる物事に対処する。
そのため、言葉が足りず情報が不足している場合はそれを補おうとする。
今回のモニカの提案も、サーシャにとっては情報が足りていない。
「好きに、とは言ったけど無条件なわけじゃないよ」
改めてモニカは、不足している情報を埋めていく。
「オリビアが課す基準は、第三騎士団が死なないためのものだからね。
万が一にも、それが権力によって捻じ曲げられるはずが無い」
少なくとも命を投げ出すほど人生に悲観している者たちが、わざわざ第二王子に取り入るはずがない。
「特に第三騎士団の連中は、貴族の嫡男だけど次期当主じゃない。
貴族の権力だけで騎士の地位を手に入れただけのお飾りの騎士」
第二王子に取り入ったのも、貴族としての後ろ盾を得るため。
あわよくば口利きをしてもらい、次期当主の座を手に入れるためか。
「それでも最低限、騎士を名乗るだけの実力はあるだろうね。
それが彼らの貴族としての誇りを支えているはずだから」
第一騎士団には劣るとしても、騎士見習いよりは実力がなければ立場もない。
騎士団の訓練に出ずとも、独自の修練を積んで実力を維持しているだろう。
それが騎士と名乗るに足る域に達しているかはともかく、彼らは自分たちが騎士であり、十分な実力があると信じている。
「だから、自分たちからあまりにお粗末な条件は提示しないよ。
いくら殿下の目的のためだとしても、明らかに手ぬるい条件で勝利を勝ち取れば、彼らの騎士としての誇りに傷が付くからね」
とはいえ、教導騎士を相手に実力を示そうとすれば相応の基準になることは明白であり、彼らの誇りは基準未満の実力を決して認めようとしない。
だから彼らは教導騎士にまず基準を決めさせようとしてきた。
相手が出した基準なら、後でいくらでも言い訳が出来るから。
ただ本来であれば、今の状況から好きに基準を決めさせると言えば、また職務放棄などと野次を飛ばされる可能性もあるが、オリビアが一手先を打っている。
初手で第三騎士団の扱いを近衛騎士団長へ丸投げしたため、教導騎士オリヴァーは第二王子のついでに第三騎士団を相手にするだけと言い切れる。
現状、第三騎士団は自らの意思で教導騎士に挑み、自分たちが納得できる範囲で、到達可能な基準を模索するしかない。
第三騎士団に必要以上に付きまとわれる面倒を初手で回避したのは、やはり高い危機回避能力による咄嗟の判断なのだろう。
しかしこれは、第三騎士団が騎士としての誇りを持ち、かつ第二王子に付き従って教導騎士の訓練をまともに受けようとする場合の対応である。
「でも……もし誇りとか無かったら?」
誇りもなく、ただ北の山脈へ同行する許可だけを取り付けようとしたなら――
権力、あるいは財力で解決しようとするならまだマシかもしれない。
最悪の場合、誰かの人質にするような真似も考えられない訳ではない。
考えすぎとも思えるが、そういった横暴すらも当然のように行なった貴族が過去にいたのもまた事実であり、拭いきれない不安はある。
「その場合は、エイドリアン殿下が止めるよ」
まさかの人物にサーシャは目を瞬かせる。
確かにオリビアの話では、第二王子は勢い付く第三騎士団長を落ち着かせ、教導騎士に時間を与えるなど、先日とは打って変わって落ち着いた対応を見せた。
しかし第三騎士団の行動がエイドリアンの目的のためというのであれば、勇者ですら駒としか見ていない第二王子がそこまで止めるだろうか。
たしかに彼は王族で、国民を守る事を考えているのは事実なのだろう。
しかしそのために危険を冒し、人族の希望である勇者すらも駒としている。
そうであるなら、一時の代償として国民に犠牲を出すこともやむ無しと考え、強硬な手段に出るかもしれない。
「だから煽ったんだよ。彼の矛先が私に向くように」
薄い笑みを浮かべ、モニカは意地の悪い表情を見せる。
「聞いたでしょう、殿下が私を気にしていたって。
殿下の中では、私を納得させる事が重要になっているはず。
なら、そんなやり方じゃあ私を頷かせられても納得はさせられない」
エイドリアンの中では魔族の族滅と同じくらい、モニカに納得させる事が重要になってきている以上、反感を買うようなやり方は避けようとする。
それは自分に付き従って動く第三騎士団にも適用せざるを得ない。
彼らの行動は第二王子の命令だと捉えられてもおかしくないのだから。
「だから第三騎士団が誇りもない集団だとしても、殿下がそれを許さないよ」
どこかエイドリアンを信じているような表情を見せるモニカ。
「そっか」
サーシャはベッドに身を投げ出して呟く。
考えられる嫌な可能性は事前にモニカが策を講じていた。
心配し過ぎかと思っていたが、なんだかんだモニカも心配だったのだろう。
オリビアには少し素っ気無いような態度を見せるモニカだが、根っこの部分ではやはり大切に思っている事を改めて確認できた事に、サーシャは頬を緩ませる。
「じゃあ、後はオリビアが殿下と第三騎士団に負けなければ大丈夫だね」
エイドリアンのためにも、その方法で教導騎士に認められるしかない。
「それこそ無用な心配ね」
「……そうだね」
教導騎士から許可をもらうだけなら、国民を人質にするのが最も効果的である。
守るべき国民と危険を冒したがる愚者なら、教導騎士は迷わず前者を選ぶ。
しかし教導騎士と戦って実力を認めてもらうのは茨の道となる。
かつてオリビアを苦しませたのは、いずれも魔法による攻撃だけ。
単なる物理的な攻防において、オリビアが膝を折る姿を見たことがない。
何度かモニカとサーシャが二人がかりで挑んだが――
「二人がかりでも勝てないもんねぇ……」
「……手加減された上でな」
悔しいと言えば悔しいが、頼もしさが何よりも勝る。
そんなオリビアを相手取って実力を認められるなど、それこそ――
「ルーウェンくらい強くないと」
「……それ、絶対ムリじゃん」
モニカ 「そろそろ部屋に戻って寝なさい」
サーシャ「もう遅いから一緒に寝ていい?」
モニカ 「はぁ……もう好きにしなさい」
サーシャ「やった」
オリビア「――はッ!? 養母の立場がッ!」




