オリヴァー帰宅
「以上が本日訓練場にて発生した事案です」
指南を終えた教導騎士オリヴァーは、近衛騎士団長の執務室で報告を終える。
近衛騎士団長ジェラルドは報告が進むに連れて頭を抱えていった。
副官を下がらせた今、騎士団の責任者たる威厳を保つ必要は無い。
「なんと言えば良いか……、申し訳ない!」
椅子から立ち上がり、机に頭を打ち付ける勢いで謝罪するジェラルド。
「……まぁ、第三騎士団の今後については任せます。
私のほうでは、エイドリアン殿下の説得をそれとなく続けてみます」
土下座にも迫る謝罪をさらりと受け流すオリヴァー。
一応彼の肩を叩いて起こそうとはするが、頑固にも頭を上げない。
ジェラルドの両肩を掴み、強引に体を起こさせる。
謝罪は必要だったとしても、今後の方針を話し合うのも重要だ。
「とにかく、まずは合格の基準ですよ。どう基準をつくればよいか」
「オリ…ヴァー殿に剣を当てるというのは?」
バツの悪そうな表情のまま案を出すジェラルド。
そんな彼に対して、オリヴァーは溜め息交じりに返す。
「鍛えるべきは殿下の防御面です。私に剣を当てても意味はないでしょう。
そもそも騎士団一の貴方でも出来ない課題を、彼らが認めますか?」
教導騎士に剣を当てるということは、騎士団最強の称号を得るに等しい。
騎士にとって誉れ高い称号ではあるが、実質不可能とも言われている。
「ではオリヴァー殿の剣を避ける、または受け流すしかないでしょうな」
「私、あまり攻める方は得意ではないのですけども」
巨大な盾を前面に構える姿勢からも、教導騎士の本来の戦いは守護であり、前に出て攻め入る戦法には消極的ではある。
しかし、それを聞いた近衛騎士団長は一瞬呆けた後、大きく笑った。
彼にとってその言葉は、あまりにも高い場所での比較に過ぎない。
「あっはっはっは、ご冗談を。
貴女の剣を捌けずにそこらに転がる騎士が何人いたことか」
普段は守りに徹するオリヴァーが攻撃に転じれば、瞬く間に模擬戦は終わる。
それがたとえ、一対多の模擬戦であったとしても。
それで攻めが得意でないと言っているのだから、冗談にしか聞こえない。
たとえ当の本人が本気でそう感じていたとしても。
「はぁ~、とりあえずそれで時間は稼いでみます」
さすがに心労が溜まってきているのか、そろそろ話を切り上げて帰りたい。
「一応、モニカ殿にも確認してみては?」
「家に戻ったらするつもりです。では、失礼します」
ゆっくりと踵を返すオリヴァーに、ジェラルドは敬礼で返す。
「お疲れさまでした!」
王城を後にし、すっかり陽が落ちた王都を往く。
薄暗くはあるが、街路灯が仄かな明るさを確保している。
ほとんどの商店は既に店仕舞いしており、人通りもない。
酒場通りに行けば仕事終わりの商人や冒険者で賑わっているのだろう。
時には足を運ぶこともあるが、今はそんな気分ではない。
教導騎士オリヴァーは真っすぐに自身の屋敷へと足を進めた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、フィルマン」
屋敷の門扉の前で待っていたのは初老の使用人頭フィルマン。
主人を見つけると恭しい礼で迎える。
いつからオリヴァーの帰りを待っていたのか、その時間を感じさせないキリっとした佇まいは、彼の年齢を誤解させるほど若々しい。
フィルマンによって開かれた門扉を共に潜り、屋敷の方へ進む。
門扉が締まれば、この薄暗さも相まって、もう人目を気にする必要は無い。
兜越しにフィルマンへ視線を向ければ、彼は頷きを返す。
長い付き合いで、オリヴァーが確認したい事は伝わる。
オリヴァーの無言の問いに対する答えは肯定。
これでオリヴァーは自由になれる。
少し首元を触ってから、捩じるようにして兜を左右に少しずつ回す。
回す向きと角度、それらを何度も往復させることで兜はせり上がってくる。
頑強なフルヘルムはオリヴァーの正体を隠すためには必要な物。
素顔を隠し、女性的な声をくぐもらせる意味を兼ねた防具。
重厚な鎧も脚絆も、体格を偽り、身長を誤魔化すために一役買っている。
本来ならもう少し軽量で薄い鎧が好ましいが、こればかりは仕方がない。
簡単には外れない機構の兜を脱ぎ去り、蒸れて少し汗ばんだ顔を夜風に当てる。
「はあ~、久しぶりで疲れたわ~」
通気性が無いわけではないが、やはり防具としての役割上、隙間の少ないフルヘルムの中はどうしても蒸れてしまう。
移動しながら取り払えるのは兜だけだが、顔を冷やせるだけで快適になる。
「お疲れのようですね。オリビア様」
心地の良い夜風に表情を緩ませながら、教導騎士オリヴァーはオリビアとしての素顔を見せる。
歴代の教導騎士オリヴァーは全員、オリビアによって演じられている。
いつ代替わりしているのか分からないのも、そもそもしていないからこそ。
すべてはこの王国、そして騎士を含む国民を守るため。
騎士を鍛え、魔物や魔族侵攻に耐えられる戦力の育成のため。
「お食事と湯浴み、どちらの準備も出来ております」
「いつもありがとうね~」
オリビアの屋敷の使用人の中で、フィルマンだけが彼女の事情を知っている。
彼の家系が代々、騎士爵オリヴァーと、オリビアの身の回りを補佐してきた。
彼がうまく立ち回ることで、屋敷の主人オリヴァーと、その娘であるオリビアの両方を矛盾なく存在させている。
但しそんな彼にも、伝承の勇者が現れなくなった事実は伝えていない。
伝えてあるのはオリビアと友人二人が不老になっていることだけ。
そしてフィルマンにはオリビアが伝承の勇者であり、勇者の役目がない間は教導騎士として活動しているため、それが周囲に露呈しないよう任せてある。
勇者の存在は人族にとっては希望。
それが失われている事実は、容易く明らかにできるものではない。
全幅の信頼を預けられるフィルマンに隠し事をしているのは心苦しいが、こればかりは割り切るしかない。
「本当に、いつも助かっているわ」
「勿体ないお言葉です」
せめて偽りのない感謝だけは、何度も伝え続けよう。
湯浴みと食事を終えたオリヴァー、もといオリビアは自室に戻る。
ようやく本当に楽な格好になり、ぐっと伸びをする。
いくら幼い頃から知っているとはいえ、異性に肌を晒せない。
それがたとえ寝間着であろうとも。
「繋がるかしら? “念話”」
オリビアはモニカに向けて“念話”の魔法を放つ。
届く保証はない。
モニカ達の故郷の村は、魔法を阻害する森の近くにある。
それに本来“念話”の魔法を人同士が行使する場合、可能な距離は目の届く範囲が精一杯であり、長距離を可能とするのは魔道具である念話機だけとされている。
互いの位置の把握や、声を送受信するため魔力操作が課題となっている。
それを可能にしている念話機も、現在の人族の技術では増産ができない。
オリビアがはるか遠方にいるモニカに“念話”を飛ばせるのは、長距離の“空間転移”を可能とするオリビアの空間認識能力と魔法制御技術、そして長く思い合い続けている家族の絆による芸当と言える。
『モニカ、聞こえる?』
少し不安になりながらも、呼び掛けてみる。
『聞こえるよ、教導騎士オリヴァー殿』
返ってくる冗談交じりの返答よりも、声が聞こえたことに頬が綻んでしまう。
まだ中一日しか経っていないのに、随分と懐かしく感じてしまう。
最近はずっと一緒に居たせいかもしれない。
『いまは教導騎士の鎧は脱いでるわよ。……そんな事より、ちょっと聞いてよ!』
『……はいはい』
面倒そうにするモニカに構うことなく、オリビアは今日の出来事を相談する。




