合格の条件
第二王子エイドリアンへの不安が、強硬な考え方と行動力からモニカへの不思議な感情に差し替わりつつあるオリヴァーは、気を取り直すように咳払いを一つ。
「それでは、私は殿下の防御技術を見れば宜しいのですね」
「そうだ」
オリヴァーの確認に、エイドリアンは深く頷く。
短い期間で荒々しさが落ち着いた第二王子に少し安堵する。
――これなら何とか
無謀な冒険に出ようとする第二王子を説得する時間が確保できる。
胸を撫で下ろす教導騎士オリヴァー。
その第一の目的はエイドリアンの強行を食い止めること。
モニカが課した課題は、第二王子と第三騎士団が教導騎士に認められること。
つまりは教導騎士が実力を認めない限り、エイドリアンは次に進めない。
そして教導騎士が彼の強行を止める側にいる以上、この課題は公平ではない。
すこし卑怯ではあるが、みすみす命を捨てさせるわけにはいかないのだ。
「では、殿下や第三騎士団が魔族や魔物と渡り合えるかどうか、私の判断――」
「ちょっと待ってもらいたい」
それを阻むように割って入る第三騎士団長。
先ほどやり込められたのが気に入らないのか、少し攻撃的な表情だ。
そして兜で隠している教導騎士の表情もすこし歪む。
嫌悪、とまでは行かずとも、明確な不快感を覚えている。
「教導騎士殿。貴殿の主観ではなく、明確な基準を設けていただけますかな?」
まるで教導騎士の思惑を推し量ったかのような提言。
口を噤むオリヴァーを畳み掛けるように、そして勢いで押し切るように、第三騎士団長は一歩前に踏み出して続ける。
「殿下はお忙しいのだ。
貴殿の気分で変わってしまうような曖昧な判断基準ではなく、どうなれば良いのか、何を為せれば合格なのか、確たる線引きをしてもらいたい」
やはり第三騎士団長は気付いている。
教導騎士オリヴァーが神官モニカ側、第二王子を止めようとしていることに。
先程までであれば、どれだけ第二王子と第三騎士団が成長しても、オリヴァーが首を縦に振らなければ、いくらでも長引かせることができた。
しかし第三騎士団長の提言により、明確な目標を決めなければならない。
そうでなければ、そもそもこの課題自体が無かったことにされる。
「なるほど、もっともな意見だ」
第三騎士団長の提言を、自らの落ち度として認めざるを得ない。
教導騎士に一本取ったと言いたげに満足そうな表情を浮かべる第三騎士団長。
それに同意するように、真剣な面持ちで頷くエイドリアン。
「では近衛騎士団長と協議の上、後日、改めて連絡いたしましょう」
さすがにこの場はこの提言を受け入れるしかない。
受け入れた上で、どのような基準を設けるか、近衛騎士団長とモニカに相談――
「いま、すぐに決めていただけますかな?」
「いますぐ?」
追い打ちをかけるように、第三騎士団長が乗り出してくる。
これにはオリヴァーも、危うく間の抜けた声を漏らしそうになる。
その横を見れば、エイドリアンも少し驚いたように目を開いていた。
彼にとっても第三騎士団長の勢いは予想外なのだろう。
「言ったでしょう、殿下はお忙しいのです。
これ以上、無駄な時間を取られて良いお方ではない。
協議などと言って、何日も何週間も先延ばしにされる訳にはいかないのです」
その手もあったか、と思わず感心してしまいそうになるオリヴァー。協議にそこまで時間をかけるつもりはなかったが、確かにそう勘繰られても仕方ない。
――どうしたら……
あまり頭の回転が早くないと、自分の欠点を理解しているオリヴァーは困る。
予想より早かったとはいえ、第二王子と第三騎士団の来訪は予想していた。
だからこそ、ここまでの流れも想定していた。
しかし思惑を第三騎士団長に看過され、その上、明確な基準をすぐに決めるよう求められることは想定していなかった。
第二王子と第三騎士団を足止めするにあたっては、絶対不可能と思わせる目標ではいけない。文句を付けられ、強行される可能性がある。
定めるべきは困難だが達成できうる、と思わせる目標。
それが、すぐには思いつかない。
こんな時、モニカならすぐに閃いてくれるのだろうが、今は近くに居ない。
――モニカならどう考えるだろう……
「モニカなら……」
詰め寄られ、考えに耽るあまり思わず声に漏れてしまった。
幸か不幸か、それが第二王子エイドリアンの耳に届く。
目を見開いた彼は、ブルっと体を震わせると、慌てた様子で前に出る。
「わ、分かったッ! 騎士団長と話し合ってもらって構わない!」
「で、殿下ッ!?」
エイドリアンのその行動は、彼の目的のために少しでも早く事が運ぶように手配したつもりの第三騎士団長には予想できなかった。
しかし、そんな事を言っている場合ではないと、第二王子の直感が告げている。
教導騎士が漏らした言葉、そこから推察できる言葉が過ぎったのだ。
――モニカならどうするか
――モニカならどんな基準を設けるだろうか
その瞬間、エイドリアンの頭に浮かんでくるあの意地悪な薄ら笑い。
それが彼の背筋に冷たいものを走らせ、第三騎士団長の計らいを捨て去る。
目的のために急ぎ、そのために判断を急かすこともある。
しかし、その急かした判断によって、余計に時間が掛かっては意味がない。
(あんな意地の悪い奴の思考を基にした基準など、碌なものではない!)
そんな基準を設けるくらいなら、近衛騎士団長と腰を据えて話してもらいたい。
「あまりにも長い時間を取られるわけには行かないが、貴殿が納得できる形で明確な基準を設けて欲しい」
行き詰っていたオリヴァーにとっては渡りに船。
出会いよりも深く、エイドリアンへお辞儀をする。
「殿下のお言葉、確かに承りました」
これで、何とか時間をつくることができる。
「ドロテオ第三騎士団長も、ここは退いてくれ」
「……分かりました」
なおも何か言いたげの第三騎士団長を第二王子が宥める。
そして用は済んだとばかりに、ぞろぞろと訓練場を後にしていく。
最後まで残っていたエイドリアンは去り際にオリヴァーへ一言。
「いずれ、貴殿とモニカの関係を聞かせてもらうぞ」
オリヴァーの中で、疑念が確信へと変わりつつあった。
これをモニカに伝えるべきかどうか、しばらく頭を悩ませることとなる。




