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昂る副官

近衛騎士団長ジェラルドの副官の一元視点メインとなります。

「では失礼する」

 近衛騎士団長の言葉を伝令した彼の副官は、そう言って部屋を出ていった。


 それを静かに見送った第三騎士団の面々。

 誰もが面白くなさそうに顔を顰めている。


 副官が伝えてきた内容は簡素なものだった。

「教導騎士オリヴァーが帰還した」


 伝えられた連絡は直接的な命令ではないが、明確な意図は含まれている。

 つまりは「教導騎士の指南を受けよ」と。


「どうします?」

「殿下の希望もある。教導騎士と接触できるなら参加はしよう。ただ――」




 近衛騎士団、第一から第三騎士団へ伝令を終えた副官が騎士団長室へ戻る。

 部屋に入ると、教導騎士は変わらずジェラルドの前に立ったままで居た。


「戻りました」

「ご苦労」


 短く労いの言葉を貰い、副官はジェラルドの横に控える。

 兜で表情の見えないオリヴァーが小さく頷いたように見えた。


「では、私は一度訓練場に顔を出してきます」

 そう言ってオリヴァーは踵を返し、部屋を出ていった。


 それを静かに見送る騎士団長ジェラルド。

 扉が閉められてから十数秒後、椅子に背を預け、深く息を吐いた。


「ふぅ……」

 その様子は、ひどく疲れているようにも見える。


「団長、緊張されていましたか?」

 ジェラルドの様子からそう判断した副官は、確認のため問う。


 近衛騎士団長ジェラルドは、この国に仕える騎士を統括する責任者である。

 事実上、騎士たちの中で最も立場が上であり、その実力も高い。


 しかし教導騎士オリヴァーを相手にしている時のジェラルドは、立場が上であるように振る舞い、オリヴァーもまた相応の態度で上官に接しているが、どこかぎこちなくも感じる。


 立場上はジェラルドが上でも、実力は教導騎士の方が上でもある。

 騎士として、その点がそのような空気を醸し出しているのかもしれない。


「んん、あの方を前にすると、どうにも反射的にな……」

 額に手をやり、目を瞑りながらポツリと零す。


 もはや隠そうともしていない口ぶりに、副官は更に興味を惹かれる。

 騎士団長の立場にある人を以てして“あの方”と呼ばせる教導騎士に。


 彼が騎士団長の副官となったのは三年前。もともと文官だった副官は当然、騎士団の訓練にも参加しておらず、教導騎士と直接会う機会はなかった。


 もちろん副官となる前から教導騎士の事を知っていた。

 書庫にも出入りして調べもしたが、いくつかの活躍の記録しか残されていない。


「教導騎士殿の経歴は秘匿されているので私は存じ上げませんが、団長はご存じなのですよね?」


 今の弱ったジェラルドなら、思わず話してくれたりはしないだろうか。

 そんな思いで踏み込んでみる。


「知っているとも。昔からよく世話になったさ」

 それは良い思い出か、にやりと口を緩ませるジェラルド。


「昔から?

 団長はそんなに前から教導騎士殿のことを教えられていたのですか?」


 教導騎士オリヴァーの存在自体は、王都中に広く知れ渡っている。

 それこそ、まだ小さい子供ですら憧れるほどに。


 しかし、その称号も名前も、全ては継承されているものだ。

 あの鎧の中にいる個人は教導騎士オリヴァーでもあり、同時に別人でもある。


 もとより二百年以上も前から活躍している騎士だ。

 初代と呼ぶべきオリヴァーが今も生きているわけがない。


 しかしたとえ別人であったとしても、その実力は違わず教導騎士のもの。

 それが継承され続けている以上は、中身を検める事はない。


 しかし、好奇心を抱かないわけではない。

 誰しもがその隠された素顔を一度は見てみたいと思うものだ。


 その騎士を預かる立場にある近衛騎士団長なら知っているとは思ったが、その予想は間違っていなかった。


 近衛騎士団長ジェラルドは鎧の中の人物のことを知っている。

 そして、思い出があるほどの深い付き合いもある。


 秘匿され、誰も知らない素顔を知る機会を副官は得た。

 興味がそそられない筈がない。


 兄ほどではないが、副官も英雄への強い憧れは持っている。

 教導騎士は勇者と並び称される英雄中の英雄なのだ。


 ――知りたい

 きっと語られていない活躍もあるはずだ。


「あまり深入りするものではないぞ」

 高調していた副官にチクリと突き刺さるジェラルドの言葉。


 心を読まれたようで、副官は一瞬で我に返った。国王の命によって秘匿されている教導騎士の情報を、軽はずみな気持ちで暴いてはいけない。


「も、申し訳ありません」

 副官は深く頭を下げ、反省の意を示す。


「構わん。余計なことを漏らした私の責任だ」

「いえ、そのようなことは!」


 血筋を疑いたくなるこの悪癖による失態を、上官に背負わせる訳にはいかない。

 しかし訂正しようとする副官を、ジェラルドは手を向けて制する。


「あの方の事情はあまりにも特殊だ。

 それを知る以上、迂闊な発言は慎むべきだった」


 ジェラルドも副官も、それ以上の言及は避ける。

 どちらが悪いと言い合っても意味がないことに気づいたのだ。


「まぁ、お前もそのうちに知る機会があるかも知れん。

 その時は、どうか理解してほしい」


 その妙な言い回しに、副官は首を傾げつつも頷く。

 ――“覚悟”でも“納得”でもなく、“理解”?


 副官はその言葉の意味を確認したくなったが、気持ちをぐっと堪える。

 今はこれ以上踏み込むべきではない、と。


 謎に包まれた教導騎士の存在をどうにか頭の隅に追いやりつつ、副官は騎士団長補佐という本来の仕事へと戻った。

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