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町で配達のお仕事

「エステルちゃん、これをベラばあさんに持って行ってくれるかい」

「はい、分かりました」


 受け取った箱はずっしりと重い。

 中には町はずれに住む老女ベラが以前注文していた日用品が詰められている。


 普段であれば必要な物を少しずつでも買って帰るのだが、魔族の侵攻が噂され、各地でも魔物の出現が増えてしまったため、一部の品の流通が滞ってしまった。

 まとまって入荷したものの量が多いため、直接届けることにした。


「大丈夫かい?」

 心配そうに覘き込む店主クラウスであるが、エステルは笑顔で返す。

「大丈夫です」


 傍から見ると、華奢なエステルが一抱えもある大きな箱から顔だけ出しているものだから、実際の重さを知っている店主は心配になってしまう。

 尤も、エステルが見た目以上の腕力を備えていることは、多くの町人が知っているため、こうした仕事を頼まれることもある。


「それでは行ってきます」

 店主に開けてもらった扉をくぐり、エステルは町を行く。


 足元が見えないため、エステルは荷物の横からも顔を出しては、周囲を確認しながら歩を進める。

「今日はまた大きい荷物だね」

「足元、気を付けるんだよ」

「はーい、ありがとうございます」


 すっかり町に馴染んだエステルに掛けられる声は、今日も元気に働くエステルを優しく見守るものだ。

 町人の優しさに触れて感謝しつつ、先日町長オースティンとの会話で、いずれこの町を離れることを思い返してしまい、思わず涙ぐみそうになる。

 それだけ、自分がこの町に対して愛着を持ってしまったことを実感する。


 この町に来てからもう半年以上になる。

 初めて来たときは、町の活気にかなり圧倒され、怖気づいてしまった。


 それでも、しばらく町を散策して見て、そこで出会った。出会ってしまった。

 そう。美味しいものに。


 初めて食べたのは肉の串焼きだった。

 塩味のきいた、噛めば肉汁が口の中に広がる串焼き。

 あの時食べた串焼き屋は、今でも訪れている。


「おーい、エステルちゃん」

 串焼きを味が頭の中いっぱいに占めて、しばし我を失いながら荷物を運ぶエステルに声が掛かる。


「あ、ティーノさん」

 それはエステルが初めてこの町に来た時、初めて食べた串焼き露店の店主ティーノだった。


 エステルは通行人にぶつからないように注意しながら道端へ寄ろうとするが、

「仕事中だろ。後でいいから、また寄ってくれ」

 大きな荷物を持ったままでは身動きも取り辛い。

 呼び止めてしまったが、そんなエステルを見て串焼き屋ティーノは約束だけ取り付ける。


「はい」

 返事をし、エステルは前を向き直る。

 今はこの大きな荷物を運ぶことに専念する。


 町はずれのベラの家までは十五分ほどではあるが、少し坂を上ったり、階段を昇ったりする道のりのため、高齢のベラにこの荷物を持っての移動は厳しい。


「ベラさーん、クラウスさんのお店からお荷物持ってきました」

 辿り着いた家の扉をノックし、呼び掛ける。


 少しして扉が開けられ、荷物を抱えたままのエステルをベラが迎える。

「まぁまぁ、エステルちゃん。こんなところまでごめんね~」

「いえいえ、お安い御用ですよ」


 エステルは荷物を家の中に入れ、ベラに受け取りのサインを貰う。

「片付け、お手伝います」

 箱に詰められた日用品をベラの指示に従い、エステルは一緒に片づけていく。


 箱いっぱいの日用品はあっという間に片付いた。

「エステルちゃん、この後まだ時間はある? ちょっとお礼もしたいからお茶でもどう?」

 ティーポットを掲げるベラに、エステルは応じる。

 この後はクラウスの店に戻って配達完了の報告をして、ティーノの露店に寄る予定だが、特に急ぎではない。


 ベラが用意してくれたのは、紅茶と石窯で焼き上げたパンである。

 しっとりとした食感に、エステルの目尻が垂れ下がる。


「ふふ、このパンね、道楽で始めたんだけど楽しくってね。いっつも焼きすぎちゃうから、息子がお店で使ってくれてるの」

 どうりで、届けた荷物の中に小麦粉や薪が入っているはずだ。


「息子さんの商店に並んでるんですか?」

「ううん、息子の店のジャムの試食用に使ってるんですって。今日も、後で取りに来るって言ってたわ」


 ベラの息子、エルマンは加工食品を主に取り扱う商店を営んでいる。

 確か店の場所は、ここから依頼主クラウスの店の道中にある。


「息子さんのお店、帰り道です。よかったら持って行きましょうか?」

「あら、いいの? そうしてくれると、息子を待たなくて済むから助かるわ」

「お任せください」

 ポンも胸を叩いて請け負うエステル。

 スっと寄せられた木皿に乗ったパンをもう一つ頂く。


「そろそろ次のが焼けたかしら」

 ベラは奥のキッチンへ向かい、しばらくすると焼き立てのパンを運んできた。


 棚から紙袋を二枚取り出すと、パンを詰めていく。

 大きい紙袋と、小さい紙袋。


「じゃあ、これを息子に渡してくれるかしら」

 と、小さい紙袋を。


「あと、こっちはエステルちゃんに」

 と、大きい紙袋を。


「あ、あの、えっと……」

 紙袋のサイズが逆ではないかと困惑するエステル。


「少し時間を置いた方が美味しくなるから、持って帰って家の人、ウィルさん、だったかしら? と一緒に食べて頂戴」

 エステルの困惑を他所に、ベラは間違いなく大きい方の紙袋をエステルに寄せる。


「こんなに、いいんですか?」

 焼き立てのパンが、ベラの手元に残っていないのでは、と心配する。

「いいのいいの。届けてもらうお礼よ。受け取って」


「ありがとうございます」

 エステルは袋を優しく、しっかりと抱きしめてベラに笑顔で礼を言う。


「こちらこそ、ありがとうね」

 そんなエステルに、ベラは同じくらい明るい笑顔で返す。

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