プロローグ
こんなはずではなかった。
勇者を前にした魔王は苦虫を嚙み潰したように表情を歪める。
「強い力がある君にやってもらいたいことがある。これは我々の未来を左右する、大変名誉なことだよ」
偉い人にそう言われ、自分に出来ることがあるなら、と受け入れた。
配下を従えて、人族の領域に侵攻する。そして支配する。
そのためには人族の英雄、勇者を退ける必要がある。
勇者は、こちらの人族の領域へ侵攻する計画を察知すると誕生するらしい。
しかし勇者とて人の子。誕生したばかりであればまだまだ力が弱く、そこを叩くことができれば、こちらの計画を一気に進められる。
そう考えた魔王は、制止する参謀の言葉を振り切り、侵攻直後に人族の王城にまで乗り込み、あらん限りの魔法をぶつけた。
未熟な勇者なら、ただの人族と同じ。一撃で終わるはずだった。
しかし、勇者は魔王の攻撃をものともせず、反撃してきた。
未熟な勇者の攻撃など取るに足らないものと侮った。
動きを封じられ、頭部に一撃を貰い、こちらの反撃は軽々対処される。
手も足も出ない。
なぜ、これほどの力を持っているのか。
想像と違う。
そして二度目の頭部への一撃を受け、魔王は沈んだ。
薄れゆく意識の中で魔王が最後に取った選択は、逃亡だった。
――怖いッ
勇者がこれほどまでに恐ろしい存在だとは思わなかった。
偉い人に「強い力」と言われた魔王の力が、何一つ通じなかった。
「強い力」なんて、勇者の前には通用しなかった。
もう元の場所にも戻れない。
勇者に敗れた魔王を誰も迎え入れたりはしない。赦しはしない。
どこか、どこかに隠れないと。
勇者にも、偉い人にも見つからない場所、安心できる場所を見つけないと。
魔王は、勇者から逃げた。