いろいろと失った日
初投稿なので拙い部分があるかもしれませんがよろしくお願いします。頑張ってこのお話を続けていけたらと思います。
キーボードをひたすらに叩き続ける音が一人きりの仕事場に響く。
今回は特にきつい。時間もかかるし、それなりの量もある。この作業を明日までに終わらせておかなければ、次の仕事に支障が出かねなかった。
でも俺の作業ペースなら定時ぴったりに全部終わらせられるはず…だった。みんながみんな俺のようにハイペースで作業を進められるわけじゃない、分かってはいる。
後輩の高橋が最初の数値間違え、残りの数字全部書き直したりとかする羽目になってなければ…
奴はメールの送信先間違えたり、ミスを報告しなかったり、完成した書類を書き換えたりする。お茶を入れさせればこぼし、保存した物を勝手に移動させて無くしたこともあった。
こいつ仕事できないくせに余計なことはするのだ。
しかもあいつときたら、さっさと定時で上がって俺に残りの作業全部なすりつけてきやがった。許せねぇ。絶対に忘れないでやるからな、高橋ぃ…!
きっと俺、小野塚忠弘の転職の日は近い。
深夜の2時半を回った頃、ようやく作業を終わらせることができた。
頑張った、頑張ったんだよ、俺は。
ふらふらと薄暗い夜道を歩いた。もうすぐ力尽きようとチカチカと点滅している街頭の下を通り過ぎる。
もう電車もないだろうし、タクシー使っちゃおうかな。頑張った俺にご褒美だな。最寄りのコンビニまで着いたらちょっと良いチーズケーキでも買っちゃおう。
ふふふ、こんな小さな楽しみとかがないと、厳しいこの世界なんか生きていけないわな。
そんなことを考えながら近くの大通りに出た。こんな時間でもときどきとはいえ車が通るのは不思議だよなぁ。
この辺でタクシーを拾おう。幸い、すこし先の向こうのほうにタクシーの光っぽいのが見えた。
液晶画面を見続けショボショボになった眼を擦り空車のタクシーだといいな、と思いながらPCの前に座りっぱなしで疲れた足を前へと踏み出した。
だがその足が地面に触れることはなかった。
「え?」
突然の浮遊感。
感覚で例えるなら階段を踏み外したときの瞬間、脳が追いつかないあの感じ。
この突然の感覚はほんの一瞬のようで永遠にも感じられた。
階段を踏み外したとき、次に床や段差にぶつかる衝撃と痛みがすぐさまやってくるが、いつまで経ってもそんな痛みがやってこない。
気がつくと俺は、広く、高く荘厳な建造物の中にいた。どこだ…ここ。
例えるならイギリスのすごい教会、いやお城かな。あたりを見回すと凝った内装に高級そうな数々の装飾品が見えた。あれもこれも美しい造形をしている。というかやっぱりお城の中だよな、ここ。
そして目の前の玉座には黄金に輝く王冠を被ったちょっと太ったおっさ…王様が…!
王を守らんとする鎧の騎士…!
怪しげな魔法使い…!
そして足元にはそれっぽい魔法陣…!
もしかしてこれは…!あの巷で噂の…!
異世界転生なのではーッ!?
待って。この場合転生じゃないだろうし、なんだろ…転移?語呂が良くないな。
「今回の召喚も失敗に終わったか…」
そうそう召喚!異世界召喚…
え、今王様なんて言った?
なんだこの違和感。いつもあったものがなくなってしまったようなこの不自然な感じ。やけにクリアな視界。
立ちあがろうと手を膝にかけ、あ
無い!?
手…!?
手が無い!
待て待て違う!手だけじゃない。俺の身体丸ごと無くなってる…?
理解が追いつかない。どういうことなの…
必死に呼びかけても王様をはじめ誰からも反応がない。
そっか声を出すところがないから聞こえるはずがないんだ。というかそもそも俺が見えてないというね。
召喚が失敗ってそういう…
とりあえず…
異世界召喚されたのに身体がないんだけど。