理不尽な幼馴染の怒り
この辺りから前作と比べてストーリーが変化していきます。幼馴染に至っては前作とは完全に辿る未来が異なると思われます。
放課後となり一日の学業時間が終了した生徒達はそれぞれがこの後の用事の為に動き出す。部活動に所属しているクラスメイト達はそれぞれの部室へと向かい、逆にどこにも所属していない者達はそのまま帰宅をしようとする。
そんな生徒達がざわめいている中で加江須もまた自宅へと帰宅しようと教科書などの片付け行っていた。
そんな帰り支度をしている彼の席の前にひとりの男子が寄って来た。
「あん、どうした犠正?」
目の前に人の気配を感じて顔を上げるとそこにはクラスメイトの犠正が立っていた。
彼は不機嫌そうな雰囲気を一切隠す気もないのか舌打ち交じりにこんな事を言ってきたのだ。
「あんま調子乗るんじゃねぇぞお前。あんなミニゲームで俺が本気でプレイしていた訳ねぇだろ。間違ってもバスケ部のエースに勝ったなんて吹聴すんじゃねぇぞコラ。もし調子に乗ってはしゃいでいるところを見かけたらマジで覚悟しろや」
そうやって言いたい事だけを言うと去り際に加江須の座って居る椅子の脚を蹴って教室を出て行く。
どうやらまだあの体育の時間での試合結果を気にしているらしい。しかしまさかこうまで堂々と脅しの様な事を言ってくるとは予想できなかった。
前々から傲慢な性格だと思っていたがまさかここまでとはな。今まで負けた事が無かったから猶更過激なセリフを言ってきたのかもな。
同じクラスの人間から脅されると言うのはあまりいい気分ではない。少なくとも次回にアイツと競い合う機会があればわざと負けてやった方が良いかもしれないと考慮しておくことにしよう。
少し憂鬱な気分になりつつもクラスを出る加江須であったがそこで最も嫌な女と遭遇した。
「……黄泉」
「ちょっと気安く名前で呼ばないでよ。悪寒が走るんだから」
ただ名前を呼んだだけでまるでゴキブリでも見たかのような不愉快な視線をぶつけられる、いやむしろ突き刺してくる女は幼馴染である愛野黄泉であった。
「………」
「何よ? なに偉そうに私の事を睨みつけている訳?」
歴史が修正されているので黄泉の中には自分が彼女に告白した記憶はないのだろう。だが加江須はあの告白で目の前の女の本性を知れているので彼女に対して今では敵意しか存在しなかった。
出来る事なら無視して行きたいがわざわざ別クラスである自分の教室の出入り口付近でこの女はスタンバイしていたのだ。
「何で俺の教室前に居るんだよ?」
本当は話し掛けたくもないがここで無視する事も出来ない。仕方がなく嫌々ではあるが要件を尋ねると彼女は完全に自分を見下した邪悪な笑みを向けて来た。
「何その自意識過剰の質問は。まるで私がアンタを待っていたみたいに捉える言い方はよしてちょうだい。偶然通りかかって最悪のタイミングでアンタが教室から出て来ただけよ」
本当に…本当に人の神経を逆なでする才能がこの女にはあると加江須は思った。
どうして今まで俺はこんなヤツに対してずっと好意を抱き続けていたのかな?
いや理由は分かっている。幼い頃の優しかった彼女を自分はずっと忘れる事ができなかったのだ。どれだけぞんざいに扱われようが、どれだけ心を抉る罵声をぶつけてこようがへこたれる事なく昔と変わらぬように接し続けられたのはいつかはあの頃の優しい彼女が戻って来てくれると信じていたからだ。
でも人間って生き物は年月とともに別人の様に中身が豹変する事だってある。まさに目の前のコイツはその典型だろう。
「ちょっと何黙りこんでいるのよ。私みたいな可憐な美少女に声を掛けてもらえてるんだから少しは感謝なさい」
……もうこれ以上コイツと同じ空気を吸いたくない。
加江須は小さく舌打ちをひとつしてそのまま目の前でふんぞり返った態度を一貫している馬鹿を放置して歩き出す。
「ちょ、どこに行く気よアンタは!!」
まさか目の前で自分をシカトするとは思ってもいなかった黄泉は慌てて彼を引き留めようとする。
彼女の伸ばした腕が加江須の襟首を掴んだが、その煩わしい手を彼は乱雑に引き千切ってやった。
「いたっ…この私に何してんのよアンタは!!」
乱暴気味に振り払われたせいで指に痛みが走り怒鳴り散らす黄泉だったがすぐにハッとなる。
「え、なに?」
「あれって愛野さんだよな? 今スゲー叫んでいたけど…」
いくら放課後とは言え廊下には部室や帰宅の為に移動中の生徒達が大勢居るのだ。そんな場所で叫んだりすれば嫌でも目立つ。しかも彼女は美しい容姿や加江須以外には穏やかな振る舞いで同級生の間では人気者だ。なのでそんな彼女が感情を荒げて叫べば周囲の目を引いてしまう。
「ぐっ…憶えておきなさい」
こんな所でこれ以上叫べば大事になりかねないと思い悔し気な顔をしながら加江須を睨みつける黄泉。そのまま彼女は急いでその場からドカドカと怒りを露わにしながら廊下を踏みしめて立ち去って行く。
「もう二度と話しかけんじゃねぇよバーカ」
遠ざかって行く幼馴染の背中を冷めた目で見つめながら悪態をひとつ飛ばしてやった。
いつもは暴言はもちろん無視されるだけでも心が痛くなるはずだが不思議と今の彼の中にはあの女が離れて行く事が清々しく思えたのだった。
◆◆◆
ああもう……何よ何よ何よ!! 何でアイツは愛しの幼馴染に対してあんな最悪の態度を取ってきたりしたのよ!!
加江須の傍から離れた黄泉は不機嫌そうな表情をしながら先程の彼の態度に怒りを滲ませていた。
「意味わかんないんだけど!? 何を急にあそこまで露骨に私を煙たがっているのよ!!」
自分の大好きな幼馴染に冷遇されて逆に体温が上昇する黄泉。
腹の底から煮えたぎる怒りを抑えきれず周囲に誰も居ない事を確認すると近くの壁を思いっきり蹴って八つ当たりをした。もしも同級生がこんな彼女の姿を見ると驚きの余り頭が真っ白になるだろう。
「私はただいつも通りに話し掛けてやっただけじゃない。それだけなのにどうしてあんな態度を取られなきゃならないのよ」
彼女はどうして自分が加江須にあのような冷めた態度を取られたのか本当に分かっていなかった。
普通に考えればあんな幼馴染を貶すような発言をすれば嫌悪感を抱かれるのは当然だろう。たとえそれが照れ隠しだと分かっていたとしても罵詈雑言は人の心を抉る立派な暴力だ。だが本来であれば子供ですら分かるそんな当たり前の事を黄泉は本気で理解できずにいた。
それは彼女はあまりにも長い期間を本音を押し殺して彼に接し続けていたせいであった。
いつもいつも口を開けば加江須の心を踏みつけにする言動をぶつける事は彼女にとってはもはや日常的な行いと化していた。それ故に彼女は自分に非があると認識できない程に歪んでしまっていた。
もしも…もしも彼女がまだ純粋に自分の心の内を曝け出していた幼い頃ならば間違いなく自分が悪いと自覚を持てただろう。だがその純白であった頃の彼女は既に黄泉の精神には存在しなかった。
「明日こそはきちんと私の話を聞いてもらうんだから。最悪力づくにでも……」
彼女にとって加江須が自分の言う事を聞くことは最早義務であるとすら考えていた。
「アンタは私だけを見ていればいいのよ。こんなにもアンタを想って上げている幼馴染を放置なんて身の程知らずな行為は許さないんだから…!」
彼女は気付いていない。心の中では愛しているだの言ってはいるがそれを口や態度に一切出さなければ相手に伝わるわけもない事に。
久利加江須にとって愛野黄泉は修復がもはや不可能な程の増上慢を募らせた最低な幼馴染でしかなかった。いや……もはや幼馴染と言う関係すら彼には断ち切りたいと思われていた。
◆◆◆
忌々しい幼馴染を排斥する事に成功した加江須は帰路へと着いていた。
黄泉と同様に彼も彼女との遭遇によってかなり苛立っていた。ごく短い時間で一気にストレスをマックスまで引き上げられた彼は不機嫌な表情が顔面に貼り付き続けていた。
「くそ…アイツの理不尽なセリフを思い返すだけでむしゃくしゃする…」
十数分前までに黄泉とのやり取りを思い返すだけで無意識に歯ぎしりをしてしまう。
「あーもーイライラする。ゲーセンでも行って気晴らしでもする……!?」
娯楽施設にでも入ってストレス解消を試みようかと思案した彼であったが、次の瞬間に全身を信じられない程の不快感に包まれた。
な…なんだよこの気持ち悪い感覚は……。
突然自分の全身に纏わりつくかのような不快感に身震いをする。まるでヘドロの様な不快感にその場で佇んでしまう。
「……もしかしてこれがゲダツの気配ってやつか?」
イザナミから聞いていた話ではゲダツは独特な気配を撒き散らしているらしい。最初はそんな曖昧な表現をされてもゲダツの居場所なんて分かるのかと半信半疑であったが今は理解できる。この吐き気すら促す気配は確かに視界にゲダツが居なくても一発で近くに居る事が把握できる。
「あの路地を抜けた先から漂って来ているな……」
気配の出所を把握できた加江須ではあったが少しその場所に赴こうとする事を戸惑ってしまう。
この路地の先に…イザナミが言っていた化け物が居る……。
未知の怪物が潜んでいると思うと思わず足がすくんでしまう。だが彼の恐怖はほんの一瞬であった。
「ここで逃げてどうするんだよ。何のために俺はイザナミに生き返らせてもらったと思っている」
自らを鼓舞すると加江須は未だに微かに震えている自らの足を叩いて叱責してやる。
お前は怪物からこの町を守る為に再び生を得たんだろう。だったら躊躇うな久利加江須!!
覚悟が固まった彼は気配の出所を目指して一気に足を進めるのであった。