ツインテールとの再会
4限目の授業が終了すれば次はお待ちかねの昼休みだ。
この時間には皆はもう空腹なので急いで学食にダッシュする光景が基本だ。だが今日はクラス内の生徒達は中々教室から出て行こうとはせずひとりの生徒を囲んで盛り上がっていた。
クラスメイトに囲まれている生徒は久利加江須であり、彼は体育の授業で見せたスーパープレイの事で皆から称賛の声を掛けられていたのだ。
「いやーまさか久利のヤツが実はあれだけのスーパーマンだったとはな」
「だよなぁ。バスケ部のエースを完全に手玉に取っていたもんな」
「ねえ久利君どうして帰宅部なの? 普通に運動部に入ればいいのに」
男女問わず次々と褒めちぎられて少しむずがゆくなる加江須。
別に彼の中にはあの試合で目立ってヒーローになろうなんて意図はない。単純に今の自分の運動神経がどの程度なのか知っておきたいと言う意図はあったが。
次々と話しかけて来るクラスメイト達を適当にやり過ごして一旦教室の外へと出る事に成功した彼は一度深呼吸をする。
「はあ…まさかここまで騒ぎになるなんてな。こんな事なら試合でワザと負ければ良かったか?」
しかしいくら目立たないためとはいえわざと敗北すると言うのはやはり嫌なものだ。それぐらいのプライドは自分にだってある。
「はあ……それにしてもアイツずっと俺を睨んでいたな。居心地わりーの」
彼がクラスから出たのはクラスメイトの質問攻めから逃れる為と言うのも理由の1つではあった。だがもう1つの理由は教室でずっと殺気の籠った目で自分を睨み続けている犠正の存在もあったのだ。
体育の授業が終わって教室に戻ってから犠正はずっと加江須の方へと殺意の入り混じっている視線を向け続けていたのだ。
あそこまで露骨に睨みを利かせやがって……まああいつはバスケ部のエースらしいし少し悪い事したかな……。
今回の事を反省して次回からはもう少し手を抜く事を覚えようと軽く自己反省をする加江須。
クラスを出てから彼は食堂ではなく購買を目指して歩いていた。何故購買の方を選んだのか、そこに関しては取り立てて具体的な理由はない。ただ気分的に今日は購買で昼食を買おうと安易にそう考えただけだ。
「パンでも買って行こうっと…」
そう言いながら購買を目指して歩き続ける加江須であったが、購買部に到着するとこの選択を彼は後悔する事となる。
目的の購買部に到着するとチラホラ生徒が各々欲しい物を吟味していた。恐らくは自分と同じくお昼目的で訪れている生徒も居るのだろうがやはり食堂に比べるとかなり人は少ない。
「えーっと…パンコーナーは……あったあった。どれにしよーかなーっと」
目の前にいくつも並んでいる種類豊富なパンをしばし吟味、その中で目についたメロンパンに手を伸ばす加江須であったが他の人間の手とぶつかる。
「ああすいませ……あ……」
加江須が軽く頭を下げながら接触してしまった人間に謝ったがその人物を見て硬直してしまう。
「こっちこそごめんなさ……へ……」
相手の少女も謝罪を返して来たが途中で自分同様に石の様に固まってしまう。
なんと自分と手が触れ合った相手は今朝に言い掛かりをつけて来た忌々しいツインテール女子だったのだ。
しばし静寂な時間が経過し、そして先に正気に戻った少女が声を荒げて加江須に指を突き付けてこう叫んだ。
「アンタは今朝の変態男! 何でアンタがここに居るのよ!!」
「ぶっ! その変態って呼び方やめろ! それに購買に来る事は別におかしな事じゃねぇだろ!!」
まだ今朝の事を誤解しているのか少女は自分の事を不名誉な呼び方をしてくる。それに対してムッとなり彼も同じく声を荒立てて反論をする。そこからしばし互いにギャーギャーと騒いでいると通学路の時と同様に人が集まってくる。
「ぐっ、ああもうっ! とにかく一旦来いお前。少し付き合え」
「えええ!? 付き合えっていきなり何告白なんてしてんのよバカッ!」
この場から離れる為にそう言っただけなのだが深読みした少女は顔を真っ赤にして頭頂部からは湯気を出す。
目の前の誤解が解けない少女の発言を無視して彼はメロンパンを2つ取ると会計をしている購買のおばちゃんに速攻で代金を払うとそのまま購買部を退散する。
「ちょ、いきなり馴れ馴れしく手を握ってんじゃないわよ!」
「ああもう、いいからお前少し黙れ!!」
◆◆◆
「はあ…ここなら誰の目もないな」
購買部から退散した二人は今は学園の屋上へとやって来ていた。
屋上のエリアは特に封鎖制限を為されている訳でもないので一般生徒も立ち入る事も出来る。それにこの場所なら先程の様に騒いでも変に注目される事もないだろう。
ようやく人の目を避けれる場所に辿り着いてホッと一息ついていると未だに少女と手を繋ぎ合っている事に気付く。
「いつまで握ってんのよバカ!」
「おっと悪い悪い…」
顔を真っ赤に染め上げながら少女は強引に手を振りほどく。
ようやく自由になれた少女はまるで威嚇している猫のように加江須の事を警戒して睨みつけていた。
「ア、アンタこんな所まで私を連れまわしてどう言うつもりよ。強引に襲い掛かる気なら覚悟なさい変態!!」
その場でバッとまるで格闘家の様な構えを見せる少女に彼は頭を抱えて疲れた様に長い溜息を吐きだす。
まるで馬鹿を相手している様な反応を目の前でまざまざと見せつけられて少女が噛み付いて来る。
「何よその反応は! まるで頭の悪い子供を相手しているかの様な反応を目の前で見せるなんて失礼なヤツね!!」
そう言いながら自ら距離を置いていた少女は一気に距離を詰めて掴みかかって来る。
「元々はアンタが悪いんでしょうが! このこのこの!!」
「うえっぷ、やめろじゃじゃ馬女!」
「誰がじゃじゃ馬女よ。私には伊藤仁乃って立派な名前があるんだから!」
「あーもー面倒なやつだな!!」
それからもしばしがなり立てる仁乃と名乗る少女を諫める事になった加江須。その結果貴重な昼休みを無駄に使ってしまったがようやく誤解を解く事に成功した。
大分興奮も落ち着いて来た仁乃はフンッと鼻を鳴らすとそのまま背を向けた。
「おいどこに行くんだ?」
「どこって決まってるでしょ。まだお昼だって買っていないのよ? あんたのせいで時間を無駄にしちゃったじゃないのよ」
頬を膨らませながらプンプンと擬音が周辺から出そうな雰囲気を漂わせながら屋上を後にしようとする仁乃であったが、背を向けると同時に彼女の腹部から盛大な音が響いて来た。
「……ぷっ」
「~~~~~!?」
彼女の腹の虫の鳴き声を聞いて思わず笑ってしまう加江須。
背を向けてはいるが間違いなく彼女の顔はさっきとは違う意味合いで真っ赤に彩られているだろう。
無言で速足で屋上から退散しようとする仁乃だがそんな彼女を背後から加江須が呼び止める。
「あー…よかったら食べるか?」
そう言いながら加江須は自分用に買って来たメロンパンを1つ差し出す。
「いらないわよ…」
仁乃は未だに熱が灯っている表情を向けながら断るが、そのタイミングで再び腹から間抜けな音が鳴り響いた。
「……ちょうだい」
「あいよ」
一刻も早く間抜けの腹の虫を黙らせるために素直に彼の親切を受け取る事にする仁乃。
こうして誤解も無事に解けた二人は屋上の入り口付近の壁に背を預けて座り込んでパンを齧っていた。
加江須は一口が大きいのでもうすでに完食してしまっているのだが仁乃の方はまだ半分近く残っている。
「……あによジロジロ見てさ。メロンパン齧る女子高生が珍しい訳?」
視線を感じたので隣を見てみると加江須がじーっと自分を見つめている事に気付きジト目で睨み返してくる仁乃。
「いやあれだけガミガミしていた割にはおちょぼ口なんだなぁって…」
「バカにしてんの。喧嘩なら買ってあげるけど?」
「いやリスみたいで可愛いなぁって」
「ごふっ! えほっ、えほっ……へ、変な事言ってんじゃないわよ!!」
まさかそんな返答が来るとは予想できなかった彼女は口の中のパン片が変な場所に入りむせてしまう。慌てて背中をさすってやると涙目になりながら彼女はキッと睨みつける。
「いきなりやめてよね。たくっ……」
可愛いと言われてムキになったのか残りのメロンパンを一気に食べつくしてしまう仁乃。しかし勢いよくがっつくのでパンの粉や砂糖が口元に付いて汚れてしまう。
「ああもう、ほらハンカチ」
「あ……ありがと……」
差し出されたハンカチをしばし受け取るかどうか悩む素振りをみせた彼女だが結局はハンカチを受け取ると口元を拭う。だが口を綺麗にした後も一向にハンカチの返還をしない彼女に首を傾げる加江須。
「おいもう返せよ」
「自分の口を拭いたハンカチをそのまま返せないわよ。ちゃんと洗って返すわよ」
ムッとした顔で『それくらいの常識はあるわよ』と言うとハンカチを胸ポケットの中へと仕舞い込む仁乃。
加江須としては少し汚れた程度気にはならないが意外と律儀な性格をしている。ファーストコンタクトが最悪だったのでてっきり傲慢なタイプかと思ったが意外といい所もあるみたいだ。
「……名前」
「え?」
「あんたの名前は何よ? 私だけ一方的に名乗るなんて納得いかないじゃん」
パンを食べ終わってしばしの後に仁乃は加江須の名前を尋ねて来た。
「1ー1組の久利加江須だ。改めて今朝は悪かったな」
「ん、別にわざとじゃないって分かったから良いわよ」
そう言うと彼女はゆっくりと立ち上がるとそのまま屋上から出て行こうとする。扉に手を掛けて屋上から出て行こうとする直前に彼女は加江須へと振り返った。
「パンありがとう。美味しかったわ」
そう言いながらニコっと笑みを向けてくれた仁乃。
初めて見せた彼女の笑みは今までの彼女とは打って変わりとても愛らしく思わず彼は見とれてしまっていた。
そのまま仁乃が消えてひとりとなった彼は小さな声で呟いた。
「あの笑顔は反則だろ。面倒な女だって決めつけていたイメージ大分変ったぞ」
そう言いながら先程の彼女の笑みが脳内から離れない加江須の頬はしばし熱が引いてはくれなかった。