蘇生戦士の身体能力
加江須の通っている高校、新在間学園。彼はその学園の1年生であり所属しているクラスは1-1である。ちなみにクラスは全部で1から5まであり、中々に大きな学園であるために部活動も多くスポーツでの成績もそれなりに好成績を収めている。とは言え別段加江須はどこの運動部にも所属はしていないのであまり関係はないが。それに今の彼が本気を出してどこかの運動部に所属すればかなりの好成績、を通り越して間違いなく悪目立ちするだろう。もはや一般人とは運動能力が比較にすらならないのだから。
建物の屋根を飛び跳ねて無事に時間内に自分のクラスへと到着した加江須。
いつもと変わらず朝一のクラス内は喧騒に包まれている。だが今の加江須の聴覚には彼等の声のボリュームはいつも以上に大きく聴こえて来た。
やっぱり聴覚の方も生き返ってからは強化されているな。しかしこんな何気ない朝の教室でも自分の超人化を実感できてしまうとは……。
正直まだ進化している聴覚に慣れていないために朝のクラスの喧騒を煩わしく思いながら担任の教師が来るのを待ち続けるのだった。
◆◆◆
担任の教師が来てから朝のホームルーム、そして授業が特に滞る事なく進んでいき今はもう昼休み前の4限目まで経過していた。
だが体育館に集合しているクラスの皆はあまり乗り気ではなかった。
「あー…何で午前中の授業に体育なんてあるんだよ。せめて5限目からとかにしてほしいぜ……」
男子生徒の1人が愚痴を漏らしながら授業がまだ始まる前だと言うのに疲れた様な顔をしている。もっと正確に言うのであればクラス内のほとんどが似たり寄ったりの顔色をしている。
ぶーぶーと不満を口にする生徒達を見て体育を受け持つ教師は檄を飛ばした。
「こらお前達、開始早々に嫌そうな顔をするな。まずはウォーミングアップに体育館を10周だ!」
屈強な体育教師が唾を飛ばしながら檄を飛ばして来たので仕方なくクラスメイト達はダルそうにしながら言われるがままに走り込みを始める。
最初の1、2周程度はまだ涼し気な顔をしていた皆であったがさすがに5周目付近から少し苦しそうな表情を浮かべ始める。とは言え体育系の部活動に勤しんでいる連中は余裕そうだ。その中で加江須も涼し気な顔をしながら走り続ける。
「お前…なんか余裕そうだな…」
加江須の隣を走っている男子が辛そうな顔で不思議そうにしながら加江須に話し掛ける。
別段運動関連の部活に所属している訳でもない彼が余裕そうな顔をし続けて走り続ける事に疑問を感じたのだろう。
「まあ…色々とあってな…」
さすがに馬鹿正直に超人化して蘇りました、などとは言えずに適当にはぐらかしておく。しかしやはり体力面も相当上昇しているようだ。いつもの自分であればこれぐらい走り込みをすれば息が上がっていたが。
その後も特に滞りなく授業は進んでいき、そして授業終了15分前になると教師から集合を掛けられる。
「よーし、残り時間はいつも通りスポーツ対決だ。そうだな…よし、今日はバスケでもするか」
教師から今回の種目を発表されて1人の生徒が内心でガッツポーズをしていた。
それはこのクラスのバスケ部でありレギュラーでもある男子の犠正一郎であった。
よし、ここはひとつ俺様が派手に活躍してやるか。
この犠正と言う生徒は一言で言えば目立ちたがり屋と言えばいいだろう。しかし問題なのは自己顕示欲が少し大きすぎると言う点であった。バスケ部内でも彼の性格には多少の難があると噂されているくらいだ。だがなまじ実力が備わっている為に誰も強く指摘できなかったのだ。
そして教師により対決のチームが仕分けされて5対5に分れる。
最初は男子達がコートに入り、残りのクラスメイトは壁際まで離れて見学。そして加江須は一番最初にコートに立っていた。
「くそ、アイツが相手かよ。ぼろ負け確定じゃん」
自分のチームメイトの1人が嫌そうな顔をしながら相手チームに居る犠正を見て溜め息をついていた。他のメンバーも始まる前から憂鬱そうな表情を浮かべている。
おいおいやる前から覇気が抜け切っているじゃないかよ。まあ相手にはバスケ部のエースの犠牲のヤツがいるしな……。
自分のチームは自身を含めて運動関連の部活に所属している人間は居ない。と言うよりも先生も先生だと思う。もう少しパワーバランスを考えて欲しい。だって相手チームは犠正以外にも運動部の人間が居るんだし……。
まあそんな不満を教師相手に馬鹿正直に言葉で伝えるなんて口が裂けても出来ないので無言でひと睨みだけしておいた。
そして本来なら相手チームの勝ち確定の勝負がスタートした。壁際で観戦している生徒達も勝敗が分かりきっているのか退屈そうな眼で試合の行方を見守っていた。
「おら行くぜ!」
さっそく犠牲が強引に味方からボールを奪い取るとドリブルしながら加江須のチームへと突っ込んで行く。
味方達は行く手を遮ろうとしているが全く足止め出来ずに軽々と突破される。
「さっそくまずは先制点ゲット!」
その勢いのまま犠牲はボールを持ってダンクシュートを華麗に決めようとした。
「よっと」
「ああ!?」
だが彼が飛び上がるよりも早く加江須はまるで気の入っていない声と共に犠牲からボールを奪ったのだ。まさか自分がボールを奪われるなどとは想像もしなかった犠正は目を丸くする。
一方でボールを奪った加江須はそのままドリブルをしながら相手チームのゴールを目指す。その道中で敵の生徒が止めに入るが加江須の目には彼等の動きがスローに見えた。
うおっ、相手の動きが見え見えだ。これなら余裕で躱せるぞ。
如何に運動神経抜群の運動部員と言えども所詮は一般人。蘇生戦士として蘇った彼の身体能力は例え神力を扱わずとも普通の人間では太刀打ちできないパフォーマンスを披露できるのだ。
ボールを奪い取ろうとする敵の攻撃を余裕綽々で避け続けて一気にゴール付近まで迫る加江須。だがそのすぐ背後に犠正が迫っておりもう一度ボールを奪い取ろうとする。
「あぶねっ」
「ぐっ、コイツ!」
だがまるで背中に目でも付いているのかまたしてもヒラリと回避されてしまう。そのまま加江須は助走もつけず軽くジャンプするとダンクを決めてやった。激しい音と共にリングを揺らしながら先制点を取った加江須。
「よし、まずは1点……あれ……?」
何やら周囲の空気が急にシンとした事に首を傾げてみるとクラスメイト達が目を丸くしていた。
しばし床を跳ねるボールの音だけが体育館内を支配していたが次の瞬間には味方の生徒達が一斉の驚きの声を上げ始める。
「うおスゲェなお前!!」
「お前確か帰宅部だよな? 何で今までバスケ部に入らなかったんだ!」
「え、あ…ああ……」
急に静かになったかと思ったらどうやら自分の一連のプレイに言葉を失っていたようだ。もちろん加江須とて神力の使役はしていない素の身体能力のみで試合を行っている。だがそれでもやはり一般人にとってはチート体質みたいだ。
加江須のチームの生徒達に騒がれて少し恥ずかしそうに照れている加江須。観戦している生徒達も彼の予想外の動きを見て騒ぎ始めていた。
その様子を離れて見ていた犠正は苛立ちを隠す事もなく加江須のことを睨みつけていた。
「調子に乗ってんじゃねぇぞクソが…」
バスケ部内ではエースともてはやされている彼からすれば確かにこの展開は面白くはないだろう。
加江須の周囲を囲んでいるクラスメイトを見て舌打ちをしながら犠正はボールを拾うとコート全体に対して怒鳴り散らす。
「いつまではしゃいでんだ! オラ、早く試合再開すんぞ!」
犠正の怒声でビクッとしながら皆が再び試合を再開する。
今度こそ自分の一流プレイを見せつけようとする犠正であるがまたしても加江須に呆気なくボールを奪われる。
「このっ!」
一度ならず二度までもボールを奪われた彼は額にビキリと血管を浮かばせて目を血走らせる。
元々は沸点が低い彼は完全に切れたのか意地になってボールを奪い返そうとする。だがその手段はとても荒々しく彼はタックルでもしようとしているのか体当たりをしてこようとして来たのだ。
しかしその反則行為も彼はあっさりと回避し、狙いが紙一重で避けた事で犠正はその場で派手に転倒した。
「ぷっ…」
「何アレ…くく…」
壁際の方で試合を観戦していた女子達は犠正の醜態を見て思わず吹き出していた。しかも打ち所が悪かったのか鼻血まで出ていた。
「おい大丈夫か犠正。鼻血が出てるな…保健室に行ってこい」
心配そうに駆け寄って来た教師の気遣いの言葉など彼の耳にはまるで入って来なかった。
彼の視線を釘付けにしているのは自分を差し置いて自分の味方チームの生徒からも羨望の眼差しを向けられている加江須だけしか映っていなかった。
「ふざけやがって……」
唇まで垂れ落ちる赤い果汁すら気にならない程に犠正は加江須に敵意の籠った視線を向け続けるのだった。
そんな彼の怒りなど露知らず加江須は今度はスリーポイントを華麗に決めていた。
あの野郎…この俺様に恥をかかせやがって。ぜってぇ許さねぇぞ……。
教師に促されて保健室へと大人しく向かう犠正であるが体育館を出る直前、彼は下唇から出血するほどに強く噛みしめながら加江須を睨み続けていた。
結局試合の方は加江須の活躍によって彼のチームの一方的な勝利となって終わったのだった。