未来の彼女との邂逅
ついに主人公の未来の彼女さんの登場です。まだ名前は出ていませんが……。
「だああああああ遅刻遅刻遅刻!!!」
朝一に自分の部屋で大騒ぎしながら寝巻から制服に着替えようと焦る間抜けな少年の久利加江須。
いつもであればこの時間はもうすでに家を出て通学路を余裕をもってのんびり歩いている筈の彼であるが今日は違った。もう目が覚めた時には既に遅刻までのタイムリミットが20分近くまで差し迫っていた。
「くそぉ、昨日深夜遅くまで妖狐についてネットで調べなきゃよかった!」
いつもであれば十分な睡眠時間を取れるようにどんなに遅くても夜11時には就寝している彼であったが昨日はネットで調べものをしていたのでガラにもなく夜更かしをしてしまったのだ。ちなみに調べものは自分の特殊能力のルーツを調べていたのだ。妖狐の力を使役できると言ってもそもそもの妖狐にどのような芸当が可能なのか知らなければ話にならないからだ。
そしてもう1つの理由は神力のコントロールの特訓を自室で行っていたからだ。最初は体内の神力をどのように扱えば良いか分からず四苦八苦していた彼であったが慣れてしまえば思いの他あっさりとコントロールが出来た。手足を深く考えもせず動かす事と同じように神力も慣れてしまえば力の籠め方も息を吐くように出来るようになっていた。
だがその特訓と調べもののせいで高校生活初めての遅刻の危機に瀕しているので今は後悔している。
「くそっ、もういっそ開き直ってのんびり行くか? いや待てよ……」
常人の身体能力と体力であるなら自分の家から大分距離が離れている学校まで20分未満の時間では到達しない。だが今の自分の身体能力ならば……神力で肉体に強化を施せば遅刻せずに済むのでは?
試しに昨日訓練してコントロールできるようになった神力を発動、脚力を強化して地面をダンッと蹴り出した瞬間――地面を蹴った彼の体はその勢いで走るのではなくかなり前方に跳躍していた。
「うおっ!」
決してそこまで強く地面を蹴っていないにもかかわらずまるで走り幅跳びの様にかなりの大ジャンプをした事に驚く加江須。昨日は家の中と言う事もあり強化した身体能力を狭い自室で披露はしなかったので予想以上の超人化に目を丸くする。
しばし呆然としていた加江須であったがすぐに我に返ると視線を上に向ける。そしてその場で軽く踏ん張り大ジャンプ、そのまま近くの家の屋根の上に飛び乗った。
「……地上を走ると目立つけど上空からなら目立たず最速で学校まで行けそうだな」
そう考えると加江須は次々と立ち並ぶ家の屋根や電柱に飛び乗って常人離れした跳躍を繰り返して移動を開始する。最初は少しおっかなそうにしていたがすぐに慣れたのか途中からは忍者の様に次々と屋根を飛び移って行き目的地へと目指してスイスイと進む。高く跳躍して空中に飛び出るたびにとても気持ちの良い風を感じる。
勢いに乗って一際高い跳躍をすると空を飛んでいた小鳥の群れのすぐ傍まで加江須がいきなり姿を見せたので慌ててその場を離れる小鳥達。
「ははっ、まるで鳥にでもなったようだ。すげー風を感じて気分爽快だな。なーんて言っている間にもうすぐ学校に到着しそうだな。そろそろ地上に降下しまーすっと…」
さすがに学校の目の前まで屋根渡りをして行けば目立ちすぎる。その為に上空から人気の少なそうな場所を見つけるとそこへ着地。そして何食わぬ顔をしながらそのまま通学路へと出て歩き出そうとする。
だが物陰から顔を出すと同時に加江須の目の前に運悪く同じ高校の少女が横切ったのだ。
「うお、あぶなっ!」
「きゃっ!」
そこまで勢いがついた訳ではないが軽く衝突してしまいのけぞってしまう加江須。
だが相手の少女の方は自分よりも大きく体制を崩してしまい前のめりになって倒れそうになる。
やばい、コケる前にはやく助けないと!
そう思いながら手を伸ばす加江須であるが目の前の少女はここで華麗な動きを見せた。ぶつかった彼女は顔面から倒れそうになるが地面にキスするよりも前に素早く右手を地面に付き、その腕を軸にして華麗な前方回転を決めて着地を決めてみせたのだ。
とっさの状況でベテランの体操選手のような見事な動きを見せた少女に純粋に驚く加江須。
「あっぶないわねぇ……ちょっとアンタいきなりびっくりするじゃない!!」
「わ、悪い悪い…」
効果音が付きそうな程に勢いよくビシッと指をさしながら睨みつけてくるツインテールの少女。自分と同じ制服を着てはいるが見知らぬ顔から他クラスの娘なのだろう。
目の前の少女は一言で言うなら美少女だろう。吊り上がっている瞳は勝気な性格を連想させる。ガミガミと開口している口からは八重歯が覗き、髪の毛は橙色のツインテールで瞳はルビーの様に赤い。そして何よりも一番目が付く場所は彼女の胸部だろう。起き上がる際にも目についたが目の前の少女のバストサイズは一般女子高校生の域をはるかに超えていた。今も腕組をしている自身の腕の中で零れそうになっている。
とは言え加江須が着目しているのはそんな部分ではない。今の一連の凄まじい反応の方に目を引いていた。
今の動き普通の女子高生の動きとはとても思えないぞ。もしかしてウチの体操部のエースか何かか?
そんな事を考えていると今までガミガミと一定の音量で注意をし続けていた少女の声が上ずった。
「ちょ、アンタどこを見てるのよ!!」
「え、何のことだ?」
いきなり慌てふためくような素振りを見せられて首を傾げていると彼女は顔を真っ赤にしながらこんなことを言って来た。
「アンタ私の胸ばかり見てるでしょ! こ、この変態め!!」
「なっ、いや違う誤解だ!!」
加江須はあくまで身体能力の方に注目していたのだがしかしその為に視線が彼女の肉体を捉えていたのも事実。それ故にあらぬ方向への誤解が発生してしまう。まあ実際に豊満な胸だな~とは内心で思ってはいたが。まあそれよりも今は誤解を解く方が先決だ。
「俺はただお前の身体能力が凄いなぁっと考えていただけだ。やましい事は考えていないって」
「ししし身体ですって! つまりアンタは私の体を見ていたって事でしょこのエロ魔人!!」
「どうしてそうなるんだ! 身体能力って言っているだろ!!」
一向に解けないあらぬ誤解にさすがに加江須の方も憤りを感じ始めたのか声を大にして言い返し始める。互いにギャーギャーと通学路で喚いていれば同じく登校中の学生の目にも触れるのは必然、通り過ぎて行く皆が少し苦笑気味な笑みを浮かべながら通り過ぎて行く。
「朝から元気だなぁ」
「朝から同級生の痴話げんかかよ…」
さすがに周りの目が気になり始めて羞恥心から黙り込む二人。そのままこの場を急いで離れようと学校まで早歩きを始める二人なのだが……。
「ちょっと付いてこないでよ変態!」
「お前に付いて行っているんじゃないわい!」
最終目的地が同じ学園の為に言い争いながらも並んで歩き続ける二人。
結局はこの二人は校門を通り抜けるまではほとんど並行して歩き続け周囲からは仲が良い友人同士、もしくは恋仲の関係にすら見えていたのだった。
◆◆◆
「どう言う事なのよ……」
下唇を強く噛みしめながら愛野黄泉は自分が先程見た光景を必死に否定し続けていた。
加江須がツインテール少女と言い争っている最中、実は少し離れた物陰で彼女はあの二人のやり取りを目撃していたのだ。
彼女は素直に加江須本人には自分の想いを告げる様な真似は出来ない性分ではあるが彼の事は誰よりも深く知っているつもりだ。
例えば彼の通学時間だって彼女はきっちりと把握しているのでいつも朝の通学ではわざと偶然に遭遇した体を装って彼の隣を横切る。そうしてやれば彼はいつも笑顔で挨拶をしてくれるのだ。まあその挨拶に対しての返事は素直になれない余りの罵詈雑言なのだが。
そして今日もまた偶然を装って彼の傍まで寄り付こうとしていた。だが加江須の姿を見ると同時に彼女は息を呑む事となる。何故なら彼は全く見知らぬ女子と何やら熱く話し合っていたのだから。
実際には加江須は誤解を解こうと必死になっていただけなのだが彼女の眼には二人がとても仲睦まじい良い雰囲気を纏わせている様に見えてしまったのだ。
「何で私以外の女の子と話しているのよアイツは…!」
黄泉はガリガリと親指の爪を噛みながら加江須に対して理不尽な怒りを滲ませていた。
「私と言う幼馴染が居ながらイイ度胸ね。次に顔を合わせたら少し教育でもしてやろうかしら」
愛野黄泉は久利加江須が自分以外の異性と楽し気に話す事を許しはしない。実際に彼女はこれまで学園内で彼がクラスメイトの女子と世間話をしているだけの光景を目撃しようものなら即座に邪魔に入り自分以外の異性に恋愛感情を抱かせない様に働いて来てもいた。しかしその方法はとても醜悪、幼馴染として長い時間一緒に居た事で彼に対しての悪い部分を傍にいる女性に話して彼を嫌われるように仕向けると言うものなのだ。彼女の行いのせいで加江須の事を露骨に避ける女子も複数人生まれてしまっても居る。
「とにかく昼休みにでもアイツを問い詰めるとしようかしら。アンタは私だけの気を引こうとしていりゃいいのよ久利」
そう言いながら彼女は一切の光を失った乾いた瞳をしたまま口元に弧を描いていたのだった。
だが彼女は気付いていない。加江須はもう彼女に対して一切の愛を抱いていないと言う事実に。今までは幼馴染であり意中の人であったとして彼女の蛮行も許し続けて来た。しかし今の彼はもう黄泉など眼中にすらないのだ。それどころか怒りや恨みすら抱いている。
だが彼が生き返った事で世界の歴史は歪み修正された。それ故に修正前の世界で自分の照れ隠しによって愛想をつかされた事に彼女は気付けず今日も身勝手な自分の我儘を押し付けようとするのだった。
だが彼女はすぐに気づかされる。もう彼が自分に優しく語り掛けてくれる事が無いと言う絶望の現実を。