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廃校での戦闘 最凶妖狐の瞬殺劇


 「ぐ…ゴホッゴホッ……」


 ゲダツ女の蹴りによって近くの空き教室へと叩きこまれた加江須はほんの数秒だが意識が飛んでしまっていた。

 目が覚めたと同時に蹴られた箇所から凄まじい激痛が走り、そして咳き込みながら血反吐を床に吐き出してしまう。


 たかだか蹴りの1発でこの有様…これがあの女の本気だってのか…!?


 痛みの余り呼吸が思うように整わない。体を動かそうとすれば折れた骨がジクジクと内部から痛んだ。しかしここで諦めて寝転がるつもりは毛頭なかった。


 仁乃と黒瀬が今も戦っているはずだ。俺が…男の俺がここでへばってどうする!?


 今にも膝をついてしまいたい、寝転がってしまいたい、そんな弱音を吐く自分を叱責しながら空き教室を出る加江須だがその瞳に入って来た視覚情報に彼の頭は真っ白に染まる。


 何故なら加江須の視線の先では自分の恋人が自分以上のダメージをその身に刻んでいたのだから。

 背中は血でぐっしょり濡れ、腕の片方は歪な方向に曲げられた形跡まである。


 加江須は自身の脳内からブヂンッと言う音が聴こえた気がした。


 「………許さねぇぞ」


 しばし真っ白の頭もすぐに一気に冴え渡り怒髪天を衝く怒りが腹の底からマグマの様にグツグツと湧き上がってくる。


 彼の怒気に当てられて仁乃と氷蓮に向かい合っていたゲダツがゆっくりとこちらへ振り返り怒り燃える加江須と目が合った。


 いつの間にか加江須は妖狐の力を解放しその姿は変貌していた。


 「随分と大胆なイメちぇんね。まるで私と同じ人の皮を被ったゲダツよ」


 頭部から生えている狐の耳と九つの尻尾は完全に人離れしており確かに人と言うより自分と同じゲダツと言った方がしっくりくるだろう。

 だが軽口を叩きながらも彼女は内心で冷や汗を掻いていた。容姿の変貌以上に放たれる圧力が変身前とは比較にならないほどに重苦しくなっていたからだ。


 「(どうやら少し遊び過ぎたみたいね。ここからは本腰を入れてこの餓鬼共を殺すとしましょうか)」


 今までは獣化の力を解き放ってもまだ彼女は三人に対して全力を出していなかった。だが戦わずとも一目で加江須の今の戦闘力が油断ならぬものだと悟り気を引き締める。


 しかし彼女がその気になった時、もうすでに加江須は彼女の目の前まで移動を終え、さらには拳を振りぬいていた。


 あ……これかなりヤバいわね……。


 辛うじて腕を引いてパンチを放とうとする動作は視認できたがそこまでだった。

 彼女の肉体は動きに付いてこれず加江須の拳は深々と腹部に突き刺さり彼女の身体はくの字となって大きく吹き飛ばされる。


 「オガァッ!?」


 吐血と共に一気に吹き飛んでいくゲダツを見ながら加江須は冷酷な口調で告げる。


 「俺の女をここまで痛めつけたんだ。お前…もう容赦しねぇぞ。今のうちに念仏でも唱えておけ」


 そう言うと加江須はゲダツではなく倒れている仁乃の方へと一瞬で移動する。

 まるで空間を切り取ったかのような移動速度は氷蓮の目にはあたかも瞬間移動したかのように見えた。


 「大丈夫か仁乃。今すぐ治療するからな」


 そんな呆然としている氷蓮を放置して加江須は仁乃を抱き寄せる。そして仁乃を抱きしめている加江須の手からは炎が燃え上がりそのまま彼女の全身を包み込んだ。


 「てめっ、何してやがんだ!?」


 自分の最愛である恋人を炎上させて氷蓮が何のつもりなのかとがなり立てた。

 だが全身を炎で炙られている筈の仁乃は苦悶を一切表情に出さず、それどころか炎の中で彼女の折れた腕や裂かれた背中が癒されているのだ。まるでビデオテープを逆戻しにしているかのように彼女の肉体のダメージは綺麗さっぱりと修復された。

 重大なダメージで意識が薄れつつあった仁乃だがダメージが全て回復し意識も覚醒する。


 「とりあえず傷の方は全て治癒しておいた。もう大丈夫か仁乃?」


 「う、うん。凄い…折れた腕や裂かれた背中が治ってる。加江須ってこんなことできたの?」


 「いや、何故か妖狐の力で何とか出来そうだって頭の中で浮かんでさ」

 

 「何よそれ。相変わらず自分の力なのに適当すぎでしょ……」


 呆れた様な視線を向けながら仁乃がそう言う。

 あれだけの深手の傷を一瞬で癒す事も十分凄まじい行いではある。だがこの時に氷蓮は治癒の力よりも彼の戦闘力の向上の方に戦慄すら抱いていた。


 コイツ、以前の自然公園での戦いの際にも一瞬の間変身していたがその時はここまで極端にパワーやスピードは上昇していなかったはずだ。少なくとも以前の変身したコイツじゃ上級タイプのゲダツを一撃で吹き飛ばせるほどの力なんてあるとは思えなかったが……。


 これまで何度か今の妖狐状態に変身して来た加江須。この時はまだ彼自身は気付いていなかったが実は彼は変身する度に着実に妖狐の持つ本来のポテンシャルを引き出していたのだ。

 戦闘力の向上は無論、妖狐は神話上では多種多様の力を持っていた。今までは単純に戦闘力を引き上げる事しか出来なかった加江須だが今回の変身で治癒の力を発現したのだ。そして発現した能力を彼は本能で扱って見せたのだ。

 自分の愛する恋人から苦痛を取り除いてあげたい、その気持ちがこの治癒の力を発現させたのかもしれない。


 そして戦闘力もこれまで以上に膨れ上がり、加江須に殴り飛ばされたゲダツ女は仰向けに倒れながら呼吸を荒げ血を吐いていた。

 

 「ガッ…! かひゅーっ…かひゅーっ……!」


 ただのパンチ1発でグロッキーになりかけながら彼女は歯を食いしばって立ち上がる。

 起き上がった視線の先では自分がボロ雑巾にしたはずの仁乃が完全回復しており、そして今も氷蓮の額の傷が加江須の炎によって治療されている真っ最中だった。


 た、ただのパンチでこの威力。あの狐ヤロウ、ここまで極端に化けるなんて…!!


 太古より狐は人を化かすものと言い伝えられているが彼女もまたその1人であった。

 変身前はまるで相手にならなかった取るに足らない下等な人間。それがここまで極端なパワーアップをするなんて予想も出来なかった。

 腹部から未だに抜けない鈍痛を無視して立ち上がるゲダツ。


 加江須の方も氷蓮の治療が無事に終了し改めてゲダツと向かい合う。


 「仁乃と氷蓮は少し下がっていてくれ。後は俺が片を付ける」


 自信満々の様子で自分の前に立つ加江須に対してゲダツは苛立ちを覚える。

 

 この……私の相手なんて自分だけで十分だと言いたい訳!? 脆い人類風情が……!!


 下級や中級のような質の低いゲダツと自分は違う。自分は最上位のゲダツ、あんな十代の小僧に後れを取るなんて……!


 自分は常に相手を痛ぶり弄ぶ狩る側の立ち位置のはずだ。だがこれではまるで自分が狩られる側ではないか。ふざけるなふざけるふざけるな!!!


 「調子に乗ってんじゃねぇぞこの腐れ狐があぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 一気に立場が逆転した事による焦りと怒り、様々な感情が複合し爆発したゲダツは自らの特殊能力を完全開放する。

 彼女が咆哮を上げると同時にまだ人型を保っていた彼女の肉体は一気に変形していく。


 「ウガアアアアアアアアア!!!」


 廃校全体が咆哮によって揺れ動く。

 ゲダツ女の風貌はもう完全に下級や中級と同じ獣型のものへと変わり果てていた。しかし彼女の場合は獣化によって変身しているのでその実力は下級や中級とは比較にならない。

 ゲダツの口から放たれる蛮声に背後で控えている仁乃と氷蓮の顔が歪んでしまう。だが二人とは対照的に加江須は冷静沈着な面持ちでゲダツを見据えている。


 「グガアァァァッ! ソノ目ガ気ニ入ラネェ! ソノ生意気ナ眼ヲヤメロオォォォォォ!!」


 真っ赤に充血した瞳を向けて未だに焦りを見せない加江須に感情むき出しで怒声をぶつけるゲダツ。

 獣へと変貌した事で彼女はダミ声になっており聞くに堪えない声色に思わず不快そうに加江須は眉を潜めた。


 そのどこまでも自分を舐め腐った態度にゲダツは堪忍袋の緒が切れたようでなりふり構わず加江須へと目掛けて突進して行く。その行動には作戦もクソもない。ただ感情赴くまま暴走した突進だった。

 古びた廃校の床をバキバキと踏み砕きながら猛突進してくる異形に対して加江須は迎撃態勢を整える。


 そこからは本当に一瞬の出来事であった。


 加江須は九本の尾を凄まじい速度で前方に伸ばした。そのままこちらへ猪突猛進してくるゲダツの全身を一気に絡めとった。そしてゲダツの全身に巻き付けた尾から狐火を放ちゲダツは一瞬で全身余すことなく燃え盛る。

 妖狐から与えられる地獄の業火で全身が一気に焼け爛れ苦悶の悲鳴を上げるゲダツ。だがその悲鳴は一瞬で途絶える事になる。体毛を焼却しズルズルとなったゲダツの肉を締め付けている尻尾を全力で力を籠めて四方へと引く。その結果ゲダツは肉片となってバラバラに千切れて散らばった。


 炎が引火している肉片はそのまま小さな光の粒となってその場から完全に消失した。


 「す、凄い…」


 仮にも最上位の個体である上級ゲダツを一瞬で屠ってしまう彼氏の姿に少し頬を引き攣らせながら賞賛の言葉を漏らす仁乃。その隣に居る氷蓮に至っては声も出せずに佇む事しか出来なかった。

 だが何にしてもこれでこの廃校のゲダツを無事に討伐できたと思い胸をなでおろす仁乃――そんな彼女の隣を加江須の伸ばした尻尾が高速で通過した。


 「え……?」


 加江須の行動が理解できず呆然としてしまう。

 もう倒すべき敵も倒したはずなのに自分の背後目掛けて攻撃を繰り出す加江須に疑問を浮かべつつ振り返る。

 仁乃が振り向くとそこには加江須の伸ばした尻尾、そしてそれを傘を盾の様に扱い防御している女性が立っていた。



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