廃校での戦闘 妖狐激怒
「さて…それじゃあ行くわよ」
今まではどこか遊び半分だった上級タイプのゲダツの雰囲気がガラリと一変した。
まるで研磨された日本刀のような鋭さを兼ね備えているその迫力に加江須たちは全神経を集中させる。ほんの些細な油断すらここからは一切見せてはならない。
そう意識していた筈だった。一瞬でも気を抜けば死ぬ、そう自身に言い聞かせていた筈だったの。
だが次の瞬間には加江須は大きく吹き飛ばされていた。
「え…?」
「あん?」
3人の中で中央に立っていた加江須が突如として廊下の最深部まで吹き飛ばされていた。
そして吹き飛んでいった彼の代わりの様に脚を突き出した状態でゲダツがそこに立っていたのだ。
「どうやら速すぎて見えなかったみたいね」
事態の処理に追いつけず呆然としている仁乃と氷蓮に対してゲダツは小馬鹿にするような笑みと共にそう呟く。
彼女が行った行為は本当に単純だ。ただ速く移動して加江須を蹴り飛ばした。言葉にしてみればこれだけのなんてことない行為。だが問題なのはその一連の行動を終えるまでの速度にあった。何しろ吹き飛ばされた加江須ですら自分の身に何が起きたのか視認できなかったのだ。
「何をぼーっとしているのかしら? もしかして戦意喪失してしまった?」
無防備に仁乃と氷蓮、二人の蘇生戦士の間に立っている彼女は攻撃してこないのかと二人へ挑発する。
その言葉に我に返った二人は瞬時に氷で造形した剣、糸を束ねて作り上げた槍を形成する。その武器構築の速度は過去一番の速さだったのかもしれない。
だが武器を作り終えた次の瞬間には二人の体はそれぞれ左右の壁に激突していた。
「あが…!?」
「う…が…!?」
「遅いわね。武器を作っている間に隙だらけで余裕でそれぞれに蹴りをお見舞いできたわよ?」
そう言いながら髪をかき上げながら見下した笑みを二人へと向ける。
「舐め、るなぁ!!」
語気を荒げながら吹き飛んだ加江須が一気に跳躍して女の元へと突撃する。
両脚に神力を籠めて床を踏み砕きながら一気に女の眼前まで接近した加江須に対して女は冷静に繰り出される拳をいなして行く。
目のも止まらぬ機関銃のような拳の雨を浴びせ続ける加江須だがその拳は掠りすらせず焦りが浮かぶ。
クソまるで当たらねぇ! 柳に拳を打ち付けているみたいだ!
凄まじいラッシュを繰り出してもまるで当たらず逆に拳の合間に女の拳や蹴りが的確に加江須の肉体を打ち抜いて行く。
全身を神力で強化しているがその一撃一撃は重く彼の口の端からは吐血が漏れる。
「調子乗ってんじゃねぇぞクソアマ!!」
「こんのぉおおおおおおお!!」
それぞれ壁に叩きつけられた仁乃と氷蓮は口から垂れる血を拭いながら加江須の援護に回ろうとする。
だがゲダツはギアを上げて一瞬で加江須の背後に回り込む。そのまま彼の肉体は真横に蹴り飛ばされ加江須まるで紙切れの様に吹き飛んでいく。
「が…あ…!?」
女の足蹴りを受けると同時に肋骨の骨が折れる音が内部から響いた。それも1本ではなく複数本だろう。口からはゴブッと言う不快音と共に血の塊を吐き出してしまう。
痛みで呻きながら血を吐く加江須の体は近くの空き教室へ吹っ飛び、そのまま窓ガラスを割りながら突っ込んで行った。
「加江須…! よくもおおおおおお!」
「バカッ、怒り任せに突っ込むな!」
自分の恋人が蹴り飛ばされていき大きく血反吐を吐く光景を見て頭に血が上った仁乃は両手に槍を持ち女の元へと驀進する。
短絡的に突っ込む仁乃へ迂闊だと怒鳴る氷蓮だがもう遅い。
「冷静さを欠いた牙突なんて当たってあげない♪」
そう言いながら紙一重で仁乃の槍を躱してみせるゲダツ。
そのまま彼女は真っ直ぐ突き出された仁乃の左腕を掴むとピンポイントで肘を逆に曲げて骨をへし折ったのだ。
「あ、ああああああああッ!?」
片腕を破壊されて思わず痛みでその場で蹲ってしまう仁乃。
敵の足元で膝をついている彼女に対してゲダツは冷酷に彼女を真上から踏み抜こうと足を持ち上げる。
「ずらああああああああ!」
「おっと危ない」
だが仁乃の頭部を踏み抜こうとするよりも早く氷蓮が大量の氷柱をゲダツの上半身目掛けて射出した。しかしその攻撃を彼女は上半身を後ろに反らす事で回避して見せる。
逆方向へとへし折られた腕を押さえながら仁乃はその隙に背後へと跳ぶ。
痛みの余り脂汗が流れ眼の端には涙が滲んでいるがそれでもその眼は闘志を漲らせている。
「思いのほかやるじゃない。なら…こっちも本腰入れようかしら」
そう言うと同時に女の纏う雰囲気がさらに変化したのだ。威圧感が増しただけでない、言いようの無い得体の知れない圧力を二人は叩きつけられる。
そして二人が息を呑んだ次の瞬間に女の肉体に露骨な変化が起きた。
女の頭部からは獣の耳が生え、臀部からは太い尻尾も生えており、口元と指先からはそれぞれどんな強靭な物でも嚙み砕き、そして引き裂く事が容易そうな凶暴な長い牙と爪が生えていたのだ。
女は長い爪の先で自分の腕を小さくなぞりながら仁乃たちの事を恨めしそうに見つめて口をゆっくりと開いた。
「ああもう我ながらこの姿は醜くて嫌になるわ。自分の能力ながら辟易する」
今までは普通の人間と何も変わらない容姿であったが今は完全な異形だった。しかも所々に人間らしい部分も残っており通常の獣タイプのゲダツよりも不気味さが際立つ。
「変身能力でも持っていたのかテメェ? それが奥の手ってやつか」
氷蓮が冷静さを保とうとしながらもそう質問をすると彼女は髪をいじりながら嘆息する。
「上級タイプは人らしい容姿だけじゃなく特殊能力も備えているわ。そして私の能力は獣化の力、純粋な戦闘力の底上げよ。とは言えこの姿は本当に嫌いなのよ。さっきまでの美しい姿に比べてあまりにも獣じみていて野蛮味が風体にありありと曝け出されている感じがするでしょ? まあでも――戦闘力の上昇具合は本物なんだけどの」
そう言い終わったとほぼ同時、もう既に氷蓮の眼前にまで女は移動していた。そして鋭利に伸びた爪を横に一閃して彼女の視界を潰そうとする。
爪が振るわれると同時に両手を前にかざし氷の盾を前面に展開する。
「そんな薄い壁じゃ防げないわよ」
女のその言葉を証明するかのように氷蓮の張った氷の盾をアッサリと切り裂きその爪は彼女の額を横一文字に割いてしまう。
「あがっ…てめ……」
幸いにも氷の盾が目くらましになったようで眼球を裂かれる事はなく額の傷も頭蓋には届いていない。だが目の上から垂れて来る血のせいで視界が塞がってしまった。
ま、まじい…血が目に入って前がよく見えねぇ…!?
何とか目元を拭って視界を回復させようとするがその隙を相手が見過ごすはずもない。
「まずは一匹ね」
一瞬で背後に回り込んだゲダツは既に腕を振りかぶり今度こそ氷蓮の命を切り裂かんと構えている。だが血で視界が封じられている彼女は後ろに回り込まれた事にすら気付いていない。
「サヨウナラ」
必死に目を拭っていた氷蓮の耳に聴こえて来た女の冷淡な別れの言葉、彼女の脳内では不味いと言う単語が浮かぶが手遅れだった。
そしてゲダツの爪が氷蓮の背中へと振り下ろされる。
「だめえぇぇぇぇぇ!」
だが背中を裂かれる痛みよりも先に響いてきたのは仁乃の絶叫であった。
その叫びの直後に仁乃の手によって真横に弾き飛ばされる氷蓮だが、そうなれば割り込んで来た仁乃が今度は危機にさらされる。
仁乃が氷蓮を体当たり気味でゲダツの攻撃の軌道から強引に逸らした次の瞬間だった。彼女の背中に激痛と灼熱の二つの感覚が降り注がれる。
「あら、順番が変わってしまったわね」
「あ…うぅ……」
割り込んで来た仁乃の背中を爪で深く切り裂いた女は付着した彼女の血を舐めとりながら小さく薄笑いを浮かべる。
自分を庇い代わりに傷ついた仁乃を視界が回復した氷蓮は抱き寄せながら怒鳴った。
「ぐっ、お前何してんだよ!? 俺なんぞ庇いやがって!!」
「仕方ない…でしょ。今は…仲間なんだから…」
仲間と言う単語を聞いて氷蓮は思わず唇を噛みしめる。
彼女はあくまで報酬目当てで加江須にも仁乃にも仲間意識など殆ど抱いていなかった。にもかかわらず自分の為に身を挺して守ってくれた彼女の言葉に涙腺が緩みそうになる。
「美しいお涙ちょうだい劇ねぇ。そう言う人間は大好物よ」
「ぐっ、この害獣が…」
倒れている仁乃を守るように彼女の前に立ち無数の氷柱や両手に造形した剣を持ち目の前の異形と対峙する。
だが実力差が明確な状況にゲダツの不敵な笑みは崩れない。そのままペロリと舌なめずりをしつつ1歩1歩と二人との距離を縮めていく。
だがあと数歩で手が触れる位置まで歩くとゲダツ女の表情が一変した。
自分を無謀にも狩ろうとした蘇生戦士の少女二人を次の一撃で仕留めようとしていた。だが背後からまるで刃物で全身を切り刻まれるようなプレッシャーを感じたのだ。
「……何?」
今まで澄まし顔をしていた表情を引き攣らせながらゆっくりと背後を振り返る。
そして振り返る視線の先では九本の尻尾を携えた妖狐が立っていた。
「お前…仁乃に一体何をした?」
それはまるで地獄の底から響くかのような相手を戦々恐々させる声。
今まで汗一つ掻かずに余裕を持っていたゲダツ女は一瞬で臨戦態勢に入る。
だが彼女が構えを取ろうとした時には既に加江須の拳は深々と女の腹部にぶち込まれていた。
「オガァッ!?」
血反吐と共に一気に吹き飛んでいく異形を冷めた目でみながら加江須は呟く。
「俺の女をここまで痛めつけたんだ。お前…もう容赦しねぇぞ」
上級タイプと言うゲダツの最上位種である彼女は踏んでしまったのだ。虎の尾ならぬ狐の尾を……。




