廃校での戦闘 戦闘開始
廃校の敷地を通り抜け遂に玄関を超えて廃校内に入る事だできた三人。だが廃校内に侵入した瞬間に三人にのしかかる空気がまた一段階重くなる事を自覚した。一瞬だが両肩に置き石でもされたかの様な感覚にそれぞれが顔を歪ませる。
校内に踏み込んだ瞬間に嫌な圧迫感が強まった。もし俺が蘇生戦士になってから初めてこの学校に潜んでいるゲダツと出会っていたら吐いていたかもな…。
そんな弱気な事を内心で考えつつも自分の後ろに居る二人は何が何でも守り通すと固く決意し、先陣を切って学園の中へと足を踏み入れて行く。
二人も前を歩いてくれている加江須の背中を頼りに後へと続いて行く。
玄関を超えてから１階の廊下付近を歩いていると何やら騒がしい気配を感じ取った加江須たち。しかしソレは冷たいゲダツの気配ではなくもっと感じ慣れた気配だった。学園などに居れば当たり前に感じる多数の人の気配だった。
その気配を感じたと同時、２階に続く階段から複数の人間の声が聴こえて来た。
「ちょっと何？ なんか騒がしいんだけど…」
「ああ、俺たち以外に誰かいるな。でもゲダツじゃない、アイツ等特有の吐くような気配も感じないしな…」
仁乃と加江須が階段付近を注視していると、そこから複数人の青年達が１階へと降りて来た。
「おお、居た居た！ おい居たぜお前等！」
現れた青年の１人が加江須達を指差しながら仲間達に呼び掛ける。すると遅れて他の連中も加江須達に気付き、全員が騒ぎ立てながら２階から降りて来て加江須たちの前に立ちふさがる。
「おおう、間近で見たらどっちもめちゃカワイーじゃん！ こんな場所に何しに来たんだよ～」
「迷っちまったってかぁ？ ならオレ等がエスコートしてやるよ」
欲望全開のいやらしい笑みと共に青年達は仁乃と氷蓮を舐めまわすように見ていた。
その下心が籠った視線が気持ちが悪く仁乃は無意識に加江須の背に隠れた。勿論これはあの連中が怖かったわけではない。ただ連中の向けてくる視線に吐き気すら感じるほどに気持ちが悪く生理的に耐え切れなかったからだ。逆に氷蓮は自分を性的に見られ苛立ちを隠さず連中を睨みつけていた。
氷蓮と違い加江須の背に隠れる仁乃のその仕草に男どもはテンションが高まる。
しかし大事な恋人を下卑た眼で見られて加江須が黙っている訳が無い。興奮気味の男共に加江須が低い声で警告をする。
「おいお前等、悪い事は言わないからこの二人にちょっかいを出す事も、この廃校に留まる事もやめて置け。どちらにしても悲惨な目に遭うぞ」
恋人を視線で汚され苛立ちを感じつつも加江須が冷静さを何とか保ちながらそう言ってここから今すぐ立ち去るように促す。しかし彼が口を開いた途端に男共の態度が一変して血走った眼をしながら唾を飛ばしてがなり立てる。
「うるせーんだよコラァッ！ てめぇは口を開くんじゃねぇよ！！」
「こっちは男に用はねぇんだよ！ 空気読めやボケッ！！」
加江須が口を開いた途端に態度を一変させる男共の露骨な態度に仁乃と氷蓮が心底嫌気がさした表情をする。
「何よアイツ等…下心丸出しじゃない」
仁乃は心底嫌だと言った顔をしながら無意識に加江須の袖を掴んでいた。
そんな彼女の彼を頼る仕草に不良共は益々興奮したのか下衆なセリフを連発して叫び出す。
「おいおい見せつけてくれるじゃねぇかよ」
「まあいいじゃねぇか。こういう野郎から女を奪うのは爽快だからな。今すぐにフクロにしてやるから待ってろよヘタレ君」
「その後はそこの二人とはちょーっと遊ばせてもらうぜ」
そう言って加江須を睨みながら距離を詰めてくる不良共。
しかしゲダツと何度も戦闘を繰り広げている加江須からすれば今更不良など恐れるに足らず、むしろ自分の恋人を襲おうとするその根性に怒りが爆発寸前であった。
「まったく…黙っていれば人の彼女を好き放題するだぁ？ そっちがその気なら俺も力づくで追い出すとするか…」
拳をボキボキと鳴らしながら光を失った瞳を目の前の馬鹿共へと向ける加江須。
「おいおい彼女の前だからってカッコつけんなよヒョロ男くーん？」
「別にいいじゃん。さっさとボコってそっちの女たちと遊ぼーぜ」
粘着質な視線を仁乃へと向ける男共に加江須の額に青筋が浮かぶ。
そんな彼に対して氷蓮は欠伸をしながらもう我慢せずに手を出してしまってもいいんじゃないかと促し始める。
「もう力づくでここから追い出しちまえよ久利加江須。こんな奴等に加減なんてする必要なんてねぇだろ。お前が躊躇ってんなら俺がやってやんよ」
そう言いながら加江須を押しのけ前へ出る氷蓮、そんな勇ましい彼女を見てゲラゲラと笑い声を上げる屑共。
「勇ましい女だねぇ。そう言う女ほど屈服させがいがあるんだよなぁ」
そう言いながら男の１人がポケットから光物を出して勝ち誇った様なムカつく顔をする。
どうやら刃物でも出せばビビッて大人しくできるとでも勘違いしているのだろう。
たく…めんどくせーな。クソヤローどもが…。
正直こんな小物の相手なんて疲れるだけだが口で言ってもこの手のタイプのオツムでは理解できないだろう。氷蓮が舌打ちをしながら拳をポキポキと鳴らし、死なない程度、だがそれ相応に痛い目に遭わせようと一歩前へと出ようとした――だが足を一歩踏み出すと同時に氷蓮は勢いよく後ろへと飛び退いた。
「ああん？ どうしたんだお嬢ちゃぁん？」
突然後方へとバックステップをした氷蓮にナイフを持っていた不良が笑いながら距離を縮めようとする。大方自分の見せたナイフにビビったのかと思っていた不良であるが、氷蓮の視線は男ではなくその背後に向けられていた。それは彼女だけでなく、加江須と仁乃も同じ方向に視線を向けて固まっていた。
「ああん、お前らどこ見てんだよ？」
加江須たちの視線が自分たちではなくその更に後ろに向けられていると分かり不良達も全員揃って後ろへと振り返った。
１階の廊下上に居た全員が背後を振り向くと同時、２階に続く階段からカツンカツンと音を鳴らしながら一人の女性が降りて来た。
「あらあらあら、何やら面白そうな状況じゃない？」
階段から降りて来た女性は淡いピンクの髪をした美しい女性だった。その美しすぎる容姿に今まで殺気立っていた男達は目の前の加江須達の事を忘れてうつつを抜かす。
その中で一番後方に居た男の１人が階下へと降りて来たその女性に下卑た笑みを添えて近づいて行く。
「おいおい美人な姉ちゃん、こんな所で何してるんだよ？」
下種な笑みを浮かべながらホイホイと謎の女性に近づいて行く男であるが、彼が謎の女性の体に触れようとする直前、その光景を見ていた加江須が不良達にあらん限りの大声を出して叫んだ。
「その女に近づくなぁぁぁぁぁぁぁぁ！！！！！！」
まるで廃校全体に響くほどの凄まじい叫び声にその場にいた不良共の体は一瞬だけ硬直する。しかしすぐその後に加江須に対して苛立ったように叫び返してやる不良共。
「ああっ、なんでお前に偉そうに指示されなきゃなんねぇんだよ！？ コイツもお前の知り合いかよ！！」
「違うわ馬鹿野郎！ いいからその女は危険だから離れろと言っているんだよ！！」
「はあ？ 何わけわかんねーこと言ってんだ？ それよりもお前の女共ともそろそろ遊ぼさせてもらおうか？」
加江須の言っている意味が理解できず馬鹿にするかのように鼻で笑う不良共。
だが続けて彼の両隣りに居る仁乃と氷蓮の二人も焦りを顔に浮かべながら加江須に続いて不良達へと今すぐその女性から逃げるように警告を発する。
「加江須の言う通りよ！！ その女から離れなさい！！」
「俺なら半殺しで済ませられるがそいつは別だ！ テメェ等命が惜しけりゃ早くこの場から失せろボケ！！」
加江須に続き仁乃と氷蓮もこの女性から離れるように必死に促すので不良共はますます頭を捻らせる。見たところあの三人とこの謎の美女は知り合いと言った間柄ではないようだが何を一体慌てているのだろうか？ 先程からあの三人はこの美女を危険だ危険だと言うがどう見ても危険そうな人物には見えない。
不良共が訳も分からず怪訝な表情で首を傾げているとピンク髪の女性は不良達よりも奥に居る加江須たちに話しかけ始める。
「やっぱりそこに居るあなた達３人は蘇生戦士？ 私の討伐にでも来たのかしら？」
「……だったらどうだって言うんだよ？」
「どうやら久しぶりに激しい運動ができそうね」
加江須たちの正体を見抜いてもなお微塵も焦りを見せず余裕の顔を維持し続ける女。それは上級タイプとしての、猛者としての風格すら感じられる。
蘇生戦士とゲダツ、緊迫した空気が両者の間に流れる中で状況に取り残された不良共は自分たちを無視して会話をする加江須達とピンク髪の女性に喚き散らし始める。
「おいおいお前ら何を訳分からねぇ会話してんだよ？」
「俺らを挟んで意味不明な話してんじゃねーよ。何だ蘇生戦士だのゲダツだのって？ いいから俺とそろそろ遊んでくれや」
そう言うと不良の１人がピンク髪の女性の腕を掴もうと手を伸ばす。
加江須がその女には触れるなと言おうとするが一歩遅かった。制止の言葉よりも早く男が女の腕を掴んでしまった。
男の手に掴まれた女は天使の様な微笑と共にこう言った。
「あら汚い。雑菌だらけの手でベタベタ触れないでほしいわ」
そう言うと女はゆっくりと男の胸に手を伸ばし――そのまま男の肉体をいきなり貫いた。
「……あれぇ？」
自分の体を貫いている女の腕を見て男は理解が及ばず、口から血を垂らしながらその場で直立状態で白目を剥いてあっさり絶命した。
「ふふ…まるで豆腐の様に脆いわね。確かに柔らかいお肉は好きなんだけど…コレは願い下げかしら」
そう言うと彼女は胸を貫いている腕を引き抜き、そのまま腕を高速で振るった。
残像を残すほどの超速度で振るわれた腕は骸と化した男の体をバラバラの肉片へと解体してしまった。
「ゲダツぅぅぅぅぅぅぅ！！」
加江須は余りの衝撃に呆然としている不良共の頭上を飛び越え、空中で回転しながら蹴りを叩きこもうとする。
その攻撃に対して女性の姿をしたゲダツは解体した男の肉片の１つを加江須へと投げ飛ばして牽制する。
「ほーらお肉のお裾分け！」
「くっ、ふざけんな！」
顔面目掛けて飛んできた肉片を顔をずらして避ける加江須、だが僅かに隙を見せてしまい彼の蹴りは紙一重で躱され逆に彼女の蹴りが腹部に叩きこまれる。
「うぶっ！？」
「そーれ飛んで行け！」
華奢な見た目とは裏腹にあまりにも重い攻撃にボールのように再び元の位置まで加江須の体は吹き飛んでいく。
「大丈夫加江須！！」
吹き飛ばされた加江須を受け止める為に仁乃が糸を束ね簡易的なネットを作り上げて受け止める。
「くそっ、ハナから全開で行くぜぇ！」
その怒号と共に氷蓮は廊下を埋め尽くすほどの大量の氷柱を展開する。
だが無数の氷の槍を前にしてもゲダツは余裕を崩さない。と言うのも彼女とゲダツの間には大勢の不良が居るのだ。この状況で攻撃すれば不良共が肉の盾となってしまう。
攻撃を躊躇っているとゲダツは歪な形の口から嘲笑うかのようにこう口にした。
「優しいのねぇ。こんなクズ相手でも巻き込みたくないなんてぇ。でも――私は容赦しない♡」
次の瞬間にゲダツは凄まじいスピードで震えて動けない不良達の間を一瞬で通り抜ける。
そして彼女が通り抜けた直後、廊下の中央で固まっていた男達は全員がバラバラに解体されてその場に転がった。
「うくっ…！？」
あまりにも凄惨すぎる光景に仁乃は口元に手を当てて込み上げる胃液を漏らさぬように堪える。
「バラバラ死体ぐらいでビビってんじゃねぇぞ！」
青い顔をしている仁乃に活を入れながら氷蓮は展開している氷柱を一斉に射出する。
明確な殺意を籠めた氷の矢は次々にゲダツへと向かうがその全てを相手は躱して見せる。しかも回避しつつ徐々に氷蓮へと距離を詰めて言っている。
「ぐっ、ちょこまかしてんじゃねぇぞ！」
「そう言うなら当ててみなさいな」
小馬鹿にしながらそう嘲りつつ距離を詰めるゲダツに焦りを浮かべる氷蓮。
だがそんな彼女をフォローをするために加江須は飛び出て狐火を纏わせた拳をゲダツへと繰り出す。
「相手は黒瀬だけじゃねぇぞ！」
「情熱的な拳ね。でも当たらないわよ」
その言葉通り加江須の拳を楽々と言った感じで避けるゲダツ。
そのまま狐火を纏った加江須の拳、そして氷で造形した大刀を振るう氷蓮の二人がかりの攻撃を回避しながら逆に二人の間隙を縫ってゲダツはしなやかに蹴りを入れて来る。
くそっ、二人がかりの接近戦でこれかよ！
「考え事かしら？ また隙が見えたわね！」
上級タイプの強さに歯噛みしていると加江須に向かってゲダツの貫き手が繰り出される。
彼の喉を抉ろうと迫る魔手にしまったと思う加江須だが直前でゲダツの攻撃が止まった。よく見ればゲダツの伸ばされた手には糸が絡まっており加江須への攻撃を止めていたのだ。
「人の恋人の喉仏を抉ろうとしてんじゃないわよこのクソゲダツ！」
さきほどまで青い顔をしていた仁乃であったが加江須のピンチを前にすればもう恐怖はなかった。それよりも自分の愛する人を傷つけようとする怒りの方が遥かに上回ったのだ。
肉体の一部とは言え仁乃に拘束されて一瞬だけ動きが止まった。その隙を逃さず加江須と氷蓮は同時攻撃を繰り出す。
「あら中々キツイ拘束ね。でも私を縛るには強度不足ねッ！」
ゲダツは語気を少し大きくしながら糸の絡まっている腕に力を籠める。すると細く美しい彼女の腕の筋肉が隆起し仁乃が巻き付けていた糸は強引に千切られた。
「うそでしょ！？」
「ところがどっこい嘘じゃないわよ」
そう返しながら眼前に迫る二人の拳と大刀を間一髪で体を捩じって直撃を回避する。二人の攻撃は横腹や頬を掠める程度で致命傷を与える事ができなかった。
「むさくるしいわね。離れてくれる？」
「ぐぶっ！？」
「ぐあっ！？」
僅かとは言え傷を負わされて苛立ったのか加江須と氷蓮の腹部へと交互に前蹴りを入れて吹き飛ばす。その蹴りは今までで一番重くまるでハンマーでも叩きこまれたかのような衝撃で二人は苦痛に顔を歪ませながら後退して距離を取った。
脇腹を大刀で掠められ僅かに血が滴っている部位を撫でながらゲダツは少し不快そうな顔を見せる。
「３人がかりとは言えやってくれるじゃない。ここからは…本気で行こうかしら？」
その言葉と共に女の纏う雰囲気が明らかに変化した。
今まで以上に張り詰め、まるで針で刺されるようなプレッシャーが３人の肌に伝わってくる。
「どうやらここからがアイツの本領みたいだな」
額から垂れ落ちる冷や汗を拭いながら加江須たちは全神経を集中して向かい合う。
