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ナンパと蘇生戦士


 蘇生の間で意識がブラックアウトした加江須であったが少しずつ彼の意識は闇の底から浮上して行き、やがて閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。

 

 「う…ん……?」


 仰向けとなっている体を持ち上げてみると見知った部屋が瞳の中に映り込んだ。


 「ここは…俺の部屋……?」


 まだ寝ぼけた状態ながらも自分が今居る場所がどこかは把握する事ができた。

 意識を失う前までは文字通り何もない白一色の空間に居たが今は自分が長年過ごして来た自室のベッドの上で座り込んでいる。ふと視線を下に下げると自分がよく暇を潰す為に使っているゲーム機や漫画本が散らばっている。

 

 「あれ…俺って何していたんだっけ?」


 何だか記憶が少し混濁している。自分は確か自動車に撥ねられて一度死に、そしてイザナミに再び蘇生してもらったはず……だと思う。だがその記憶とは別に学校が終了するとすぐに自分は家に帰って漫画やゲームなどの娯楽で時間を潰していた記憶もあるのだ。

 どっちが本物の記憶か混乱していると自分がなにやら1枚の紙を握りしめている事に遅れながら気付く。


 「ん、これは……?」


 いつの間にか握られていた紙を開くとそこにはイザナミからのメッセージが綴られていた。


 『久利加江須さん、無事に現世へと送り込むことが出来た様です。今あなたは記憶が混濁している様なので軽くその辺りの説明をしておきましょう。本来であればあなたは車に撥ねられて事故死しています。しかし再び現世にあなたを蘇らせたために世界の歴史が修正されてあなたの脳内には辻褄合わせの記憶が刷り込まれているはずです』


 成程、自分に二つの記憶がある理由はそれか。つまり新たに植え付けられた即帰宅と言う記憶がこの世界では正しい歴史と言う事なのだろう。


 それはつまり……あの腐れ幼馴染が自分に働いていた屈辱の極みとも言える行為も無かった事になる。まあそれでもあの瞬間に傷つけられた心の亀裂は無かった事にはならないが。


 「いやあんなヤツの事なんてもうどうでも良い。それよりも今は生き返れた事に感謝しないとな!」


 もうあんな幼馴染の事など忘れる事にした加江須はまずは現状確認を行う事にした。


 「えーっと…確か俺には妖狐の力が与えられたんだよな? どれ……うおっ!」


 イザナミから与えられた力が現実世界でもちゃんと使えるのか確かめようと自分の手から炎が出るイメージをする加江須。するとぼわっと彼の手は紅蓮の炎が燃え盛る。

 無事に能力が発動した事を確認するとやはり自分の経験した出来事は夢でなくまぎれもない現実である事を認識できると彼はそのまま部屋を出る。


 「いやぁ…それにしてもこんな事あるんだな。まるでアニメの世界に飛び込んだ気分だ」


 2階の自室から下の階へと降りてみるとどうやら親はまだ帰宅していないらしい。まあ両親は共働きで自分が先に学校から帰宅している事なんて珍しくもない。


 「……少し外に出るか」


 何となく両親が帰ってくるまで今は家の中で独りで居たくなく外に散歩に出る事にした。もしかしたら死んだばかりなので家族を無意識に恋しくなっているのかもしれない。なんて冗談を頭の中で思い浮かべながら玄関を出て外の空気を肌で感じる。


 「……帰って来たんだな」


 呆気の無い人生の幕切れだと思ったら超人と化して生き返った。未だにどこか自分の身に起きた現象に実感を強く持てないが手の平から轟轟と燃え盛る火柱を目の当たりにすると夢ではないと教えてくれる。

 こうして見てみると魔法の様な力を得て生き返った自分はかなり残りの人生が楽になったのでは? などと言う楽観的な考えは持てなかった。何故なら彼はこの世界の陰に潜んでいる化け物と戦う事を宿命づけられたために第二の人生を歩ませてもらっているのだから。


 「しかし……本当にこの町にゲダツなんて怪物が潜んでいるのか?」


 しばらく外を適当に歩き回ってみたが話に聞いていた化け物と遭遇するような事もなく平和そのものであった。


 イザナミから聞いた話ではゲダツは普通の獣とは異なり知能が大分高いらしい。

 元は人間の悪感情から生まれたためなのかゲダツは中々にずる賢く立ち回っているらしい。奴等が人を喰らうのはあくまで空腹時の時のみであり、見境なく手当たり次第に人を喰う事は基本しないらしい。下手に暴れまわれば自分の様な蘇生戦士に目を付けられると本能で察知しているとの事だ。だから普段は人目の付かない場所で身を潜めているらしい。まあどちらにせよ一般人には目視されないが自分のような神力を扱う者の眼から逃れる為に不用意に出歩く事はないそうだ。


 「だとするならもっと人気の少ない場所に足を運んでみるか?」


 少し歩けば人の気配が少ない廃ビルや廃校などと言った廃れた場所もあるのでそこまで様子を見に行こうかと一瞬だけ考える。だがすぐに冷静になって我に返る。


 いやいや落ち着けって俺よ。まだ自分の能力だって万全に把握できていない俺がいきなりゲダツの潜んで居そうな場所に単独で向かうなんてある種自殺行為だぞ。


 妖狐の力を使役できると言っても今の自分は炎を多少操る程度しかできない。ゲームで言えばまだ一桁台の初期レベル、そんな今の自分が怪物に単身で向かうなんて冷静になって考えてみると自殺行為だ。


 「ゲダツと戦うよりも先にまずは自分の能力をもっと訓練する方が先決だな。それに俺の中のこの神力って力もコントロールできるようにしておく必要もあるし……」


 イザナミから受け渡された神力を加江須は自身の体内にしっかりと感じられる。だがその力をまだ思うように引き出せない。イザナミの話では神力をコントロール出来れば攻撃力を大幅に強化できるらしいが……。

 試しに少し力んでみるが体内の神力を上手く引き出せている感じはしない。つまり単純に力任せでは神力を引き出せないって事だろう。


 「まあ能力にしろ神力にしろ少しずつ感覚を掴んでいくしかないな」


 気が付けばもう家を出てから随分と時間が経過していた。もうこの時間帯なら母親は帰って来て夕食の準備を始めている頃だ。そう考えると腹からぐーっと情けの無い声が出て来た。


 「そろそろ帰るとするか…んん?」


 踵を返して今まで歩いて来た道を引き返そうとする加江須であったが振り返る際に視界の隅に何やら無視できない光景が飛び込んで来た。

 すぐ近くのコンビニでガラの悪そうな男が自分と同い年くらいの少女をナンパしているのだ。


 「おいおいアイツ等何やってんだよ?」


 加江須が呆れ口調で見つめる先では1人の少女が2人の男性に絡まれていた。

 

 「君さ一人? 退屈しているなら俺たちと近くのカラオケでも行かない?」


 「そーそー、さっきから見てたけどずーっと退屈そうにスマホ弄ってるだけじゃん」


 声を掛けられている少女は動きやすそうなラフな格好をしており、鮮やかな黒髪をポニーテールに縛りエメラルド色の美しい瞳をしている。そして端整な顔立ちをしておりその出で立ちは間違いなく美少女と言えるだろう。だがその可愛らしい顔とは裏腹にその少女はかなり殺気だっており自分に絡んでいる二人組の男に口汚く暴言をぶつけて追い払おうとしている。


 「だから俺はテメェ等なんかと茶なんかしねぇって言ってんだろ。早く消えろよ」


 「おーオレっ娘じゃん。リアルで始めて見たよ」


 「そう言う強気な性格の女ってオレ大好きなんだよねぇ」


 下卑た笑みを浮かべながら絡み続ける二人組に苛立ちを隠そうともせず顔面に怒りを滲ませる少女。


 しばらく少し不安そうに事の行方を見守っていた加江須であったがナンパ二人が少女に手を伸ばそうとするのを見てさすがに止めに入ろうとする。

 

 だが加江須が割り込む前に一瞬で事態は解決した。


 「汚ねぇ手で触んじゃねぇ!」


 そう言いながら少女は信じられない速度でナンパ男の1人の腹部に膝蹴りを叩きこんだのだ。


 「おぐぅ!?」


 腹部にとてつもない衝撃をお見舞いされた男はそのまま吐瀉物を撒き散らしながらその場で蹲る。

 もう1人の男が怒りに任せて少女の肩を掴もうとするが逆に伸ばされた腕を少女は両手で掴むとそのまま一本背負いを決めてやったのだ。


 「うごげぎ!?」


 意味不明な言語を口から吐き出しながら背中から叩きつけられ死に掛けの蛙の様にビクビクと痙攣をする男。

 自分よりも屈強そうな男二人をものの数秒で片付けてしまった少女に唖然としていると彼女と目が合った。


 「あん? 何を見てんだよテメェは?」


 「あ、いや…その……」


 「さてはテメェもこの馬鹿共の仲間だな! なら容赦なくぶちのめす!!」


 「なっ、おいウソだろ!?」


 相手の少女はなんと加江須の事を完全に今のナンパ二人組の仲間と勘違いしたのかいきなり距離を詰めて来て蹴りを放ってきたのだ。その速度は一般人では対応できない程に速くまるで稲妻の様だった。


 そんな電撃の様な鋭い蹴りを――加江須は身を低くして避けたのだ。


 「あぶね!!」


 「な、お前…!?」


 自分の蹴りを躱された事に驚愕をする少女。

 並の一般人ならば絶対に反応できないはずの蹴りを避けられた事に少女の顔色が変化する。


 「お前…何者だよ…」


 少女が勢いよくバックステップをして警戒心を剥き出しにして加江須の事を睨んで来たのだ。

 その一方で加江須は何とか誤解を解こうと必死になって少女の事を諫めようとする。


 「勘違いしないでくれって。俺はあの二人組とは無関係だ。ただお前が絡まれていたから心配になって止めようとしただけであってだな」


 「そんなことはどうでも良いんだよ。俺の蹴りに反応できるなんて…お前まさか……」


 どうやら自分の自信満々に放った攻撃を避けた事にショックでも受けているのだろうか? 何にしろこれ以上この少女と関わると碌な目に遭わないと判断した加江須はこの場を即座に離脱した。


 「とにかく俺はただの通行人Aだ! と言う訳でこれにてさらば!!」


 またあんな殺傷力の高そうな蹴りを入れられたらたまったもんじゃないと思い急いでこの場から逃走をする加江須。

 まるで残像が残るかのような速度で自分の前から一瞬で遠ざかって行く加江須の背中を眺めながら少女は小さく独り呟いた。


 「……超人化している俺の蹴りに対応しやがった。まさかアイツ……俺と同じ蘇生戦士じゃねぇだろうな……」


 イザナミの手によって蘇って数時間、この時に彼は気付いていなかったが自分と同じ境遇の蘇生戦士と遭遇を果たすのだった。


 「もしそうだと言うなら次に見かけたら警告しておかねぇとな。この町は俺の縄張りだって事をな……」


 そしてこの邂逅を機に厄介な少女に目を付けられた事を加江須はまだ気付いていない。



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