廃校での戦闘 突入
不吹町で無事に黒瀬氷蓮からの上級ゲダツ討伐の為の協力を取り付ける事に成功した加江須と仁乃。
彼女の都合の空いているタイミングで烈火町に来れる日を自分たちに後で連絡してほしいと言っていたが交渉成立したその夜に加江須のスマホに氷蓮から連絡があったのだ。
『よお狐男。今日の昼間での共闘の件だが俺としては基本暇してんだ。明日にでも烈火町に行って例の上級タイプの退治に向かってもいいぞ。どうせ明日は日曜でお前ら学生は暇してんだろ?』
「本当か。こっちとしては早めに対処しておきたいからありがたいが」
どうやら予想以上に早く氷蓮がこちらへと来てくれる事を知り有難く感じる。
そのまま明日の集合地点を取り決めると氷蓮の方はそのまま通話を終了しようとする。
だが彼女と通話をしながら加江須の頭の中には昼間の芽卯と名乗っていた幼い少女の姿が浮かぶ。
やっぱり気にはなるんだよなぁ。でも昼間のあの態度を考えるとなぁ……。
だが結局はあの娘についての話題を出すことなく通話を終了してしまった。ハッキリ言って今の自分と黒瀬の間には大きな信頼関係が築けている訳でもない。あくまでただの利害が一致している仕事仲間と言う表現が適切だろう。あの娘のことを訊くとするならもう少し彼女と仲を深める必要があるのだろう……。
◆◆◆
氷蓮と約束を取り付けたその翌日、ゲダツであるディザイアから教えてもらった目的の廃校へと加江須たちは赴いていた。
3人の視線の先ではもう経営困難により廃れた大きな小学校が不気味に鎮座していた。
所々の錆び付きが目立ち、表現しがたい色に変色した壁、砕かれ四散した窓ガラス、手入れもされず伸び放題の雑草が生えている敷地、無人の学校風景が眼前に広がっている。自分たちの学園の様な活気は一切なく薄気味悪い静寂の包む建物であった。
「ここが話に聞いていた場所のはずだが……」
まだ昼間だと言うのに薄気味悪さが広がっている。まるでありふれたホラー映画の舞台に立っているようで背筋が少しムズムズする。
そんな内心でビビっている加江須とは正反対に後ろの少女二人は堂々としていた。
「随分と大きな廃校ね。それに辺りには人気もない。これならゲダツにとっては絶好の隠れ家として活用できそうね」
「はん、人間の汚い感情から寄せ集まってできた腐れゲダツにはお似合いの住処だろうけどな」
自分のツインテールの毛先を指でクルクルと巻きながらざっと周囲を見渡してそう感想を述べる仁乃と嘲りの言葉を吐く氷蓮。
ここに来てまるで怯えを見せない二人に頼もしさを感じるがこの廃校に潜んで居る相手は情報通りなら上級タイプのゲダツだ。
「やる気があるのは良いことだが絶対に油断するなよ二人とも。これから相手にするのは上級タイプ、以前の自然公園よりも苛烈な戦いになるはずだ」
加江須が忠告と共に錆びれ壊れている門を開いて先に一人で中へと入って行こうとする。
その後に氷蓮も続いて敷地内に足を踏み込もうとするが最後尾の仁乃は中に入ろうとせず門の隣の壁に貼りつけられている表札を見て何かを考え込むかのように顎に手を添えていた。
「あん、もしかしてビビったのかよ?」
足を止めた仁乃に嘲笑しながら挑発する氷蓮。
だが仁乃は何も言い返さず表札をじーっと見つめ続けている。さすがに加江須も不信に思いどうかしたのか彼女へと尋ねる。
「どうしたんだよ仁乃? もしかしてこの廃校について何か知ってるのか?」
加江須が彼女に近づきながらもうボロボロの学園の表札を一緒に見てみる。
その表札を見ると加江須も仁乃同様に何か思い当たる節があり、彼女同様に考え込んだ。
「おいおいオメェまで何だよ? そのボロい表札になんか付いてたのかよ?」
「いや…この表札に書いてある学校名…なんか憶えがある気がして……」
この廃れた学園に来たのは今日が初めてだ。しかしここに来たのは初見であるにも関わらず何故か聞き覚えのある学校名なのだ。
加江須が色々と考え込んでいると、今までうんうんと唸っていた仁乃がようやく思い出して説明し始めた。
「思い出した…確か数年前のニュースで一時話題だったわ。とある学校の生徒数が少なすぎるとの事で経営が維持出来ず潰れた学校があった。そして不可解なのは生徒数が異常に少ないにもかかわらず、その学園の教師も生徒もその事に疑念を抱かなかった。だけど異常に少ない生徒数では結局学園の経営はままならず廃校になった。そんな奇怪な理由で経営破綻したって事で有名だったわ」
仁乃がそこまで話すと加江須もようやく自分たちが今いるこの場所について思い出した。
「そうだ…俺も思い出したぞ。数年前にニュースでやっていたな。生徒数と学園の大きさが全く合わず少ない生徒数に対して誰一人疑念を抱かずそのまま廃校になった学校……その学園名とこの場所が同じなんだ」
そう言いながら加江須は自分たちの視線の先で佇んでいる学園を見つめた。仁乃も表札を軽く撫でると同じように学園の方に視線を傾ける。
そんな二人の釣られるように氷蓮も学園を見る。彼女は二人とは違い緊迫した表情はせず、二人の今の話についてこんな質問をする。
「お前らよくそんな事知っているな。学校の廃校なんてそこまで大々的に取り上げられるニュースでもねーだろ。世俗に疎い俺が言えた事でもねーけど」
「まあ普通ならね。でも異様な内容だったからそこそこ有名になったのよ。圧倒的に人数の少ない学生数と釣り合わない大きな学園。それなのに廃校になるまで誰一人としてその事実に疑問すら抱かなかったから」
「なあそれってつまりよ……」
仁乃の話をそこまで聞くと氷蓮もようやく意味を理解した。
今までは単純に一つの学校が廃校した事実だけを適当に聞いてはいたが、今の彼女の話を整理するとこの学園が廃校になった理由が何だったのかを理解したからだ。
「ゲダツに喰われた者達の情報は世界から消える。誰もがその事実に気付かず世界は変わらず回り続ける。もしもだぞ、この学園が健在だった頃にこの学園の生徒が1人、また1人とゲダツに捕食され続けていたとしたら……」
加江須がそこまで言うとその後を仁乃が引き継いだ。
「ゲダツに襲われた人が煙の様に消えても誰も彼もが気にも留めない。何故ならその人物は皆にとっては〝初めから居ない存在〟となるのだから……。だから学園から人がごっそり消えても誰も不自然だと気にならないし、おかしなことだと気づきもしない」
「だからこの学校は生徒数がチマチマと減っても初めから生徒数はこの数だって思い込んでいたってわけか…」
「十中八九間違いないでしょうね。それに私たちの学園でも同じ様に存在自体が抹消した被害者が1人居るからさ……」
そう言いながら仁乃は加江須の方を見た。
かつて加江須のクラスには彼の運動能力にくだらぬ妬みを抱き難癖をつけて来た犠正一郎と言う生徒が居た。彼は加江須のことをまさに今居るこの廃校と似たような人気の無い場所に連れ出し復讐を果たそうとしたがそこで現れたゲダツに殺され亡くなった。そしてゲダツを退治した後日、自分以外のクラスメイトは誰一人としてその死んでいった犠正一郎の存在を気にも掛けなかった。まるでそんな人物は初めから存在していなかったかのように。
正直あの光景は不気味だったな。自分もゲダツに殺されてもあんな風に気にも留められないと考えると……。
「しかしこうなるとこの廃校、もしくは近くにゲダツが住み着いている可能性が高まったな。あのディザイアの話も信憑性が増したな」
加江須がそう呟いた次の瞬間、三人の全身の血が一気に凍り付いた。
「「「!?」」」
視線の先にある廃校の方角からまるで冷気でも吹いて来たかのような感覚に一瞬で三人は臨戦態勢へと移行した。仁乃と氷蓮に至ってはそれぞれが能力を一部発動すらしている。
まるで頭の上から冷水を思いっきりぶっかけられたかの様な感覚、それは正に今入ろうとしていた廃校の中から感じた。
「……ここまで寒気が走ったゲダツは初めてかもな。氷の能力者が寒気を感じるなんて笑えねぇぜ……」
軽い冗談を口にする氷蓮ではあるが彼女の顔は完全に緊張感が張り付き冷や汗すら出ていた。それは仁乃も同様で、彼女もゴクリと唾を呑み込みながら廃校の中を睨みつけている。
「これはもうあの廃校内にゲダツが居る事は確定よね? 嫌な汗がじんわり出て来たわ」
異様な気配と殺気をぶつけられた直後、加江須は反射的に仁乃の前へと出ていた。まるで彼女の盾となるかのように。
「はっ、せいぜいしっかりそのおっぱい星人を守ってやれよナイト様」
そう軽口を吐く氷蓮であるがその視線は廃校から一切逸らしていない。それはからかわれた仁乃も同じで廃校を睨み続けている。
今の二人には口喧嘩をする余裕すらない事が見て取れる。
加江須は一度大きく深呼吸をすると自らを奮い立たせるつもりで大声を出して二人へと声を掛ける。
「仁乃、黒瀬、今からあの廃校の中に入って行くが気を付けろよ。特に学校に入ってから単独で動くのはやめた方が良い」
「「言われずとも」」
二人は頷いてそう返事をすると加江須も頷き返す。そして壊れている門を開いてついにゲダツの巣の中へと足を踏み入れ始める。先を歩く加江須に続き、二人も門を抜けて敷地内へと足を踏み入れた。
だが門を超えた途端、3人には周辺の空気が倍近く重くなった様に感じる。
そしてこの廃校で3人はこれままで一番の激闘を迎える事となるのだった。




