小さな謎の少女
自分たちの暮らしている烈火町に潜んで居る上級タイプのゲダツ討伐、それは加江須と仁乃にとっての早くにでも対処すべき最優先事項であった。だがこの課題をこなすためには現状の戦力では不安が残る。そこで二人は同じ蘇生戦士である黒瀬氷蓮へ協力を申し出ることを決めた。
学生が暇をしている休日の土曜日に二人は氷蓮の縄張りである吹雪町の土を踏んでいた。
「さて…問題はどこに彼女が居るかだが…」
現状で二人が黒瀬氷蓮について把握している情報はこの吹雪町が縄張りだと言う情報だけであった。あと他の情報は完全皆無、これだけで特定の人間を探すと言うのは中々に無謀だと我ながら思うが手掛かりがない以上は足を使うほかないだろう。
「とりあえずまずはあそこ行ってみない? ほら、ここから近くにあるケーキ店であいつと前にばったり鉢合わせしたじゃん。もしかしたらワンチャンまたあそこで逢えるかも」
「いやお前明らかに半分はケーキ目当てだろ」
「いいじゃない。どうせ当てはないんだからまずは腹ごしらえよ♪」
「甘い物で腹ごしらえかぁ…」
とは言え氷蓮が足を運びそうな目ぼしい場所を知るわけでもない二人は結局以前訪れたケーキ店へと向かった。
「……居たわね」
「ああ……」
目的の店へと到着するとタイミング良く店から1人の少女が出て来たのだ。
そして何という都合の良さか店から出て来た人物は目的である氷蓮だったのだ。
「正直ここで逢えるとは思ってなかったけど運が良かったな俺たち」
ハッキリ言って加江須も仁乃もこんな早々に再開できるとは微塵も考えてはいなかった。実際に仁乃の本音としては長くなる人探し前に甘い物を食べたいだけだったし加江須も仕方なしに付き合うだけのつもりだった。
あまりにも出来過ぎた巡り合わせにしばし呆然としていた加江須だがすぐに我に返ると仁乃と共に彼女の元へと歩んでいく。
「……ああん? 何でお前等がここに居んだよ?」
まさかこの吹雪町で顔合わせをするとは思わなかった氷蓮は二人の姿を見るなり眉を寄せる。
見るからに敵意を剥き出しにしている氷蓮の態度に仁乃の顔が渋面へと変わる。
「悪いな黒瀬。ただ少しお前に用があってこの吹雪町に来たんだ」
このままではまた二人が喧嘩する事を見越して強引に自分たちの要件を斬り込んで行く加江須。
そこから加江須は自分たちの烈火町に上級タイプのゲダツが潜んで居る事を話した。そして討伐の為に力を貸して欲しいとも。
さて…ここからどう説得に持っていくか。
全てを話し終えた後に加江須はここから長い交渉へ発展する事を覚悟する。
彼女の性格では間違いなく拒否するだろう。だがここで引き下がる訳にはいかない。その為に交渉を成功させる為に彼女の旨味となるカードの提示の瞬間を見定める。
「上級タイプのゲダツは報酬は5000万だったよな? よし、その半分の2500万……いや3000万を寄こしゃ協力してやる」
「え…良いのか?」
加江須の口から本当に良いのか、そんな言葉が漏れ出てしまう。
無論協力してくれるのは大変ありがたい。だがハッキリ言って彼からすればこうまで呆気なく協力を取り付ける事ができるとは初めから思っていなかったのだ。それがまさかの数秒で交渉成功、報酬の額など自分たちはどうでも良い。最悪全額受け渡してもいいと思っていたほどだ。
長丁場の覚悟を決めていた加江須は拍子抜けするほどに簡単に決まった交渉成立に現実味が帯びなかった。
同様の思いは仁乃の中にもあるようで彼女はつい口に出して問う。
「あんたがそこまで素直に手を貸すなんて逆に違和感ね」
「ふん、金が入るなら文句はねぇよ」
何かしらコイツ…なんか随分とお金に固執している気がするけど……。
氷蓮からの協力を取り付けた事が無事に成功したが仁乃の中には彼女に対して疑念が芽生える。なんと言うか最初はただ金にがめついだけかと思っていたがどうにも他に理由があるように思える。
同じ疑問は加江須も抱いていたようで彼は自分に代わってそれとなく質問を投げかける。
「なあ黒瀬、もしかして何か金が入用な理由でもあるのか?」
「ああん、いきなりなんだよ?」
「いや、今のお前にはこれまでの討伐報酬がかなり余っているんじゃないか? それなのにそこまで報酬にこだわるから……」
間違いなく氷蓮は自分や仁乃よりも多くの報酬が振り込まれている筈だ。にもかかわらずここまで金を求めるとなれば何か深い事情でもあるのかと考えてしまう。
加江須からぶつけられた問いに対して氷蓮は仏頂面で黙り込む。もしかして踏み込んではいけない領分だったかと思っていると……。
「あっ、おねーちゃん!」
何やら幼さの残る少女の大きな声が聴こえてきて一斉に3人が振り返るとそこには1人の少女がこちらへと駆け寄って来ていた。そのまま少女は氷蓮の脚に抱き着いて来たのだ。
「やっぱり氷蓮おねーちゃんだ!」
「芽卯…お前なんでここに?」
見たところ少女は幼稚園児、もしくは小学1年生くらいの容姿をしている娘で氷蓮の脚に抱き着いて甘えている。
突然の小さな乱入者に加江須たちが戸惑っている中で氷蓮は女の子へと話し掛けていた。
「こんな所でどうしたんだ芽卯」
「この近くにある公園に行こうとしていたの。今日は学校もないし家に居たらお父さんにまた叩かれちゃうし……」
氷蓮を見つけて明るく笑っていた少女だったが途端に暗い顔色へと変わった。
それよりも今あの娘かなり気になることを言っていなかったか? お父さんに叩かれるって……?
少女の物騒なワードに仁乃も眉を寄せながら氷蓮へと事情説明を求め始める。
「その娘ってあんたの妹さん? それに何やら聞き捨てならないセリフも聴こえて来たんだけど…」
「んーん、違うよ。芽卯は…」
「お前等には関係ねぇよ!!」
芽卯と名乗る少女について仁乃が話を聞こうとすると氷蓮の態度が一変した。
まるでゲダツを睨むかのように怒気の入り混じっている鋭い眼光で二人のことを射抜く。そのあまりの迫力にいつもなら言い返すであろう仁乃も口をつぐんでしまう。
「お、お姉ちゃん怖い…」
甘えた声で彼女の脚に抱き着いていた芽卯だが自分の前では見せた事もない怖い表情に涙目になる。
「あ、ああ悪い。何でもないから先に公園に行ってくれないか。ほら、このケーキ食べてもいいからさ」
目に涙を浮かべていた芽卯であったがケーキの箱を渡された事ですぐに満面の笑顔へと変わる。そして氷蓮にすぐに公園に来て欲しいと言うとその場から離れて行く。
「くそ、よりにもよってお前らと居るとこを見られるとはな」
先程は仁乃へと怒鳴っていた彼女だが見た感じでは少し落ち着きを取り戻しているようなので改めて加江須があの少女について尋ねる。
「……妹か?」
「ちげーよ。つーかお前らには関係ねぇって言ったろ―が」
本音を言うのであればかなり気にはなるがかなりデリケートな話題である事がこの態度から一目瞭然だ。ならここでへそを曲げられても困る。折角協力を取り付けられたのにこれが理由で断られたら台無しだ。
あの娘のことを一旦胸の奥に仕舞い込むと加江須はスマホを取り出して氷蓮と連絡先の交換を求める。
「連絡先を交換してくれないか黒瀬。もしお前の都合が空いたら電話して欲しい。さすがに今からいきなり烈火町に来るわけにもいかないだろ?」
「ふん…」
仕方がないと言った感じで氷蓮は自分のスマホを取り出しごねる事なく加江須と仁乃の2人に自身の連絡先を交換した。その後は特に彼女は何も言わず先に公園に向かって行った。あの芽卯と言う少女の後を追って行ったのだろう。
二人の前から氷蓮が立ち去ると仁乃が話し掛けて来た。
「ねえ加江須、あの娘のことちょっと気にならない? なんか父親から暴力受けているような事をほのめかしていたけど…」
「ああ…でも黒瀬のあの態度、見るからに関わるなって目をしていたしなぁ…」
実際に今初めて出会ったあの少女の事を気に掛ける理由は二人にないのも事実だ。あの氷蓮の関係者ではあるようだが……。
こうして無事に目的を達成できた二人であったがその胸中はわずかにモヤモヤするのだった。




