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上級タイプの力


 「あら、そんな強張った顔をしなくてもいいじゃない」


 突如として現れた凄まじい圧を感じさせる菫色の傘を差した謎の美女。その雰囲気は独特だがそれ以上にこの女性からは“あの気配”が漂って来ているのだ。


 そう…あの人間の負の感情がまるで煮凝りのように固められた嫌な気配。


 「えっと…私もしかして邪魔ですかね?」


 この場に居る蘇生戦士である加江須と仁乃の二人はあの女性の正体を看破しているが余羽は完全な一般人だ。ゲダツや蘇生戦士などの裏の事情を何も知らないので二人とあの女性の間に立ち込める緊迫している空気に戸惑う。だが自分がこの場に置いて少し場違いである事は自覚できるのでおずおずと退散した方が良いのかどうか尋ねる。

 

 「ああそうだな。実はあの人は俺たちの知り合いでな。積もった話もあるから席を外してくれると助かる」


 そう言う彼の表情は明らかに知り合いとこれから話そうと言う感じではない。それどころか明確な敵を見定めているような顔だ。そして隣に居る仁乃もまた同様の険しい表情をしている。とは言え余羽としてもこの空気には耐え切れなかったのか加江須の言う通りその場を後にするのだった。

 

 一般人である余羽がこの空間から立ち去った事で加江須は一切の遠回し無しに直球で視線の先の女性へと言葉を投げ掛ける。

 

 「お前から感じるこの気配……間違いなくゲダツだよな?」


 「ふふ、随分とストレートな問い掛けね。こういう時は相手の反応を見て出方を探るものじゃない?」


 「そんな分かりきった気配を剥き出しにして今更なんじゃないの?」


 「あら、そう言う割にはこんな近くまで私が近付かないと気付かなかったくせにそんなことを言うの?」


 女性の嘲笑の混じったその言葉に何も言えなくなる二人。

 ここまで接近されなければ自分たちはこの女性に気付く事すら出来なかった。それほどまでに目の前のゲダツの気配の消し方は巧みであった。

 

 「そうね、とりあえずお互いに自己紹介でもしましょうか。私の名前はディザイア、お察しの通り蘇生戦士の討伐すべきゲダツよ」


 分かりきっていた事だがやはりこの女は自分たちが討伐すべき存在だったようだ。だが厄介なのはこのゲダツは今までのような異形ではなく完全な人型だと言う事だ。しかも先程の余羽のような何も知らない人間にも視認できていたことを思い返すと――


 「上級タイプのゲダツ…か…」


 今まで何度かゲダツと戦闘を行って来た二人ではあるが上級タイプのゲダツとの遭遇はこれが初めてであった。

 自分たちはイヤな汗をかいているにもかかわらず相手のディザイアと名乗った女は余裕綽々と言った笑みを崩さない。


 周囲に人気が無い事を確認すると二人は能力を発動、それぞれ狐火と糸の槍を手に持ち戦闘態勢へと移行する。


 「随分と危機感が不足しているようね。ゲダツを前にしながら二人揃って周囲確認で私から視線を切るだなんて。その気になれば今の隙の間にどちらか1人は殺せていたわよ」


 淡々と告げるその言葉に二人の表情は更に強張りを見せる。

 じわりと額から一筋の汗が垂れ落ち二人の喉が緊迫からカラカラと乾き出す。


 次の瞬間、ディザイアと名乗った女性は何やら二人の背後を指差したのだ。


 「「え?」」


 突然の奇怪な行動に首を傾げて反射的に二人は一瞬だけ背後を振り向きそうになる。だが顔を後ろに向ける直前に相手から目を切るのは危険だと思いすぐに女の方へと向き直る。


 だが眼球を正面へと戻した時、すでにディザイアは二人の目の前に怪しげな笑みをたずさえて立っていた。


 「うおおおおお!?」


 驚愕する加江須と仁乃、だが加江須の方は反射的に狐火を纏った拳を彼女の顔面へと目掛けて振るっていた。

 しかし拳に纏った炎が鼻先に触れるよりも先に彼女の持つ傘が彼の膝へと突き出されてバランスを崩して前のめりになってしまう。当然だが体制が崩れた事で拳の軌道も変わり空を切る。


 「女性の顔を容赦のないグーパンだなんて野蛮ねぇ。そんな男には膝蹴りよ」


 「がっぱぁ!?」


 「加江須!! このっ…!」


 前のめりに倒れそうな加江須の顔面に膝蹴りを叩きつけたディザイア。

 モロに顔面を打たれた彼は衝撃でその場に転倒してしまう。その姿を見て激昂した仁乃は手に持っている槍を容赦なくディザイアの心臓部へと穿つ。


 「あら危ない。殺意の充溢した一撃ね」


 「なっ、いつの間に!?」


 自身の出せる最速の突き、だが彼女の身体を穿つ直前に目の前に居たディザイアの姿が煙の様に消えたのだ。そして気が付けば背後に回り込まれておりそのまま足払いをされてその場でこけてしまう。そのまま流れるように握りしめている傘を彼女の首後ろへと叩きつけて一瞬でその意識を刈り取った。


 「仁乃! これ以上好きにさせるか!」


 顔面を膝で攻撃された加江須の鼻からは大量の鼻血が流れ出ている。だがそんな出血など無視して気を失っている仁乃を抱きかかえて勢いよくバックステップをして距離を取る。そして一定の距離を確保するとすぐに眼前に居るであろう敵を睨みつける。


 だが彼が前方を睨みつけた時にはもうディザイアは彼の背後に立っていたのだ。


 「自分のダメージよりもその娘の安全を優先するなんてカッコいい部分があるのね。さっきの野蛮と言う評価は取り下げてあげる」


 「……いつの間に後ろに回り込んだ?」


 耳元に顔を近づけて話しかけて来るディザイアへと疑問を投げ掛けずにはいられなかった。

 自分が距離を取る為に彼女から目を逸らしたのはほんの一瞬、時間にしてみればコンマ数秒である。にもかかわらず次の瞬間にはもう真後ろを取られている。


 「ゲダツである私が蘇生戦士であるあなたの質問に律儀に答えるとでも? さて…じゃあ遊びはここまででいいでしょう。それじゃあ――そろそろ殺しちゃおうかしら?」


 濃密な死の気配を纏わせた彼女の手が加江須の首へ縄の様に巻き付く。

 これだけの力を持つゲダツならば自分の首など一瞬でへし折れるだろう。かつてないほどの死の感覚に思わず彼の口からは1つの懇願が漏れ出る。


 「頼む…どうかこの娘だけは勘弁してやってくれ」

 

 彼は腕の中で意識を失っている仁乃の体を強く抱きしめながらそう懇願する。

 たとえ自分がここで死ぬことになってもこの腕の中の愛しい人だけは死なせたくない、そう訴える加江須の言葉に一瞬だけディザイアが息を呑んだ気がした。


 「自分はどうなってもいいからその娘は見逃してほしいと?」


 「ああ…」


 「ふふ…その娘は幸福であり不幸でもあるわね。我が身を犠牲にしてでも助けてあげたいと愛しい人にそう思われるほどに愛されている。でもそんな人を犠牲に自分だけ生き残る。果たして目が覚めて彼女は何を思うのかしら?」


 そう言うと彼女は彼の首を掴んでいた手を離したのだ。


 「……どういうつもりだよ? 俺を殺す絶好のチャンスだっただろ?」


 「自惚れ過ぎよ。絶好のチャンスなら何度もあったでしょう」


 正直何も言い返せない。このゲダツはハッキリ言ってレベルが違い過ぎる。現にその気になれば自分も仁乃も当の昔に殺されていただろう。だが同時にこのゲダツの目的も分からない。殺すチャンスなど幾度もあったにもかかわらず何故始末しないのか?

 自分のその考えが顔に表面化していたのだろう。彼女は小さく笑いながら二人を殺そうとしない理由を話してくれた。


 「そもそも私は元からあなたたちを殺す気なんて無かったのよ。ただ一方的に敵意を剥き出しにして来たから少しからかっただけよ」


 そう言うと彼女は自らの長い髪をかき上げて怪しげに微笑む。そして今までとは違い彼女の纏う空気は軽いものとなり加江須も緊張の糸が切れたのか大きく息を吐いた。

 しかし彼女がゲダツであることに間違いはないはずだ。にもかかわらず蘇生戦士である自分たちに敵意を抱いていないと言うのはやはり違和感を覚える。


 「アンタは何が目的だ? 天敵である俺たち蘇生戦士を何故殺そうとしない?」


 「……まあ当然の疑問ねぇ。でも私たち人型タイプは意外と人間味があるものよ。私のようにむやみやたらに人を喰わない個体も居るのよ」


 何だかこうして話しているととても悪感情の塊であるゲダツと会話をしている気になれない。何しろ見た目は完全に自分たちと同じ人間の容姿。更には意外と人間臭い部分もあり会話も成立している。今までゲダツと言えば完全な異形で意思疎通も叶わない獣ばかりだったので少し新鮮な気分だった。


 「心配しなくても私が喰らうのは生きる価値のない人間の屑だけだから安心しなさい。それよりも私よりもう1人の方を早めに対処した方が良いわよ」


 「ちょっと待て。もう1人…だと…」


 ディザイアとしては何気なく言った言葉だろうが加江須には聞き捨てならなかった。今の言い方だとこの町にはまだ他にも上級タイプのゲダツが潜んでいる事になる。

 

 「アンタ以外にもこの町に人型のゲダツが潜んでいるのか?」


 「ええそうよ。ここから北西の位置に歩いた場所にもう廃れた大きな廃校があるのよ。そこに私と同じ人型のゲダツが隠れ潜んで居るわ。ああ始末する気なら止めないわよ。別に仲が良い訳でもないし」


 そう言いたいことだけ言うと彼女は一瞬で加江須の視界からその姿を消す。

 

 「また消えた。それにしても…くそ…何も出来なかった。あれが上級タイプのゲダツの実力かよ」

 

 あのディザイアと名乗るゲダツは自分たちを殺す気がなかったと言っていたが、もしもあの女が本気で殺す気に襲って来ていたら……。


 何も出来なかった悔しさに歯噛みしながら彼は腕の中で未だに眠り続けている仁乃を力強く抱きしめるのだった。



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