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少年の吐露と少女の温もりと


 結局授業中は集中できずに殆ど上の空で過ごす事となった加江須。

 明らかに意識が授業に向いていないあまり教師からは何度か小言を言われてしまった。


 「もう昼休みか…」


 いつもは退屈で体感的には時間の経過が緩やかに思える授業も気が付けば4限目まで終了していた。

 昼食休憩の時間となっても自分の席でしばらく漠然としていたが仁乃から呼び出しを受けた事を思い出し屋上へと向かう。


 少しボーっとしすぎたな。もう仁乃のヤツも先に屋上についているんだろうな。


 早朝の出来事からすでに大分時間が経過しているにもかかわらず未だに彼の中には複雑な気持ちが抜け切れていなかった。

 教室を出て待ち合わせ場所の屋上へと足を運ぶ加江須であったがそんな彼に背後から声掛けをしてくる人物が居た。


 「おーす加江須君。何だか元気無さそうな顔してんね。何か嫌な事でもあった?」


 「ああ愛理か…。お前は今から食堂か?」


 悶々としながら廊下の踊り場近くまで歩いて行くと偶然にも愛理と遭遇した。それにしても顔を見ただけで気分がすぐれない事を察せられるとは今の自分はそこまで露骨に落ち込んでいるサマを隠せていないみたいだ。あまり友人に不安を持たせたくないあまり急いで普段通りに振舞って見せる。

 そんな沈んでいる彼の事情など察せず彼女はニマニマと笑いながら加江須を肘で突っついて来た。


 「聞いたよ~最近は仁乃からお弁当を作ってもらってるんだって? 憎いね~このこの!」


 「あはは…お前は相変わらずテンション高いな」


 自分が意気消沈気味だと知られない様にいつものノリで返事を返していた加江須であったが急に愛理が耳元まで顔を寄せて来てこんなことを言って来た。


 「何だか今日の仁乃ったらやけに気合が入っていたみたいでさ、もしかしたらいよいよ加江須君にアタックする腹積もりなのかもよ♪」


 何も知らない愛理からすればカップル一歩手前の二人を面白半分でからかっているだけなのだろう。しかし今朝の出来事や精神的に悩んでいる加江須の立場からすれば複雑な気分にさせられる。

 

 「はは…相変わらず勘繰り過ぎだって…」


 一瞬だけどもってしまうが即座に受け答えを加江須がすると彼女は『お熱いですなぁ~♪』と言ってそのまま軽く手を振ると食堂へと小走りで向かって行く。

 

 何とか上手く誤魔化せた加江須であったがどうにも彼女の言った事が気になった。

 愛理の話では何やら仁乃はやけに気合が籠っていると言っていたがどう言う事だろう。そう言えばメールでも少し物騒な文章を送っていたしもしかして知らないうちに彼女を怒らせていたのだろうか?


 過去のトラウマと相まって何だかより屋上まで足を運ぶ事が億劫になってしまう。わざわざ手作り弁当を作って来てくれた仁乃に対して少し失礼かもしれないが……。


 目的の場所に到着して屋上の扉を開くとそこには少し仏頂面の仁乃が立ってた。


 「遅れてごめん。その…もしかして待たせて怒っているか?」


 「別に怒っていないわよ」


 いやどう考えても怒っている人間の顔をしているだろう。不機嫌ですってオーラが滲み出ているんだが……などとは言えずに戸惑っていると彼女はこちらへと距離を縮めて来た。そしてそのまま自分の瞳を覗きこみ核心を突く一言をいきなり突き刺して来たのだ。

 

 「あんた…幼馴染のあの娘の事でいつまで悩んでいるの?」


 「え…」


 思わず呼吸が一瞬だけ止まりかけた。まるで自分の心の中を覗かれたかのように看破されてしまい言葉が出てこない。

 

 「あんたがあの愛野って娘のことで今も悩んでいる事なんて丸わかりなんだから」


 「そ、そんな事ないって。アイツとはもう袂を分かったんだ。いつまでも引きずり続ける訳が……」


 最後まで言い切る前に仁乃は加江須の両頬にゆっくりと手を添えるともう一度同じ質問を投げかけて来る。


 「もう一度訊くわよ。いつまで悩んでいるの?」


 じっと自分の瞳を覗きこみながら尋ねて来る彼女の問いに加江須はとうとう何も言えなくなる。

 そんな言葉を詰まらせている彼に対して仁乃は急に小さく笑った。


 「そんなビクビクしてんじゃないわよ。みっともないわね」


 そう言うと彼女は加江須の頬に添えていた両手を後頭部に回すとそのまま彼を自分の胸元に抱き寄せる。

 柔らかな双璧に顔をうずめる事になり戸惑う加江須へ向けて彼女は優しい声色で続けた。


 「確かに幼馴染の関係に干渉なんて野暮かもしれない。でもさ、見ていられないわよ。今にも壊れてしまいそうなあんたを見ているとさ」


 「俺が壊れそう? はは、何言ってるんだよ仁乃? 一体何の話をして……」


 「モロバレよ。恋する乙女の洞察力舐めんじゃないわよ。好きな男の変化くらい見抜けない訳ないでしょ」


 「……はは、俺ってポーカーフェイスできないタイプなんだな」


 完全に見透かされている事を理解すると加江須は自嘲気味にそう言いながら笑うことしかできなかった。


 「なあ仁乃…俺さ……実はお前のことが好きなんだ」


 「そっか…」


 さらりと告げられる衝撃的な事実に対しても仁乃は落ち着いた口調で受け答えする。

 さらに加江須は続けて自らの内側に溜めこみ続けて来た心情を吐露し続けた。


 「お前の言う通り今でも俺はあの幼馴染に囚われている。実は蘇生前に一度あいつに告白しているんだ」


 「うん…」


 「ただその時に信じられない程に貶されて、それでショックのあまり学校を飛び出して…そして車に撥ねられて死んで…そして蘇生戦士になってさ」


 仁乃は思わず息を呑んでしまった。確かにあの幼馴染から彼が虐げられ続けた事は聞いていた。しかしまさかそこまで根深い闇が潜んでいたとは思わなかったからだ。ましてや彼女が原因で一度死んでいるなどと予想すらしていなかった。

 ほとんど無抵抗に自分に抱きしめられている彼の体は小刻みに震えている。そんな彼の痛々しい姿に仁乃はより一層強く彼を抱き寄せる。


 「まだ言いたいことはある? 全部、全部言っていいんだよ。私が最後まで聞いてあげるから……」


 その言葉でついに抑え込んでいた彼の中の感情のダムが決壊してしまう。一度吐き出された感情の水は空になるまで放流され続ける。


 「本当はずっとお前に好きだって言いたかった! でも…失恋のショックがぶり返して怖くて怖くて仕方が無かった! お前にまであんな風に否定されたらどうしようって…お前が黄泉とは別人だと理解していても怖かったんだよぉ!」


 もう恥も外聞も無く抱え込んでいたものを全て吐露してぶちまける。そんな情けない自分の頭を優しく撫でながら仁乃は呆れたように笑ってこう言ってくれた。


 「バーカ、私があんたを否定する訳ないじゃない。だって…私だってあんたが大好きなんだから…」


 目尻に小さな涙を浮かべながらギュッと抱きしめてそう言われて更に涙を流す加江須。その言葉は眩しくて、嬉しくて、幸福で、この瞬間にはもう彼の中のトラウマは完全に消え去り散っていた。




 ◆◆◆




 仁乃に抱きしめられながら泣きじゃくっていた加江須はようやく落ち着きを取り戻し、今は少し気まずそうに頭を掻いていた。


 「悪かったな仁乃。ずいぶんとみっともないところ見せちまった」


 「別にいいわよ。それよりどう、もうスッキリした?」


 「ああお陰様でな」


 今まで積もり積もっていた鬱積は晴れ清々しい顔をしながら笑って答える加江須。その笑みを見れば今までのようにやせ我慢をしている訳ではないと分かり仁乃は安堵の息を漏らす。


 だが仁乃にはここで一つ確かめておかなければいけない事がある。


 「それで、あんた私のこと好きなの?」

 

 「うえ!? あ、いや…」


 先程までの聖母のような笑みから小悪魔の様ないやらしい笑みへと変わったかと思うとグイグイと迫って来た。

 

 「女の子ってのはちゃんと返事を訊きたいもんよ?」


 「う…その…あんな泣きじゃくった後に訊く?」

 

 「訊く。絶対に訊く。問答無用で訊く」


 当たり前の様に即答する仁乃だがもう完全に自分の気持ちなどバレている。


 「でも…そうだな。ちゃんとここで伝えておくか」


 覚悟を決めて自身の頬をパンッと強く叩く。

 そして改めて少年は少女へと自分の想いをぶつけてやった。


 「俺はお前が大好きだ仁乃。どうか俺と付き合ってください!」

 

 一切の迷いもない少年の熱意の籠った告白に対して少女は心の底から嬉しそうにこう答える。


 「待たせ過ぎよバカ…はい喜んで…」


 互いの想いが結ばれた直後に二人はゆっくりと距離を縮める。


 「これから…よろしくな…」


 「もう嫌って言っても離さないんだから…」


 そう言いながら二人は互いの唇を触れ合わせて互いに強く抱きしめ合った。このようやく結びついた想いが決して解けて離れ離れにならぬ様に……。



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