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急接近する二人


 氷蓮との共闘により中級タイプのゲダツを見事に討伐した加江須だが彼は今回の戦いで改めて自分の脆弱さを認識した。

 ハッキリ言ってもしもあの自然公園での戦いを自分が単独で行っていた場合、無事にあの異形に勝利を納める可能性は極めて低いだろう。


 未だに自分の特殊能力すらも完璧に使いこなせていないからなぁ。ただゲダツを探し回るだけじゃ駄目だよなぁ。


 妖狐の力がまだ不完全な今の自分ではもしも上級タイプのゲダツと遭遇してしまえば悲惨な末路を辿る事が容易に想像できる。


 「よし…今日からトレーニングを始めますか。筋トレでもするか?」


 自室のベッドの上で寝転がっていた加江須はそう決心すると軽く腕立て伏せでもしようかと床の上でうつ伏せになろうとする。

 だが腕立て伏せをしようとする直前に机の上で充電しているスマホが鳴り響いた。まさにトレーニングを開始しようとする直前の着信音に少し億劫そうにしながらもスマホに出ると電話相手は仁乃であった。


 『あーもしもし加江須? ちょっと話したい事があるんだけど…』


 「どうしたこんな時間に?」


 こんな夜分遅くから来た意外な人物からの連絡に首を傾げていると彼女はある提案をして来たのだった。




 ◆◆◆




 「あーウザいウザいウザい」


 加江須と仁乃が連絡を取り合っている同時刻に愛野黄泉は心底不快そうな表情をしながらシャワーを浴びていた。ボディソープを付けた浴用タオルで入念に自らの体を擦って今日一日に付着した雑菌を擦り落とし続けていた。


 「いくら演技とは言えあんな男にベタベタしなきゃならないなんて……」


 幼馴染である加江須との関係を修復する為にあえて前準備としてクラスメイトである他の男子と仲を深めて自分の計画通りに事を為そうとする彼女だが、これからしばし本来は路傍の石の価値すらない男に愛想よく振舞う事を考えると気が重い。


 「本当なら私の肌に触れても良い異性はカエちゃんだけなのに…!」


 改めて今日一日の自分の行動を振り返ると反吐が出そうだった。まるで恋仲のように高宮と仲睦まじく振舞っていた事が気持ち悪くて仕方がない。


 しかもアイツの反応を見る限りじゃ私と脈ありと考えていそうだし……オエッ……。


 幼馴染との関係を修復する為だけの道具にすぎないにも関わらず盛大な勘違いをしている高宮が黄泉には癪に触って仕方がなかった。

 何とも傲慢な考え方だろうか。ハッキリ言って彼女は完全な外道に落ちぶれていた。昔の彼女ならば間違ってもこんな人でなしな考えは実行に移さないどころか蚊帳の外だろう。そしてそんな歪んだ思想を持つようになってしまったからこそ加江須に見限られたと言うのに……。


 「とにかく今はあの高宮と良好な関係を演じ続けないと…はぁ…カエちゃん……」


 目をつぶって上から降り注がれるシャワーの温水を浴びながらかつての自身に優しくしてくれた幼馴染との過去を思い浮かべる。どんな時でも自分の味方になってくれた愛しい彼、そしてその隣に立っている自分。だがそこまで想像するとあの忌まわしい伊藤仁乃の姿が脳裏によぎる。


 彼女の脳内では仁乃は醜悪な笑みを浮かべながら加江須の隣で自分を見下している。


 「……今に見てなさいよ。絶対にお前になんかカエちゃんを渡さない! あんなヤツに…あんなビッチに……!!」


 シャワーを浴びながら爪をガリガリと噛んで憎々しく憎悪を燃え上がらせる黄泉。

 完全な逆恨みだと言うのに言いたい放題、こんな風に屈折した心根の持ち主だからこそ幼馴染にすら見放されたと言うのに……。


 「ふふ…必ず私の宝物を取り戻して見せる。最後に笑うのは私なんだから……」


 そう言いながら目の前の鏡に映る彼女の顔は禍々しい笑みを浮かべていた。




 ◆◆◆




 早朝のまだ大抵の家は眠りについたままの早い時間帯に加江須は家を出ていた。今日は平日だが彼の恰好は制服ではなく青を基調とした運動用のジャージを着ている。

 まだ朝早くと言う事もあり道を歩いていてもいつもの登校時のように他の人間とのすれ違いも少ない。


 しばらく歩いていると目的地である公園へと辿り着く。するとそこには既に先客が居た。


 「遅いわよあんた。あと1分過ぎたら遅刻だったわよ。こんな朝っぱらから電話するところだったわよ」


 少し不機嫌そうな表情をしながら公園の入り口前には仁乃が居た。

 彼女は設置してあるポールに背を預けてスマホを片手に加江須の到着を待っていたのだ。


 「悪い悪い。危うく二度寝するところだったけどちゃんと来たから勘弁な」


 「たくっ…まあいいわ。それじゃあ早速ランニング開始よ」


 呆れの色を含んだ溜息を吐きながら加江須の遅刻を許すと二人はそのままランニングを開始し始める。

 特にどこかの運動部に所属している訳でもない二人が早朝からランニングしている理由、それは蘇生戦士としての体力づくりが目的であった。


 「それにしてもこんな早朝からのランニングなんて何時以来だろうな。走るのはいいけど早起きは少し俺には厳しいぜ」


 「はいはい文句言わないの。私だってこの時間は本当は寝ているんだから」


 二人が蘇生戦士として体力づくりを始めようとしたきっかけは昨日の自然公園での戦闘が理由であった。

 中級タイプのゲダツとの戦闘で二人は自分の未熟ぶりを強く思い知らされた。今までの様にゲダツに遭遇する時のみ対処すると言う楽観的な考えでは駄目なのだ。昨日の中級タイプはもちろん未だ見ぬ上級タイプへ挑む為にはただ待つだけではいつかはやられるだろう。そこで二人は今日より毎日簡易的にでもトレーニングを開始する事にしたのだ。


 「ふっふっふっ…」


 走りながら一定の呼吸を整えながらランニングを続ける二人。蘇生前に神様から聞いた話だとこのようなトレーニングでも積み重ねれば神力を強化できるらしい。とは言え速効性はないだろう。これからも毎日早起きすると考えるとやはり気が滅入りそうだ。


 仁乃のやつはよく不満の1つも漏らさないよな~。朝のランニングだってこの娘からの提案だったし……。


 そんな事を考えながら仁乃の方を横目で見る。すると走るたびに上下に揺れ動く二つの果実がモロに目に入りすぐに目を背けてしまう。


 早起きは三文の徳ってことわざを思い出した。ぶっちゃけ良いモン見れた……。


 もしかしたら鼻の下が伸びているかもしれないので仁乃とは反対方向を向きながら自分の顔を見られないようにする。不自然な方向に視線を向けつつ心臓が別の意味でバクバクする加江須。だが実はランニングに集中できていないのは仁乃の方も同じであった。


 こんな朝早くに二人きりでランニング。も、もちろんデートって訳じゃないけど二人きりのこの状況、それもこれから毎日この時間が訪れるなんて少し緊張しちゃう。


 もう加江須に対して完全に恋心を抱いている彼女からすればこのシュチュエーションはとても魅力的であった。

 チラリと横目で加江須の方を見てみると何やら彼は頬を染めながら自分から目を逸らしている。


 もしかしてアイツもアイツで私を意識してるのかな? だ、だとしたら嬉しいな♪


 少し照れ臭そうにしている加江須の横顔を見て小さな喜びと自分への自信を持てる仁乃。もしも彼が照れ臭そうにしている理由を知れば怒って彼の頬を渾身の力で引っ張るだろう。

 

 それからしばしの時間と距離を走り続けた二人は当初待ち合わせ場所に指定していた公園へと戻る。互いにもう汗だくとなっており用意していたタオルで汗を拭っていると仁乃が用意していた小さな肩掛けバックからペットボトルのスポーツドリンクを出して渡してくれた。


 「はいコレ、水分補給はしときなさい」


 「おおありがと」


 カラカラの喉に流れ込むスポーツドリンク、控えめの甘さが心地よく一気に飲み干そうとする加江須だが最後の一口でむせてしまう。


 「ごほっ! げほっげほっ!」


 「ちょ、がっつくからよバカ」


 むせ返っている加江須の口元を拭う仁乃。そのさり気ない優しさにドキッとするがそれ以上に近くに寄られると甘い匂いが鼻孔をくすぐる。自分のような汗の臭いよりも花の香のようなスイート臭が漂っている。

 

 「たくっ…飲み物ぐらい落ち着いて飲みなさいよ。本当に慌ただしいヤツなんだから」


 どこか呆れの含んでいる顔をしているが表情とは裏腹に口元を優しく拭う彼女を見てやはり仁乃はとても優しい娘だと思わせる。つくづくあの幼馴染とは大違いだ。少し天邪鬼ではあるが思い返せば仁乃は本当によく自分の事を気遣ってくれている。


 昨日なんてわざわざお弁当まで作って来てくれて……。


 そこまで思考がいくと同時に以前彼女にお弁当をあーんしてもらった事や頬にキスをされた事まで鮮明に蘇って来て頬が熱くなる。


 「ん? なにじろじろ見てるのよ? それに顔赤くなっているし……」


 どうやら無意識に仁乃のことを無言で見つめていたようだ。

 彼女はいきなり顔を赤らめた加江須が体調不良に陥ったとでも思い自分の額を彼の額に優しく押し当てる。

 

 「な、何でもないって…うわっ!?」


 「ちょっ、きゃっ!?」


 彼女の顔が間近に迫ったことで照れ臭い余り後ろに下がろうとする加江須だがバランスを崩しそのまま仁乃を押し倒してしまう。


 「あ、ご、ごめん」


 「………」


 ランニング終わりの体温が互いに上昇している男女、しかも男の自分が覆いかぶさる形となり加江須の頭の中が真っ白になる。事故とはいえ引っぱたかれても無理もないと思い平手打ちが飛んできても甘んじて受ける覚悟を決めるが仁乃が手を出す様子はない。


 それどころか彼女は何かをねだるかのような切なそうな瞳を向けている。そしてゆっくりと瞼を閉じると唇を少し前に出す。その仕草に彼女が何を求めているのかは容易に想像できてしまう。そして甘い言葉を囁きかけて来た。


 「私…あんたならいいよ…」 

 

 「に、仁乃。俺は……」


 あまりにも急展開すぎる……いや、これまでの彼女の自分へのアプローチを考えればこの展開もどこか納得できてしまう部分があるが少し流れに身を任せ過ぎている気がする。

 最後の理性でゆっくりと自身の体を持ち上げようとする加江須だが真下の仁乃は優しく彼の腰を両手で掴む。決して力を籠めて入る訳ではないが不思議と加江須にはその拘束を力づくで抜け出す気になれなかった。


 そして気が付けば加江須はゆっくりと顔を降ろして行き自身の唇を仁乃の唇へと押し当てようとしていた。


 だがあと数センチで二人の唇が触れ合う直前に彼の耳にある幻聴が聴こえて来た。

 

 『勢いに任せてキスなんて最低ね。あーあ、こんなヤツが私の幼馴染だなんて情けなくなる』


 「!?」


 それはこの場に居ない筈の人物、もはや決別したはずの幼馴染の声だった。



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