蘇生前の説明
イザナミの口から重苦しく放たれた消失と言う言葉に加江須はゴクリと唾を呑み込みながらどう言う事かを聞き出す。
「悪い、もう少し詳しく教えてくれ。消失って具体的にどうなるんだ?」
「抽象的になりましたね。もっと具体的に言うとゲダツに襲われた者に関する記憶や情報、足跡が世界から綺麗さっぱり消えると言えばいいでしょうか。つまりは元からその人物はこの世界には存在しなかった事となるんです」
イザナミの口から語られるその言葉に加江須の背筋がゾッと凍り付いた。
自分の今まで生きて来た歴史を消される。これまでの足跡を綺麗さっぱり消され自分は初めから居なかったものと扱われる。それはある意味死よりも恐ろしいと思えた。
自分と血の繋がった家族、親しい友人の記憶の片隅からも自分と言う存在が抹消される。誰からも忘れ去られて死んでいく事を考えると腹の底から吐き気にも見た嘔吐感を感じてしまう。
「恐ろしいな。世界から自分なんて居なかった事と認識されて誰の記憶からも忘却してしまうなんて御免被る……」
そこまで口にして加江須の脳内にはあの忌々しい幼馴染の人を見下す笑みが蘇った。時間の経過とともに仲の良かった自分を最早道具としか見なくなったあの幼馴染の醜悪な顔が焼き付いて離れてくれない。
いや…少なくともあの性根の腐った幼馴染だった女になら忘れ去られても構わないか……。
「あの…大丈夫ですか?」
気が付けば目の前のイザナミが心配そうな眼差しで自分の事を見つめていた。どうやら説明の途中で暗い顔になった自分を気遣って声を掛けてくれたようだ。
「ああ悪い大丈夫だ。話を戻すけどゲダツに殺されれば誰の記憶にも残らないから行方不明扱いにもならない。そんな人間なんてこの世に元より存在しなかったと世界共通認識だから地上は陰で蠢く魑魅魍魎にも気が付けない…と言うことか……」
「実際に私の調べではあなたの暮らしている焼失市でも被害者はきっちり出ています」
「そんな訳が無い…とは言えないな。何しろ襲われた人間が誰からも憶えられていないんだからな……」
「はい、加江須さんの住んでいる町で起きているゲダツの被害、この被害の拡大を防ぐためにあなたには是非とも蘇生戦士となって戦ってもらいたいのです」
そう言いながらぐいっと顔を近づけながら興奮気味に頼み込んでくるイザナミ。
年上で美女、そんな女性に顔を至近距離まで近づけられてしかもいい香りに思わず頬を紅く染めてそっぽを向いてしまう加江須。
一方でそんな思春期特有の青年の反応に気付かず彼女はなおも蘇生戦士となって戦って欲しいと懇願した。
「お願いします。地上世界の歴史の安定の為にも蘇生戦士となって戦ってください。このゲダツの被害を放置し続ければ本当に大変な事になるんです。ゲダツに襲われた者の情報は世界から消えてなくなります。その被害が小さいうちはまだうまく修正がききますが、被害が大きくなればなるほど歴史の辻褄は噛み合わなくなり最後は加江須さんの町そのものが無かった事になるんです」
イザナミの少し危機感を漂わせる発言にそっぽを向いていた加江須が慌てて彼女に向き直る。
どうやらゲダツが手あたり次第に町の人間を喰えばその都度に修正された情報がどんどんと穴だらけになって最終的には町そのものが成り立たなくなり消える事だってあるらしい。もしかしたら自分も記憶が修正されているだけで世界からはいくつかの町が消えているのかもしれない。
つまり…俺の家族だって消えてしまうかもしれないんだよな……。
自分の暮らしている町でもゲダツの被害が発生している以上は家族だって身が危険であることは間違いない。
「……それは嫌だな」
優しくていつも温かな笑顔を向けて来れる母親、厳しくも自分を何度も支えてくれた父親、その二人が化け物に喰い殺される事を想像しただけで息が詰まる。それにあの腐れ幼馴染にメンタルをあれだけボロボロにされた直後に事故死と言うのもかなり間抜けな死に様だろう。これでは死んでも死にきれない。
「……よし決めた。イザナミさんだったな、今話した蘇生戦士とやらになって戦ってやる。自分の町で好き勝手化け物が住み着いているなんて気分も良くないし、それに自分の死に様を思い返すと情けなくて死にきれねぇよ」
こうしてしばしの熟考の後に加江須は答えを出す。
化け物と戦う宿命が課される以上は生前ほど楽には生きられないかもしれない。それでも彼は第二の人生を歩む決意を固めたのだった。
加江須が了承の返事をしてくれたのでイザナミの顔がぱあっと明るくなった。蘇生戦士の素質を持つ人間はそうそう居ない。もしも彼に断られてしまえば数少ない候補を失う事になるのでイザナミとしても困るのだ。
喜びと感謝の余りの彼女は思わず目の前の加江須の事をガバッと抱きしめて来た。
「ありがとうございます。感謝感激です!」
「うわっぷっ!? ちょ、ちょっと……!」
加江須の顔面を柔らかな双璧が挟み込み更に甘い匂いが鼻孔をくすぐり顔がカーっと赤くなる。
「あ、ごめんなさい。お見苦しいものを…」
いや正直に言えば男としてはかなりご褒美だったのだがそこは口には出さないでおこう。その事を馬鹿正直に言えば呆れられるかもしれないし何より情けない。
「だが…その蘇生戦士になってもどう戦えばいいんだ? 超人的な身体能力を得られるって事は殴ったり蹴ったりとか肉弾戦で戦うのか?」
「確かにそれもありますが蘇生戦士となってくれる方にはある特典が付きます」
そう言うとイザナミの手元が光り輝いたと思うといつの間にか彼女の手には1つの箱を持っていた。
その箱は全体が真っ白で正面には?マークが描かれている。よくバラエティ番組などで見かけるありふれた箱を不思議そうに見ているとイザナミが加江須の前にその箱を差し出してきた。
「蘇生戦士となる方にはこのくじを引いてそこに記載されている能力が与えられます。どのような能力になるかは不明ですが少なくとも戦闘に役立つ力が手に入るはずです」
何だか随分と漫画などでありふれた能力の決め方だと内心で苦笑する加江須。何だかネットの小説で似たような創作話でもこんな展開があった気がする。
とは言えそれが決まりなら仕方がない。箱に空いている穴の中に恐る恐ると言った感じで手を入れる。その中に入っている多くの紙をしばしかき混ぜて1枚の紙を取り出した。
「よいしょ、えーっと……『妖狐の力を身に宿す特殊能力』……よくわからん?」
くじに書かれている能力名を口にしてみるがピンとこない。
首を捻っているとイザナミが自分の手に入れた能力について説明をし始める。
「加江須さんの手に入れたこの能力はかなりの当たりの部類ですよ。何しろかなりの応用が効きますからね」
何やら興奮気味になっているが勝手に盛り上がられても正直困る。妖狐と言う単語はゲームや漫画などではよく見掛かけるが……一番オーソドックスなのは頭と臀部に狐の耳と尻尾が生えている姿だと思うが……。
「加江須さんの手に入れたこの能力は強大な力を持つ霊獣である妖狐の能力をその身で発現させる力です。それに伝承では妖狐には『野狐』、『仙狐』、『白狐』など多種多様の種類があります。加江須さんが自身の能力を極めればこれらの妖狐の持つ力を扱う事も出来るようになるかもしれません」
正直そう言われてもイマイチ自分の手に入れた能力の強みがふわふわとしているが彼女の様子からハズレ能力ではないらしい。生き返ったらネットで少し妖狐について調べてみよう。
「参考までに訊いておきたいんだけど他にはどんな能力が用意されていたの?」
「う~ん…もう加江須さんの能力が確定した後ですので公開してもいいですかね」
そう言うと彼女は箱の中から複数枚の紙を取り出すとそれらに記載されている能力を読み上げて行く。
「えーっとなになに……『透明人間になる特殊能力』、『髪の毛を操る特殊能力』、『動物と会話が出来る特殊能力』……あはは、こ、こんな感じですね」
「……俺の手に入れた能力は確かに当たりだったみたいだな」
能力は応用次第では戦闘に役立つので今彼女の読み上げた能力も決して役に立たないとまではいかないだろう。しかしあまり戦闘向けとも言えない能力名なので自分が手にした能力がまともだった事に思わず安堵の息を漏らす。
イザナミが苦笑いをしながら隠すように読み上げたくじを箱の中に戻すと加江須にこう言った。
「それでは能力が決まったので次は神力譲渡を行います。加江須さん、背中を向けてくれますか?」
「え、こうか…?」
言われるがままに背中を向けるとイザナミは彼の衣服をめくり上げて背中を露出させる。そこに彼女の温かい手の平がペタリと添えられる。すると何やら彼女の触れている部位が暖かくなっていきその熱は全身に広がって行く。
「……よし、私の神力は無事に譲渡し終わりました。上手く加江須さんの霊力と融合してくれたようですよ。これで今のあなたにはゲダツと戦う戦闘力がその身に宿った筈です」
「うーん…本当かな…?」
自分の体を見回してみるが取り立てて変化した部分があるわけでもない。だが確かに外見には変化は見られないが胸の中に何か力の塊の様な物が感じ取れた。
試しに手を閉じたり開いたりするが特に違いが分からない。そして次にその場でジャンプしてみるがここで驚愕する事となる。
何故なら彼が軽い気持ちでジャンプしてみると10メートル以上の高さを飛んでいたのだから。
「え……ええ!?」
ビルの3、4階に相当する高さを軽々と跳んだ自分が信じられずに間抜けな声が出てしまう。そのまま地上に着地して呆然としているとイザナミが話しかけて来た。
「どうですか? 今の跳躍で自分が超人と化した実感が湧きましたか?」
「あ、ああ…軽くジャンプしたつもりでバカみたいに跳んだな。少し今の自分の力が怖いくらいだ……」
「蘇生戦士となれば素の身体能力が強化されますからね。そして神力で脚力を強化すれば今の数倍は高くジャンプできますよ」
加江須が今の自分の身体能力に戦慄を覚えるのも無理はないだろう。なにしろ最初のジャンプでは自分はそこまで力を入れていなかったにも関わらず10メートルのジャンプを披露したのだ。この分だと筋力も相当上がっている事だろう。下手に力加減を間違えたら普通の人間相手なら取返しのつかない大怪我だって負わせかねない。しかも神力をコントロールできれば更に化け物じみた力を発揮できると言われれば戦慄すら覚えてしまう。
加江須が少し自分の過剰に上がった力に恐れていると今度は特殊能力についての説明をし始めるイザナミ。
「次は特殊能力についてですね。そうですね…妖狐にはいくつもの伝承があるのですが…例えば妖狐は火を操る力もあります。ですので炎を操るイメージをしてみてください」
言われるがままに加江須は自分の手に炎が宿るイメージをしてみる。
しばしイメージをし続けてみると自分の掲げている拳からボッと赤い炎が燃え盛った。
「うお熱い!? いや…熱くはない…?」
「自分の能力で発現させた炎ですからね。心配しなくても肌を焼く事はないですよ」
「うおー……」
まるで少年誌の様な能力を実際に扱っている事にかなりの感動を覚える加江須。
「妖狐は伝承では他にも様々な力があります。今はまだこのような単調な力しか使えないでしょうが能力を極めれば他にも色々な力を発現できるでしょう。しかし注意してください。この空間でのあなたは魂だけの存在ですが現実世界に戻れば能力を扱う際には体内の神力を消耗します。むやみやたらに能力を扱えばすぐに神力を消耗して動けなくなりますので。消耗した神力は体力と同様に休息を取れば回復はしますが」
「なるほど、どんな力も使えばエネルギーは喰うって事か……」
「神力を扱う感覚については現実世界に戻ってから感覚を自分で掴んでもらうしかありません。では最後にゲダツ討伐の際に恩恵についてです」
「恩恵? もしかしてゲダツを討伐する度になんか貰えるのか?」
「はい。正直に言えば蘇生戦士となれる素質のある方は加江須さんの様な純粋な方ばかりとは限りません。無償で働くのは勘弁と言う思考の方もやはりおりますので見返りを用意しているんです」
イザナミのその言い分にはかなり納得できる。
自分は家族などをそのゲダツなんて怪物に喰い殺されるのは御免だから率先して戦う気力はある。しかし中には超人化した身体能力や能力を自分の為だけに使役する人間だって絶対にいるだろう。つまり旨味が無ければ動かないタイプの人間の為の措置と言う事だろう。
「ちなみにその見返りとは?」
「はい、現金です!」
何だか神様の口からはとても聞きたくない下賤な単語が飛び出て来た。それも満面の笑み付きで。
白けた眼で自分を見ている加江須の視線に我に返ったイザナミは両手をわたわたと振り回しながら言葉を発する。
「き、気持ちは分かります! でもゲダツとの戦いに対してのモチベーションを上げる報酬としてはこれが打って付けでもあるんです! それに現実的な話、生活基盤を整える為には金銭は斬っても切り離せないものです。生きて行くうえでお金は必要不可欠ですし……」
それを言われてしまうと言い返す言葉が見当たらない。リアルな話をするなら人は金を得る為に職に就き汗水たらして働いているのも事実。
「まあ…少し俗っぽいがこれ以上は何も言わないでおくよ。ちなみに……いくらくらい貰えるの?」
「それについてはゲダツのランクによって異なりますね。実はゲダツには大まかに3段階のランク分けがなされているんです。異形の姿をしているゲダツが下級タイプ、そして姿こそは下級と同じでも特殊な能力を持っているタイプが中級、最後に進化を果たして人型のタイプとなっている上級タイプのゲダツになります」
「人型って…普通の人間と変わらない容姿をしているのか?」
「はい、しかも下級と中級とは違い人型は一般人にも目視できるタイプなんです。ですので人間社会に溶け込んでいる事もあるので気を付けてください」
人食いの怪物が人の皮を被り自分たちの身近に潜んでいると考えると背筋が凍る加江須。しかし見分ける方法がない訳ではないらしい。いくら人に化けているとは言えゲダツである以上はゲダツ特有の不快な気配が多少は漏れ出ているらしい。
まあ人型についてはともかく、倒したゲダツのランクによって得られる報酬はこのように分配されるらしい。
下級タイプのゲダツ討伐→100万円が支払われる。
中級タイプのゲダツ討伐→1千万円が支払われる。
上級タイプのゲダツ討伐→5千万円が支払われる。
「うお…かなり貰えるな。しかも上級が5千万円ってマジかよ……」
だがこの報酬額を考えるとそれだけ人型のゲダツが手強いと言う事を示唆している事でもある。
「ちなみにこの報酬ってどう支払われるんだ?」
まさか目の前の神様が目の前に現れてポンと渡すとは思わないが。
するとイザナミの手元が小さく光ると1枚のカードが握られていた。
「これは神界銀行カードと言います。蘇生戦士の方がゲダツを討伐するとこのカード内に自動的に報酬が振り込まれます」
加江須は受け渡されたカードを見てみるが特に何も、文字すら書かれていないまっさらなカードだ。
このカードの使い方についての説明を一通り受ける加江須。どうやら音声認識らしくカードの上にウィンドウ画面が出現して全て音声で操作をするらしい。
「はい、これで蘇生戦士やゲダツについての説明、そして神界カードの扱い方も分かりましたね? では、早速久利加江須さんには再び地上世界で蘇生戦士として第二の人生を歩んでもらいます」
「でも俺ってもう地上では死人なんだろ? 今更ノコノコ生き返ったら世間が混乱するんじゃないか?」
だが彼のその不安もどうやら杞憂で終わるらしい。
この蘇生の間で蘇って地上に舞い戻る者は死因となった事象が改変されるらしい。例えば加江須は幼馴染に傷つけられた事が死亡の原因だ。だから彼は幼馴染の愛野黄泉に告白などしなかった、このように歴史が修正されるのだ。だから交通事故だってなかった事になる。ならば当然加江須が死んだ事実すら存在しないことになるらしい。
「では久利加江須さん、今から現世に送り出しますがよろしいですか?」
「ああ頼む、色々とありがとな」
「いえ…蘇生戦士となればこれまでとは違い苦難の連続でしょう。生前以上に困難な人生になるかもしれませんが頑張ってください」
「なーに、むしろありがたいさ」
自分の死因に起因する歴史が改変されると言うならば自分はあの腐れ幼馴染に告白した事実も無かった事になる。むしろ一度死んで吹っ切れた。第二の人生はアイツとは無縁の道を歩もうではないか。
そんな決心を固めたと同時、加江須の意識は一瞬で闇の中に沈んでいったのだった。