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氷蓮の苦悩


 加江須と仁乃の視線の先ではまるで仲睦まじいカップルのように笑い合う男女が居た。少年の方は少し照れ臭そうにしており、少女の方は積極的に腕を絡めている。互いに端整な顔立ちをしており傍から見ればお似合いのカップルだろう。


 「あの娘……」


 少年の方は面識のない人物だが少女の方は仁乃の見知った人間であった。とは言え決して友好的な関係ではなくむしろ嫌悪感すら抱いている相手だ。


 「愛野黄泉……」


 気が付けば自然と仁乃の口からはその少女の名前が漏れ出ていた。そしてすぐにハッとなり隣に居る加江須へと視線を傾けると彼は何とも言えない表情を表していた。そこには悲しみと言うよりも戸惑いの色が色濃く出ている様に仁乃には感じられた。どうやらショックを受けている訳ではないので少しは安堵できたが。


 「それじゃあまた明日学校でね真君♪」


 「う、うん。また明日…」


 どうやら黄泉たちの方は加江須たちの存在に気付いていないみたいでそのままお互いに手を振って別れるとその場からそれぞれ帰路へと付いて行った。そして黄泉が視界から見えなくなったタイミングで今まで無言だった仁乃が加江須へと語り掛ける。


 「何だかかなりベタベタしていたみたいだけど……もしかしてあの二人そう言う関係なのかしら? あんたにはどう見えた?」


 「多分だけど今お前が思っている様な関係なんじゃないか? そうでもなきゃアイツがあんな大胆な振る舞い方を男子相手にしないと思うし……」


 ただの友人と言うには黄泉があの真と呼んでいた少年に対してのスキンシップはどう見ても過剰に見えた。傍から見ればあの距離感は友人ではなくカップルの方が当てはまるだろう。


 「まあ予想外の遭遇には少し驚いたけど別にショックではないよ。むしろ俺のことを完全に諦めてくれたと思うと気が楽になる。今の俺にとっては悩みのタネでしかなかったからな」


 これは決して強がりでも何でもない加江須の本心でもあった。彼からすれば彼女とはすっぱりと関係を断ち切りたいと思い続けていたのだ。今しがた目撃した光景から察するにあの元幼馴染はもう自分のことを諦めてくれたのかもしれない。

 

 「まあようやくアイツとの因縁も斬れたと思えばむしろ気が楽になったよ。さて、さっさと帰ろうぜ」


 「うん…そうね……」


 さっぱりとした顔をしている加江須とは裏腹に仁乃の表情は優れなかった。

 

 本当にあの娘は加江須のことを諦めて新しい恋に目覚めた? あれだけ粘着質だった人間がそう簡単に踏ん切りをつけて切り替えたと言うの?


 正直な感想を言うのであれば仁乃は加江須とは違い黄泉が潔く諦めたとは考えられなかった。自分を屋上に呼びつけた時の彼女は何が何でも加江須を渡してなるものかと鬼気迫る感じだった。ましてやあんな物騒な脅迫文を自分の下駄箱に入れる程なのだ。しかし同時に目の前で他の男子と仲良さげにしていたのも事実。


 何かしらこの言いようの無い奇妙な感じは……。


 もし加江須が今口にしたように彼女が隣に居る加江須を諦めて吹っ切れてくれたのならそれでいい。だがもし彼女がまだ裏で何か不穏な工作を働いているとしたら……。


 気が付けば仁乃は加江須の手をしっかりと握っていた。まるで彼には決して手を出させないと言う決意を露わにするかのように。


 「に、仁乃? いきなりどうした?」


 突然手を握られてどぎまぎしてしまう加江須とは対照的に仁乃の表情は曇っていた。

 そしてこの読み通り仁乃は後に知る事となる。あの愛野黄泉はやはり蛇のようにしつこい女だったと言う事を……。

  



 ◆◆◆




 加江須たちが予想外の遭遇を果たしているその頃、公園から別れた氷蓮は適当なコンビニで今日の食糧を購入していた。適当なコンビニ弁当と飲み物を買って店外へ出ると今日の寝床を確保する為に街の中をうろつく。


 「さーて…今日はどこで寝泊まりしますかね」


 まだ夜が更けると言う時間帯ではないがあまり日が沈んでからうろつきたくはない。まだ年齢からすれば彼女は高校生くらい、以前一度だけ寝床が確保できず深夜近くまで適当に歩いていると補導されかけた経験もある。それに今時ネカフェなどに丸1日泊まり込むのも未成年では厳しいものがある。

 

 たくっ……金はあっても腰を降ろせる場所が無いのは本当に面倒だ。宿無しはつれーぜ……。


 彼女は自身のことを宿無しと表現しているが実際には違う。確かに彼女の両親は悲しい事故でもうこの世には居ない。しかし彼女が暮らしていた自宅は今も健在なのだ。

 だが彼女はあの家にもう戻るつもりは無かった。何故なら――あの家は今や薄汚い寄生虫が住み着いてしまっているのだから。


 当てもなく街の中をふらついていると氷蓮のポケットからスマホの着信音が鳴り響く。


 「………」


 けたたましい音が鳴り続けるスマホを無視し続けようとする氷蓮だが鳴りやむ気配が無い。自分のスマホに連絡をしてくる相手なんて限られている。今自分のスマホを鳴らしている相手も簡単に予測できる。


 「くそ…出りゃいいんだろ出りゃ…」


 舌打ち交じりにポケットからスマホを取り出す氷蓮。そして画面に映っている番号を見て溜め息を吐く。


 「はい…もしもし……」


 気だるそうな口調を隠す事なくスマホを出ると不快な男の声が鼓膜を震わせる。


 『おい出るのが遅いぞ。危うくもう諦めて切ろうかと思ったぞ』


 チッ…そう言う事なら無視し続ければ良かったわ。テメェと会話をしたくないから出るの渋っていたのによ……。

 

 心の中で毒舌を吐く彼女の心情など露知らず相手の男は更に彼女の怒りを増長させる発言を無神経にしてくる。


 『まあいい。それよりまた金が底をつきそうなんだよ。援助を頼む』


 「……はあ!? 前に100万も渡してやったろうが! あれからまだ一ヶ月も経っていないんだぞ!!」

 

 『しょーがねーだろ。毎日パチ屋や競馬場に通っていると消費も激しいんだよ。今回は運がなくて負け続けたが勝てば倍に膨れる予定だったんだけどなぁ』


 「~~~~~ッ!?」


 吐き気を催すほどの理由に彼女は思わずスマホを頭上に掲げて叩きつけようとしてしまう。だが自分が損をするだけだと残っていた理性でブレーキを掛けギリギリで踏み止まる。

 

 『おい聞いているのか? また援助を頼みたいんだが…』


 「ぐっ…ぐぐ……!」


 渾身の力で歯を食いしばり叫び声を上げたい衝動を堪える氷蓮。

 

 ふざけんな。金が欲しいならテメェが汗水流して働け、そう今にもぶちまけたい衝動を呑み込む。


 「……分かった。また家のポストに入れておくから勝手に回収しておけ……」


 『おおサンキュー♪ いやー持つべきものはよく出来た姪だな』


 スマホ越しに会話をしている相手は彼女にとって叔父にあたる人物、名前は黒瀬俤治(くろせおもじ)であった。実はとある理由から現在彼女の自宅にはこの人間のクズとも言えるこの男が住み着いているのだ。そして彼女が自宅に戻らず根無し草の生活をしている理由もこの男に原因があった。


 ああ…どうして自分はこんなクズの為に尽くしているのだろう? 本当ならこんな能無しなんて放置して自分の為だけに生きたい。でも……でもそれじゃあいつが……!


 もしも自分が養う対照がこのクズ1匹だけならば完全に放置しているだろう。だが今自分の住んでいた家にはこの叔父だけでなくもう1人の人物が暮らしている。そしてその人物こそが氷蓮がこの男を無視できない理由でもあった。


 『ああそれからウチの娘の為のお小遣いも一緒に頼む。可愛い従妹にも美味いものを食べさせてやりたいからな』

 

 「ッ…ああ分ったよ。ちゃんと芽卯(めう)にも美味いモン食わせてやれよ」


 『それじゃあ明日までによろしくな。何なら戻って来てまた3人で暮らしても良いんだぞ? ここはお前の自宅でもあ……』


 叔父が最後まで言い切る前に通知を切る氷蓮。

 彼女にとって叔父の様な人間失格がどうなろうと知った事ではない。でも……あの娘が不憫な目に遭うのは我慢しきれない。


 『氷蓮おねえちゃん』


 彼女の脳内にはあの腐りきった叔父の元に独り残して来てしまった幼げな少女の姿が思い浮かんだ。まるで自身を本当の姉の様に慕ってくれた彼女は本当に愛おしかった。そして……そんなあの娘をあの屑の元へと一人置いてきてしまった事を思い返すと胸が痛んだ。


 「くそ…俺は何やってんだ?」


 あの最悪な叔父へ定期的に金を送り、そしてあんな優しい娘を放り捨てて……。


 「くそ…いっそあのクソ叔父がゲダツに喰われればいいのに……」


 そんな都合の良すぎる願望を口にしながら彼女はその場で項垂れる事しかできなかった。

 化け物を討伐できる力を持っていてもあんなギャンブル依存症の男をどうにもできない矛盾に彼女は悔し気に唇を噛みしめるばかりであった。



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