烈火町への帰還、そして目撃
仁乃の咄嗟に思いついた奇策により見事にゲダツの討伐に成功した加江須たち。
上空で大量の氷柱に貫かれ光の粒となり空へ解けていくゲダツを見つめながら安堵の息を漏らす加江須。すると氷壁の上部から飛び降りて来た仁乃たちと合流する。
「どうにかこうにか上手く言ったわね加江須。お疲れ様」
「ああお疲れ……と言いたいところだがさっき空中でブンブン振り回されたこと忘れてないからな~」
「ご、ごめんって。わざとじゃないんだからそう露骨に機嫌を損ねないの」
じとーっと効果音が付きそうなジト目で自分を不満そうに見つめる加江須に対して半笑いで軽い謝罪をしておく。
反省の色が見えない彼女に未だむくれる加江須であるがここで氷蓮が半笑い気味で彼の興味を引く情報を差込んだ。
「まあ勘弁してやれよ。こいつさぁ、お前が自身の身を自分に委ねてくれた事が嬉しかったんだよ。だから手元が嬉しさの余り狂ったんだよ」
「ちょっ、余計な事を言うんじゃないわよ!!」
「今更なーに照れてんだ? てゆーかお前らもうデキてるんだろ? 学校の屋上であんだけイチャコラしてたんだし今更取り繕う必要あるか?」
別に氷蓮はこの二人と交流があるわけでもなければ親しい間柄でも何でもない。あくまで今回だけ共闘をした同業者でしかない。しかし屋上での弁当の食べさせ合いっこをこの目で見てる以上はただの友人関係でない事はもうバレバレだ。
氷蓮は自分の見た昼間の光景を口にすると加江須と仁乃は自分たちの行為を改めて振り返り、そして羞恥心がぶり返して顔を赤くして俯いてしまう。
思わず加江須がチラっと仁乃の方を見ると彼女がそっぽを向きながら小さく呟く。
「こ、こっちみんなバカ」
「ご、ごめん」
恥ずかしさの余りお互いにまともに顔も見れずにモジモジとして何とも言えない雰囲気がいつの間にか周辺に出来上がる。
そんな桃色の空間内にいる氷蓮が少しめんどくさそうに呟く。
「おい…いつまでこの甘酸っぱい空間で俺は佇んでなきゃいけないんだ?」
こんな事なら余計な事を言わなければよかったと軽く後悔する氷蓮であったのだった。
◆◆◆
「もう随分と時間が経っていたんだな…」
公園を出てから加江須の口から出て来た第一声はそれだった。空を見上げるともう日の暮れ、空の色合いも少し夜の色が浮き出始めている。戦闘中は時間の経過など気にする余裕も無かった為にようやく3人共それなりの時間をこの自然公園で過ごした事に気付く。
もう時間も時間なのでこのまま解散する事にしようとしていると氷蓮が二人にある物を手渡して来た。
「おいオメェら。約束の報酬だ」
そう言う彼女の両手にはそれぞれ300万ほどの紙幣の束が握られており差し出されている。そう言えばすっかり忘れていたが最後にゲダツを討伐した氷蓮には報酬が振り込まれたのだった。
「1000万から三等分の額だ。まあ端数は面倒だから大まかではあるけどな」
無造作に差し出される大金に二人はしばし顔を見合わせた後、それぞれの理由から金の受け取りを拒否する。
「べつに気にしなくてもいいって。俺は報酬よりも純粋にあのゲダツが自分たちの町に来ない為に戦った部分が大きいしさ、無事に討伐できたならそれで充分だ」
「私も同じく。それにここで受け取ったら金目当てで動いていたみたいでみっともないじゃない」
二人の口から出て来たこの言葉は本心だ。それに現段階でも二人はそれぞれゲダツ討伐の報酬もかなり残っているうえにこれ以上の大金を渡されても困ると言うのが本音であった。二人とも多少の物欲はあるだろうが何百万もの大金を使うあてもない。
差し出した報酬が受け取り拒否された事で氷蓮は呆れ顔で失笑気味に言った。
「ハッ、俺よりも戦闘のキャリアも浅い割には中々言うじゃねぇか」
「何かベテラン風を吹かせているけど協力を求めている以上は説得力ないわよ」
まるで意趣返しと言わんばかりに鼻で笑うと氷蓮がギロリと睨みを利かせる。
このままではまた喧嘩に発展しかねないと判断して少し強引に口を挟む加江須。
「まあ何はともあれこれで解散と言うことでいいな」
加江須の解散と言う言葉に睨み合っていた二人の険悪な雰囲気も薄れてくれた。そのまま背を向けて二人とは真逆の方向へと歩き去ろうとする氷蓮だが何かに気付いたかのように加江須が呼び止める。
「何だよ? お前が解散とか言っておいて何で呼び止めんだよ?」
「いや悪い悪い。ただ別れる前にさ、連絡先だけでも交換しておいた方がいいと思ってな」
「ああん?」
加江須の口から出来てた言葉に氷蓮が首を傾げる。完全に予想外の発言に眉根を寄せてしまうのも無理はないだろう。そしてそれは仁乃も同様でどう言うつもりなのかと彼女は真意を確かめる。
「どうしてこいつと連絡交換なんてする必要あるのよ?」
「いや今後もゲダツ関連の問題が発生した時の事を考えるといざと言う時の連絡手段は確保しておいた方がいいだろ」
今回は吹雪町で事が起きたがもしかしたら次は自分たちの住処である烈火町で厄介なゲダツが出現する可能性は否定できない。何しろゲダツは人の悪感情から生まれるのだ。いつどこで醜悪な能力を携えたゲダツが誕生するか分からない以上は味方は多い方が良いだろう。
和協的な雰囲気を出す加江須とは裏腹に氷蓮が返して来たのは嘲笑であった。
「はん、俺がお前らがピンチに陥ったからと言って手を貸すような仏にでも見えんのか?」
小馬鹿にするような嘲笑に思わずムッとして言い返そうとする仁乃だが、そんな苛立つ彼女よりも先に加江須が口を開く。
「まあ最初は確かに嫌なヤツってイメージが染み付いていたよ。でも一緒に戦っていて何となくだが根は悪いヤツではないとも思ったかな?」
真顔のままで彼の口から出て来たその言葉に思わず氷蓮が口を噤んでしまう。
これは冗談でもなく加江須の本心からの言葉であった。
確かに彼女は少し喧嘩腰な部分や口の悪さが目立つ。だが一緒にゲダツと戦っていると不思議とその人物の大まかな善悪が見えて来る。それに自分から報酬を3分割してくる辺り律儀な性格だという事も見て取れる。
出来る事なら加江須としては今後のゲダツ関連の問題が発生した時の事を考えて友好的な関係を結びたい。多少は打算的な部分もあるが純粋に蘇生戦士同士仲良くしておきたいと言う想いもありスマホを取り出す。
「まっ、別に親友なんて間柄になれとは言わないさ。でも折角だし多少の縁は繋いでおかないか?」
「……」
目の前で自分と友好を深めようとする少年を見て氷蓮はしばし無言であった。だが数秒間の静寂の後に彼女はクルリと背を向けてこう吐き捨てる。
「ケッ、根は悪いヤツじゃない? 俺のことなんざ何も知らねぇくせに調子乗んなよな」
背中を向けたままそう加江須へと言葉を投げ掛けながら氷蓮は二人から離れて行く。そのまま彼女は一度も振り返ることなく二人の前から消えて行くのだった。
「何よアイツ! 元々協力して欲しいって泣きついて来ておいて最後の最後で胸糞悪いわね!」
「まあまあカッカッするな」
うがーっと犬の様に威嚇気味に去り行く氷蓮の背中を睨み続ける彼女の背中をポンポンと叩いて宥める。
しかし今回の戦いで思い知らされたな。俺の力なんてまだまだ高々知れているって……。
仁乃の怒りを鎮火しつつも加江須は今回の戦闘に付いて振り返っていた。
今日の自然公園での戦闘、今回は仁乃や氷蓮と言った仲間が居たから比較的に軽傷で決着できた。だがもしも自分独りだけであの読心ゲダツと戦っていたら? 果たして自分だけの力であのゲダツを討伐できただろうか?
「……少しトレーニングでもした方が良いのかな?」
「え、何か言った?」
ボソリと呟く加江須にそう訊き返してくる仁乃へと適当に相槌を打っておく。
それからは特に他愛のない会話をしながら二人は帰路へと着く。吹雪町を出て烈火町へと戻って来た頃には空も薄暗がり色へと染まっている。まだ未成年の高校生と言う事もあるので家に着く頃には多少は親からの叱責もあるかもしれないと思うと足取りも重くなる。
「あー…家に帰ったら軽く小言を言われる時間帯ね」
どうやら仁乃も自分と同じことを考えているようで内心苦笑してしまう。
だが街路灯に照らされた大通りに入って加江須は思わず息を呑んでしまう。
「……急にどうしたのよ?」
いきなり足を止めた加江須の事を不審に思う仁乃。
何やらとある一点を見つめて固まっているようで彼の視線を辿ってみると彼女はある二人組が目に留まった。
「今日は色々と連れまわしてごめんねー真君。随分と時間も遅くなっちゃって申し訳ないなぁ」
「いやいいよ。愛野さんが喜んでくれたのなら」
仁乃の視線の先では楽し気に男の子と腕を組んでいる加江須の幼馴染、愛野黄泉が満面の笑みを浮かべて立っていたのだった。




