仁乃の作戦
「ちょっと待ってよ! 私たちの動きが見えているってどう言う事よ!」
糸で形成した槍、スレッドランスを次々にゲダツへと射出し続けながら仁乃は氷蓮へと言葉を飛ばす。
「言葉通りの意味だ! コイツは恐らく相手の心の内が読めてんだよ!」
同じく大声を張りながら仁乃へとそう返事を返す氷蓮。しゃべりながらゲダツに接近して氷で造形した巨大な鎌を横薙ぎするがそれもあえなく回避されてしまう。
「こんちくしょうが!!」
氷蓮の鎌による横薙ぎを回避して後方に下がったゲダツに加江須が追撃を掛ける。だが狐火を大量に連射してやってもまるで当たる気配が感じられない。まるでどこに弾が飛んでくるか先読みしているかのように。
くそっ、マジで掠りすらしねぇ! 氷蓮の言う通りこのゲダツ、本当に俺たちの心でも読めるのか!? じゃないとここまで避けれるわけがねぇ!
心の内で愚痴を零していると自分の狐火の連弾を躱しつつこちらへゲダツが突撃して来ていた。額に生えている極太の角を前面に構えてまるで槍のように刺突してくる。
「避けなさい加江須!」
遠方から仁乃が糸の槍を雨の様に降らせてゲダツの脚を止めようとする。だがそれすらも躱しつつ加江須へと一気に突っ込むゲダツ。
「ぐっ、あぶね…!」
ゲダツの突進を紙一重で回避する加江須であるが脇腹を浅く掠めてしまい横腹からジンジンと熱を帯び、数瞬遅れて痛みが生じる。チラリと視線を傾けると僅かに衣服から血が滲み始めている。
だが攻撃を受けた直後ならこちらも攻撃を当てられるはず…!
痛みを無理矢理に堪えて自分を掠めて通り過ぎて行くゲダツへと背後から特大の狐火を撃ち込んでやった。だが加江須が攻撃を繰り出した瞬間には既にゲダツは方向転換をしており加江須の放った特大の狐火の射線上から退避していた。
また避けられたか。くそ…攻撃しようとした時には既に回避行動を取ってやがる……!
ここまでくると氷蓮の言う通りあのゲダツが心を読めると言う予測は間違いないのかもしれない。でなければここに至るまで3人全員が攻撃を掠らせる事すら出来ない説明がつかない。
「チョロチョロと動き回んじゃねぇよ!」
自分たちが複数人であるにもかかわらず単独のゲダツに攻撃を当てられない事に苛立ちゲダツの前方に次々と分厚い氷壁を張り進行を阻害する氷蓮。しかしゲダツはどのタイミングで自身の目の前に壁が出現するのか事前に察知しているのか紙一重で彼女の氷壁を躱し続ける。
「はあはあ…どうすんのよコレ? このままじゃこっちが消耗し続けるばかりだわ」
能力を使い続けている仁乃の呼吸は次第に乱れ始めていた。まだ体力的には余裕はあるのだろうが疲労は思考を鈍らせ動きも精細さを失い始める。
そして相手が疲れ始めるこの瞬間をゲダツは狙っており仁乃の集中が途切れた一瞬の隙を見逃さず彼女へと突っ込んで来た。
「しまっ!?」
反応がコンマ数秒だが仁乃の対応が遅れてしまいゲダツの接近を許してしまう。
両手から糸を放出して槍を形成しようとするがその時にはもうゲダツは間近まで迫っていた。
まずい間合いを侵略された。この距離じゃ…!!
突き出されるゲダツの角の先端部がみるみると腹部に迫り反射的に恐怖に圧倒された仁乃は両目をつぶってしまう。
そのまま柔らかな仁乃の腹部にゲダツの角は――刺さらなかった。
「させるかあぁぁぁぁぁぁ!!!」
何故なら加江須が怒号と共に真っ白な体毛で覆われた太く長い尻尾をゲダツの横っ腹へと叩きつけて軌道を逸らしたからだ。
「仁乃から離れろこの腐れゲダツが!!」
いきなりゲダツを弾いた奇妙な尻尾に氷蓮が驚き、加江須の方へと視線を傾ける。そして視界に飛び込んで来た光景に思わず目を見開いてしまう。何故ならいつの間にか彼の頭部からは狐耳、そして9本の狐を連想させる立派な尻尾が生えておりしかも白髪に変色しているのだ。
初見の氷蓮とは違いあの姿の彼に救われた事のある仁乃は彼女ほどの驚きこそ見せなかったがそれでもいきなり変身している事にはリアクションも出てしまう。
「あんたその姿どうしたの! 何でいきなり変身してんのよ!」
「え…あれ何で!?」
仁乃に指摘されて自分の姿を見直して驚愕する加江須。どうやらあの反応を見る限り彼自身も意識してあの変身をした訳ではないらしい。だがそれ以上に仁乃にはもう1つ気になる点があった。
何で今の一撃をゲダツは避けれなかったのかしら…?
今までことごとく攻撃を躱し続けて来たゲダツが目の前であっけなく薙ぎ払われた光景に疑問を仁乃が感じてしまうのは無理も無いだろう。そして攻撃を見事にぶち当てた加江須自身もまた自分の攻撃が通った事といきなり変身した事も相まって二重に混乱していた。
「よくわからねぇけど今が好機!!」
何故攻撃が当たったかその理由は謎だが加江須は一気に畳み掛けるべく9本の尾を一斉に吹っ飛ばしたゲダツへと槍の様に伸ばす。だが攻撃が当たったのは最初の1撃だけ、その他の攻撃は全て回避されてしまう。
「また攻撃が当たらなくなったぞ。くそ、逆に何で今の一撃が当たったんだ!?」
「おい狐擬きと乳お化け! 一旦こっちへ来い!!」
氷蓮が二人を招集しつつゲダツへと大量の氷柱を連射する。とは言え今更手数が多いだけの攻撃が当たるわけもなく当たり前のように躱される。だが攻撃の手数の多さによりゲダツも避ける事は出来ても中々氷蓮へと近付けずにいた。その隙に加江須と仁乃は氷蓮の元まで集まっていた。
「ちょっと誰が乳お化けよ!」
「うるせぇ! 今はその事よりも訊きたい事がある」
不名誉な呼び名をされて怒る仁乃を無視して氷蓮は自分たちの前方に巨大な氷壁を展開する。これで多少は話し合う時間も取る事ができる。
「おい久利、お前その姿は何だ? ただのコスプレとか言うオチではないだろ?」
「ああ…俺は妖狐の力を扱えるんだよ。この姿はその力をより表面化したものだと思う」
「思う? お前自分の能力についてよくわかってねぇのかよ…」
「仕方ないだろ。まだ蘇生戦士になって日が浅いんだから…」
呆れた視線を向けられて思わず口を尖らせる加江須。
だが加江須の変身も気にはなるがそれ以上に今気になるのは彼がゲダツに攻撃を当てられた事実の方が重要だ。しかし当の本人ですらどうして攻撃を当てられたかその理由が分かっていない。
仁乃は思考を回転させながら何とか突破口を探し出そうとする。
あのゲダツはこれまでの動きから相手の考えが読める事は間違いないはず。でも加江須の咄嗟に放った1撃には対応できなかった。あれ…咄嗟の攻撃は対応できない?
もしかしてあの時の加江須は何も考えず反射的に攻撃したから当てれた? 何しろ変身した事すら気付いていなかったくらいだし。だとしたら……。
「ねえ二人とも少し私に策があるんだけど…」
仁乃は自分の思いついた策を二人へと伝えてみる。
我ながら少し雑さが拭いきれない作戦だと自覚はあるが今は突破口を見出したい。
「なるほどな、俺はその作戦を実行する価値はあると思うぞ」
「まあ現状では他に打開策も見当たらねぇし異論はねぇよ」
「よし、それじゃあ早速始めるわよ」
仁乃は自分の立てた作戦に二人からの了承を貰えると自身の能力で全ての指先から糸を射出する。そして彼女はその糸を加江須へ向けて伸ばしていき……。




