愛野黄泉の謀略
昼休みの屋上での1件から時間は経過し今はもう放課後となっていた。
加江須と仁乃の二人は教室を出て廊下で合流するとそのまま玄関まで並んで歩く。だが仁乃の表情はどこか少し眉をひそめ難しそうにしていた。
「ねえ…本当にアイツに協力してもいいのかしら?」
いきなり隣を歩いている仁乃から抽象的な疑問が投げかけられる。だがその質問の意図はもちろん加江須には理解できていた。
「やっぱりあの黒瀬ってヤツが信頼できないか? まあファーストコンタクトがあれじゃなぁ…」
「アイツの偉そうな態度も気に喰わないけど縄張りなんて言い出すヤツよ? そういうタイプって基本的に干渉される事が嫌いなタイプが多いと思うのよ。そんなヤツが私たちに協力要請? 何か裏があると思わず勘繰っちゃうわよ」
「まあ多分大丈夫だろう」
少し深刻そうな雰囲気を醸している仁乃とは異なり楽観的な意見を述べる加江須。その緊張感のなさから仁乃は呆れる様な長い溜息を吐く。
「そんな適当な…もしいきなり襲い掛かって来たらどうする気よ?」
「その時は俺が身を挺してでもお前を守ってやるよ」
加江須は小さく笑みを浮かべながら仁乃の瞳を真っ直ぐと見つめて来た。
「な…あ、あのさ…そう言う事を素で言うのは卑怯よ……」
自分が意識している異性にこんな頼りになる事を言われてしまえばこれ以上グチグチと何かを言う気力は無くなってしまう。それにしてもこの少年は薄々と感じてはいたが無自覚に乙女心をくすぐる発言を口にする傾向がある気がする。
加江須の発言で浮つきつつある気分を咳払いとともに切り返すと仁乃は真剣な顔つきで加江須に警告を入れておく。
「とにかくあの黒瀬ってヤツを完全に信頼するのはまだ早計だとは思うわ。一応警戒は怠らないでね」
「ああ…分かってるよ」
◆◆◆
「また一緒に帰っている……」
加江須と仁乃のかなり後方の物陰から二人を、正確には仁乃の方を恨めしそうに見つめる黄泉。
「今朝の手紙だけじゃやっぱり反省もしないのね。いったい何様のつもりでカエちゃんの傍に寄生し続ける気かしら?」
未だに彼女は自分が加江須に見放された理由を何の非もない仁乃にあるなどと逆恨みをしている。
視線の先では並んで歩く二人の男女、その距離間は傍から見ればカップルと思わせるほどに近い。
もしも…もしもあの泥棒猫が居なければ今この瞬間、彼の隣で歩いているのは自分だったかもしれないのに……!
下唇を強く噛み羨望と嫉妬の眼差しで仁乃の背中を射抜く黄泉。
悔しい悔しい悔しい悔しい……!!! どうしてあんなヤツが私の愛する人を奪うの!?
もはや自分を見向きもしなくなった幼馴染の後姿を見て目尻に涙が溜まって行く。そして直後に彼の隣を盗人猛々しく居座る女狐に憤怒の激情が込み上げてくる。あまりに怒りに吐き気すら感じ始めて来た。
そんな憤怒に苛まれていると背後から空気の読まない人間から軽々しく声を掛けられる。
「あ、あの愛野さん。よかったら僕と一緒に帰りませんか?」
いきなり背後から声を掛けられ振り返るとそこには同じクラスの男子が立っていた。加江須とは違い背丈は平均的な男子よりも低く黄泉とほとんど身長差もなく童顔で年齢以上に幼さを感じさせる出で立ちで美少年と呼ばれる部類に入るだろう。大人しそうな栗色の髪の少年は緊張した面持ちで勇気を振り絞って声を掛けていた。実はこの少年、高宮真はずっと黄泉に対して秘かに恋心を抱いていた。
何コイツ…何でいきなり馴れ馴れしく私に声かけて来てんの? キモ……。
クラス内では人当たりがよさそうに振舞っている黄泉は表情こそには出してはいないが内心では激しく毒を吐いていた。仲の良い女性ならばまだしも男性など幼馴染の加江須以外は彼女にとっては路傍の石程度にしか見ていない。とは言え表向きに露骨な態度を取るのは不味いために人当たりの良さそうな顔をクラスではしている。そのせいでこの手の男子に誘いを受ける事もしばしばあった。
「えっと、急にどうしたの高宮君?」
自身のイメージを崩さない為にも優しそうに微笑みながら仕方なしに受け答えをする黄泉。だがこの慈愛に満ちている笑みとは裏腹に心の中では唾を吐きつけている。まさかそんな二面性があるとは露知らず真は照れ臭そうに話し掛け続ける。
「い、いや…その、もしよかったらなんだけど一緒に下校とかどうかな~って…何だか独りで暇そうにしていたから……あはは……」
はあ? 何があははよこの愚図。それに暇そうにしていた? 私は今大切な幼馴染を見守っている真っ最中だってのよ。それを邪魔してクソムカつく。挙句にはアンタ如きがこの私を下校デートに誘うって身の程知らずにも程があるでしょうが。あーあ、コイツ死ねばいいのに……。
まるで機関銃の様に次々に彼女の心境内では矢継ぎ早に目の前の少年に対して暴言がぶちまけられる。
そんな彼女の内事情など気付いていない真は彼女の返事を待ってモジモジしている。
「えーっと…ごめんね高宮く……!?」
さっさとこんな男との会話などバッサリと打ち切ろうとする黄泉であったがここである妙案が浮かんだ。いや…彼女にとっては良案なのだろうがその考えはハッキリ言ってあまりにも最低最悪の考えであった。
もしも…もしも私がコイツに弄ばれたと言う話がカエちゃんの耳に届いたとしたら? そうしたらカエちゃんは私を気の毒に思って今の様に無視できず助けてくれるんじゃ!?
今の自分と加江須には大きな溝が出来ている。その溝を埋める事は決して一朝一夕の事ではないだろう。しかし自分が男性に心を弄ばれと知ればきっと今の様に無視はできないだろう。彼と自分の付き合いは今日昨日のような短いものではない。長い時間を共に過ごして来た幼馴染を本当の危機に瀕した時ならばきっとまた手を刺し伸ばしてくれるだろう。
その為ならば目の前で分不相応に自分と関係を深めたそうにしている浅ましい猿の1匹くらい不幸にしたって問題はない筈だ。
「あの愛野さん…?」
いきなり黙りこくった事で気分を不快にでもさせたのかと思い不安に駆られる真。
だがそんな彼の不安をまるで取り払うかの様な満面な笑みで黄泉はこう言ったのだ。
「そうだね、じゃあ今日は一緒に帰ろっか♪」
彼女のその笑みは表向きは一切不快感を感じていないと思わせるもので真は思わず嬉しそうに喜びを顔に出す。だが残酷だが彼女が彼に向けている笑みは真っ赤な贋作、その笑みの真下に貼り付いている顔は思わず吐き気を催させる程に邪悪に満ちていた。
彼女は本心を押し殺しながら真の手を握る。
「せっかくだしどこか寄ろうよ。私、近くにおいしいケーキ屋知ってるから二人で行かない?」
「え、それってもしかしてデート…」
「ふふ、どうかな~?」
自分をグイグイとリードしてくる黄泉にあたふたと動揺を隠せなかった。それも無理からぬことだろう。彼としては少しずつ距離を縮められたらいいだろうなぁと思っていたがまさか相手からここまで積極的に来るとは思いもしていなかったのだ。このままもっと仲が深められる、そんな淡い期待を抱く真であるが悲しいかな、彼はただ利用されているだけなのだ。
ハッ、何がデートよこの発情猿。アンタは私とカエちゃんの仲を取り戻す為のダシに過ぎないのよ。しばらくは良い夢を見せてあげる。だけど機が熟したらアンタに傷つけられたヒロインとして活用させてもらうわ。
もはや鬼畜としか思えない所業を画策する愛野黄泉。もうそこには久利加江須の知っていた幼馴染の姿など欠片も彼女の中には存在していなかった……。
◆◆◆
自身の幼馴染がそんな歪な形で暴走している事など露知らず加江須は仁乃と共に校門付近で事前の約束通り待ち合わせをしている氷蓮と合流していた。
暇そうにスマホを弄っていた氷蓮はようやくやって来た二人を見て軽く野次を飛ばして行く。
「おーおーそんな仲良さげに並んで歩いてお熱いことで」
「ただ並行して歩いて来ただけでしょ。イチイチうるさいのよアンタ」
顔を合わせた直後に睨み合いが始まる二人に内心で深々と溜息を吐かざるおえない加江須。
たくっ…やっぱり性格的にこの二人は相性悪いな。今から共闘だって言うのに大丈夫か?
もしかしたらゲダツとの戦いよりも先に目先で猛獣の様に互いに睨みを利かせる蘇生戦士同士が争わないか不安で仕方が無かった。




