表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/53

意外な人物からの協力要請


 「な、何でアンタがこんな場所に居るのよ!?」


 突如として自身の母校たる屋上に現れた蘇生戦士、黒瀬氷蓮へと勢いよく噛み付く仁乃。

 いきなり氷蓮が現れた事も驚きではあるがそれ以上に自分と加江須のやり取りを見られていたと思うと恥ずかしくなって誤魔化すかのように大声を出してしまったのだ。

 羞恥心と驚愕の二つの感情からガミガミと大声を出す仁乃に氷蓮は心底ダルそうな顔をしながら軽く受け流してみせる。


 「ギャーギャー五月蠅いんだよ。この距離でそんな大声出すなよ。それともイチャコラしていた所に水を差したから腹立ってんのか?」


 「う、うるさい!!」


 ケラケラと笑いながら小馬鹿にするような氷蓮の態度に仁乃の怒りのボルテージが上昇する。しまいには怒りに任せて仁乃が能力の糸を出そうとするので慌てて止めに入る加江須。

 興奮している彼女を宥めつつ加江須は一体何用でこの場に姿を現したのか氷蓮に質問した。


 「ふざけていないで何が理由で俺たちの前に現れたのか教えてくれよ。まさかこんな下らない冷やかしの為にわざわざ足を運んだ訳じゃないんだろ?」


 少し調子に乗り始めている氷蓮に対して釘を刺すつもりで少し厳しい視線と共に理由を尋ねてやると彼女も遊び過ぎたのかもと思ったのだろう。頭を軽く掻きながら本題に入り始めた。

 

 「今回はお前たちに協力の要請ってやつだ。お前たちの力を借りたいと思ったんだよ」


 それは二人にとっては余りにも予想外の申し出だった。何しろ以前ケーキ店で遭遇した時は彼女から自分の縄張りに干渉するなと釘を刺されたのだ。あの時に警告をして来た彼女のあの眼、明らかに自分と仁乃を拒絶していた筈だ。それがどう言う心変わりだと言うのだろうか?

 当然だが自分だけでなく仁乃も同じ疑念を思い浮かべたようでどう言うつもりなのかと真意を尋ねる。


 「あの時に吹雪町に干渉したらただじゃおかないみたいな発言しておいて協力を求める? 意味不明なんだけど?」


 さきほど小馬鹿にされたからだろうか。仁乃の声のトーンが明らかに低い。まあ元々一方的に敵視されていた訳だからこの反応も無理からぬ事だろう。

 

 「俺だって出来る事なら独りで片を付けたかったわ。……はあ、理由を話せば協力してくれんのか?」


 めんどくさそうに長い溜め息を吐き出してから氷蓮が理由を語り始める。


 実は彼女は現在不吹町のとある場所に潜伏しているゲダツを狙って動いていた。これまで単独で何度もゲダツを撃退して来た彼女は今回発見したゲダツも自分だけで何とかなるとどこか楽観視していた。しかし今回の目標はハッキリ言って強すぎたのだ。


 「レベルからしては中級タイプって感じだ。上級タイプのゲダツは人型をしているらしいからな。だがその戦闘力は上級に近いと言ってもいいだろうな。少なくとも前回に俺が戦った中級タイプよりは遥かに格上だ」

 

 氷蓮は加江須はもちろん仁乃以上のベテランと言ってもいいだろう。単独で中級タイプのゲダツすらも葬って来た実力者だ。しかしそんな彼女ですら不吹町のとある場所に根を下ろすゲダツに手を焼いていた。だがこれは蘇生戦士しか解決できない問題であり誰かに相談もできない。所詮警察なども氷蓮からすれば脆弱な一般人だしそもそもゲダツを視認すら出来ない。そんな時に思い出したのがこの二人の存在だったという訳だった。

 

 大まかに事情を説明された二人、しかし仁乃は納得がいかないのか未だ噛み付く事を止めない。


 「事情は理解したけど納得できるかどうかは別問題よ。それって所詮はアンタの町でのいざこざでしょ? 私や加江須が体を張る義務があるわけでもないわよね?」

 

 「仁乃…」


 正直に言えば今の話を聞いて加江須は力を貸してもいいのではないかと傾きつつあった。ゲダツと戦えるのは自分たちだけなのだ。もし本当に氷蓮が助力を求めているならば無下にするのはいささか後味が悪い。

 仁乃としても加江須と同じようにゲダツの被害に苦しんでいる人間が居るのであるならば放っておけるほど人でなしではない。しかし協力を要請している相手が氷蓮であるために素直に頷けないだけなのだ。


 「もちろんタダで協力しろとは言わないさ。ゲダツ討伐の報酬はお前等二人で均等に分け合えばいい」


 「……どうしてそこまでして俺たちに協力を仰ぐんだ?」


 「………」


 加江須の問いに対して彼女は一瞬だけ目を逸らしたのを彼は見逃さなかった。

 

 「俺は正直に言えばあんたが人に助けを求めるタイプじゃないと決めつけていた。わざわざ俺たちの町にまでやって来て…何かそのゲダツと因縁でもあるのか?」


 そう質問をそれとなく投げかけると氷蓮はしばしムスッとした顔で目を背けていた。だがやがては観念したのか視線は逸らしたまま口を開く。


 「ゲダツが根城にしているのは吹雪町にある大きな自然公園だ。その場所を根城にしている以上は手を打たなきゃ被害者が続出する。そうすりゃゲダツに喰われた人間への歴史の改ざんが相次いで起きてその自然公園も消えるかもしれねぇ……」


 ゲダツに命を奪われた人間はその歴史が抹消。そして世界はその辻褄合わせを行い消えた人間の情報を自動的に消去する。だがもしも同じ場所で謎の消失が頻繁に発生しようものならその都度歴史は修正され、やがては辻褄が合わずその自然公園、ひいては不吹町事態が消滅する恐れもある。

 だが今の氷蓮の話を聞いて加江須は少し引っかかる部分があった。


 彼女は不吹町と言うよりもどちらかと言えばゲダツが潜伏している自然公園の方を気にかけているような気がする。


 「何かその自然公園に思い出でもあるのか?」


 それは何気なく出て来た質問であった。

 だが加江須の口からぶつけられたその問いに対して氷蓮は下唇を噛んだ。


 やばい、もしかして軽々しく触れてはいけない部分だったか?


 数秒前の自分の何気ない質問を後悔していると彼女は小さな声でこう言った。


 「あまり深い詮索はやめてもらえるか? しいて言うならその場居に思い入れがあるとだけ言っておいてやるよ」


 「はあ? アンタ助けを求めて置いてその態度は何?」


 加江須の質問に対して氷蓮は具体的な返答は控えてはぐらかすかの様に答える。だがそんなあやふやな返答じゃ納得できない仁乃が噛み付いていく。

 しかしそんな興奮気味の彼女を加江須がそっと諫めた。


 「まあいいだろ仁乃。あまり人には言いにくい事情の1つや2つ人にはあるだろ? お前だって他の人には知られたくない秘密の1つくらいあるだろ?」


 落ち着いた声色で窘められてしまい声を詰まらせてしまう仁乃。他の人間にはおいそれと話したくない事情を持つ者は決して少なくない。もしかしたら氷蓮にとってその自然公園での思い入れ、それは他人には気安く触れられたくないデリケートな部分、誰だってあるものだろう。

 しばしの間は難しい顔をしていた仁乃であったが加江須の言い分に納得したのか渋々と言った感じで頷いた。


 「分かったわよ。まあ正直私だってコイツの過去なんて興味ないわ。ゲダツが人を襲っているならそれは放置しておけない。そのゲダツが私たちの町にまで足を延ばして来たら迷惑だし加江須が良いなら私も協力してあげる」


 やれやれと言った具合で氷蓮の協力を仁乃も約束してくれた。

 

 その後は多少の打ち合わせをした後、今日の学校終わりの放課後に3人は吹雪町の自然公園へと出向くことになったのだった。


 「じゃあ放課後の時間帯になったら校門の近くで待っているぞ」


 そう言うと彼女はそのまま屋上から躊躇う事なく飛び降りたのだった。

 流れる様な動きで屋上から飛び降りた事には流石にギョッとして慌てて眼下を見てみるが既に氷蓮の姿はどこにもなかった。




 ◆◆◆




 「くそ…できれば独りで何とかしたかったが仕方ねぇか……」


 無事に共闘の約束を取り付ける事に成功した氷蓮は屋上から飛び降り既に学園の外へと出ていた。何やら飛び降りる際に背後から驚きの声が聴こえてきていたがそこはどうでも良いだろう。

 

 「まだ放課後まで大分時間あるな。近くの喫茶店で時間でも潰すか…」


 とある事情から氷蓮は高校には通っていない。しかし彼女はハッキリ言って金銭面では一切困ってはいない。蘇生戦士として与えられた報酬がある為に中卒とは思えない蓄えがある。

 

 彼女は神界銀行カードを取り出してそこから数万円を取り出しながら数分前の屋上での加江須の質問を思い出していた。

 

 「……チッ、あのやろー…人の傷口を無意識に広げやがって……」


 彼女が自身の縄張りである吹雪町に他の蘇生戦士の助力を請うてまで自然公園を守ろうとする理由、それは彼女の過去に起因していた。

 正直に言って氷蓮は吹雪町に住まう人々を率先してまで守りたいと言う精神を持ち合わせてはいない。彼女が自然公園を守る理由、それはあの場所には掛け替えのない思い出が眠っているからであった。


 氷蓮の脳裏では幼い頃の記憶を追想していた。


 『ねーお父さん、今日はお仕事お休みならどこか連れてってよー』


 『こら氷蓮、お父さんは久しぶりのお休みなんだからゆっくりさせて上げなさい』


 『やだやだー! どこか行きたいよー!』


 『いいよお母さん。よし、じゃあまた一緒に公園まで行くか』


 『うん! はやく行こうお父さん!!』


 いつも仕事が忙しく帰りも遅く平均的な一般家庭よりも父親と過ごす時間が自分は少なかった。そんな父親と一緒によく遊びに行った自然公園。時には母を含めた3人でピクニック気分であの公園でいくつも思い出を作った。下手な遊園地や映画館なんかよりもあの公園で家族3人で過ごす時間は本当に幸福だった。

 

 「くそ…無自覚に蒸し返しやがってあの野郎…」


 気が付けば目尻に水分が溜まっている事に気付き小さく歯噛みする。

 今更過去を振り返っても傷つくだけだ。だって……自分にとって『家族と言える存在』はもうこの世には居ないのだから……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ